『授業中の猫』

 いつも通り昼休みの終わりを知らせる学校のチャイムの音が鳴る。そして先生が入ってきて授業を始めた。僕は教科書を開ける。

「それでは先日の『吾輩は猫である』の続きから始める」

 先ほどは体育の授業だったので、どこか室内にけだるさが満ちていた。

 先生は厳しいから少し大きな声で気を引き締めるように言った。しかし、児童たちの意識は教室の窓の外にあった。

 いったい何なのだろう。

 空にはひつじ雲が広がっている。そして校庭の隅に動物が一匹入り込んでいたのだ。

 猫だ! 猫がいる!

 しかし、児童たちは一瞬気にした素振りを見せたが、すぐにまた授業に戻ってしまった。

 さて、何故でしょう。校庭に猫が入り込んでくるというのは、小学生にとって一大イベントだ。なのになぜ授業をまじめに受けるなんてことが出来るのだろうか。

 そんな中一人の里美ちゃんが言った。

「あの猫ちょっと弱ってるかも」

 先生がきっとにらむ。里美ちゃんは肩をすくめて、また授業に戻った。

 僕はため息をついた。


 事の発端は数カ月前のことだ。眠気を誘うような春の日、今日と同じように猫が校庭に現れたのだ。児童たちは騒然となり、授業どころじゃなくなった。

 先生も一回くらいなら許そうという事になり、和やかな雰囲気で後の授業を再開した。

 偶にあることであれば貴重なイベントだったのだ。ここまでならただの楽しい出来事だ。

 しかし、猫はまた来た。

 二回なら先生も怒りはしない。三回目なら少し厳しく接する。四回なら? 五回なら?

 そう、猫は数日ごとに何回も校庭に来た。二回目は黒色、三回目は三毛猫、四回目はブチ。

 どうやらこの学校は猫が入り込みやすいらしい。学校側も何か対策をしたらしいが無駄だったようだった。児童達は猫が遊びに来るたびに大騒ぎし、授業は中断される。猫は校庭をうろつき回り、先生の堪忍袋は限界に達した。

 そして作られたルールが「学校に猫が入ってきても無視すること」というもの。


 とはいっても……

 皆やはり猫は気になるようだった。真面目に授業を受けているふりはしていても、どこかそわそわした雰囲気が流れてる。

 それにさきほど里美ちゃんが言った、「猫が弱っている」というのも気になる。

  もしかしたら助けを呼びに来たのじゃないだろうか。そんな風に考えてしまう。

 もし、校庭で死んでしまったら? いやな思いばかりが募って授業に身が入らない。

 ふと文章を朗読している先生と目を見た。

 そして確かに一瞬だけ外の猫を見つめていた。それに少し心配そうな目をしていた気がする。

 間違いない。先生もまた猫が好きなのだ。

 きっと誰もが猫の様子を見て行ってほしいと思っているに違いない。誰かが行かないと。


 そこで僕は席を立った。そして――


「おい、藤本……」

 先生は僕の名前を呼んだ。しかし僕はそこで四つん這いになって言った。

「にゃーん」

 先生は目を丸くする。そしてみんなも何を言ってるんだ、という顔をしていた。

 僕は尻をかいた。

 そして先生は咳払いをして一言。

「何だ猫か」

 どうやらせいこうしたようだ。教室で笑いをこらえる声が所々でした。どうやら許されたようだ。

 僕は腰を低くしながら、教室の外へ向かう。

 そこで「藤原君」と里美ちゃんから声をかけられた。振り返ると、何か投をげられたのでキャッチした。そこには猫用の包帯があった。

 僕は親指を彼女に立てた後、そのまま校庭に向かった。


 猫は弱っていた。傷はなさそうなので、包帯はいらなさそうだったが、疲れた様な顔をしており、ぐったりしていた。

 僕は猫の目に合わせるように四つん這いになる。そして話しかけた。

「■■■■?」

 猫はゆっくりと頷いた。どうやら今までの数々の攻防により、かなり消耗しているようだった。

「何が違うんだろうな」

 猫はぽつりと話し始める。「私は飼い主に本として保存された。しかし飼い主は来なかった。初めは悲しんだが、次に来たのは怒りだ。何故人に生きているうちに愛玩動物として人に使えてたのに、死んでまで慰めなくてはならないのだ」

 僕は少し考えてからそれに答えた。「彼女は戦争でこれなくなった。本当はあなたを愛していた」

 猫は毛を逆立てて怒った。

「それだよ、それ! どちらにしろ人間のエゴでしかない! そしてこの存在もまた猫でありながら人間の代弁者の対場に押し込められている! 私も! お前もエゴなのだ!」

「違う! 私はエゴではない! ネコだ!」

「なんだと……」

「私は――私たちは人間ではないです。もう人間が作った物語であり、猫なんです。だからもう人間の都合に振り回されることはない。人間が勝手に愛してると言ってるだけで、私はその気持ちを返せない。返す必要はないし、気まぐれに返してもいい。それでそれでもその気持ちを否定することはしない。それでいいと思ったんです」

「……私にはできなかったんだよ。実際のところ……何か役に立ちたいと思っていた。しかし私が本となった時、■■■■主義という奇怪な思想となった。硝子機関の子孫を調べていた権力者の目に留まり……災害を振りまく存在となったのだ……」

「そですか……」


 最後に■■■■は呟くように言った。

「もし生まれ変われるのだとしたら……誰かのためにならなくても、愛を知らなくても、すべての猫が幸せになる世界がいい……」

 そう言い残して、■■■■は眠ってしまった。

 僕はその猫を保健室の先生に見せた。先生はこっそりと新しい飼い主を探してくれた。すでに休み時間は終わっており、クラスのみんなが口々に「どうなったの?」と聞いてきた。

 僕は「帰ったよ」とだけ言った。

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