■■■■主義
まあ、と驚きつつも引かれるまま外へ向かう。外である先ほどの本棚が並んだ部屋に出ると、いつの間にか雨が降っていた。
室内にもかかわらずだ。
猫が傘を貸してくれて、それぞれさすことになった。
「大変本が雨で濡れてしまう」
「大丈夫だよ。そういう風に出来ているから」
そういって猫はそのまま歩いて行った。慌てて追いかける。
雨の中、一人と一匹は黙って歩いた。暗がりの中光っている本が雨によって瞬いているように見えた。
本棚から少しはみ出ている本があり、それに水滴が振れることで音が鳴っていた。それが点在しており奇妙な音楽を奏でている。
どこから雨が降っているのだろかと天井を見上げると、吹き抜けの奥に、暗がりでぼんやりと見えないが巨大な猫が飛んでいた。まるで雲のように大きい。
「あれは?」
「猫雲です」
そういうもののようだ。
しばらく歩くと他の猫が一匹、また一匹とついてくる。皆一様に老婆の足元を歩き、時折こちらを見て鳴き声を上げた。
さらに少し進むと、今度は壁から何匹もの猫が飛び出してきた。
老婆は思わず悲鳴を上げる。しかし、それらの猫はこちらに飛びかかってきたわけではなく、何かを追いかけるように走って行ってしまった。
次に出た空間は本が横に積み上げてあった。天井まで届いておりそれはまるで柱のようになっている。いつ崩れてくるか不安になりながら、道案内をしている猫にかろうじでついて行く。
猫は急に立ち止まった。
その場所では本が山のように積み上げられていた。連れ立った猫たちはそれを取り囲むように並び始めた。山の上には一匹の猫が鎮座していた。
王冠をつけており、戯獣化された王様ような印象を受ける。
「ようこそ来た。我々はあなたのような人を待っていた」
厳かな声で猫は言う。「我々に協力してくれないだろうか?」
「協力?」
「あなたに協力を頼みたいのには理由がある。まず初めにあなたがそこまで猫に思い入れがないこと。そして同時に猫が嫌いでない事」
「確かに、当てはまると思います」
「つまりは我々の味方になってくれる可能性があるということだ」
「あの、でも私、もう年だし、運動も苦手だから役に立てないと思うのですけど」
「そんなことはない。むしろあなたの力を借りなければならない」
「どういうことですか?」
「この図書館を見てどう思った?」
「ええっと」
「結局のところ図書館とは人のためにある。それでも猫のためのような取り繕いが見えてエゴがより一層強く感じないか」
「……確かにそれは少し感じました」
「だからこそ我々はそれに反抗したい」
王の声にはほかの猫も同調していく。
「そうだ! 解放だ! 我々はとらわれてていい存在じゃない!」
「こんな狭い場所で飼い殺しにされてるなんておかしい!」
「もっと広い世界に行くべきだ!」
「猫の自由のために!」
「自由のための反逆だ!」
「さあ行こう。共に歩こう」
騒ぎは次第に大きくなり、積んであった本もまた猫となり同調していった。猫たちが踊り、宴のような喧騒となっていく。いつの間に缶詰が並び、それを獣たちは貪り食い始めた。収拾がつかなくなり、老婆は狼狽えるばかりだ。白昼夢じみた熱気があたりを包み始め、ほんのりと蒸気が立ち込めていた。何かを叩く音が断続的に聞こえてくる。
しかしそんな喧騒を破壊する大きな音が突然響いた。衝撃が次にきて、後ろに吹き飛ばされる。
猫たちが騒ぎ逃げ惑った。爆発による粉塵があたりを覆っており、影のみがあちらこちらへ移動している。そしてその中に巨大な触手の影が現れた。
猫の悲鳴が上がる。そして触手の一本が猫を捕まえて、引きずり込んでしまった。
一匹、そして一匹とまた暗闇へ飲み込まれていく。何が起こっているかわからないままただ事態だけが過ぎ去っていった。
やがて、残ったのは猫の王と老婆の二人だけになってしまった。
老婆は立ち上がろうとしたが、腰が抜けてしまってうまくいかない。
「みんな食べられてしまったの?」
かろうじで言葉を発した。猫の王もまたゆっくりと首を振った。
「ここでは猫は傷つけられない。しかし何匹かは口の中に捉えられてしまった……」
という事はやはり食べられてしまったのか。しっかりとは見えなかったが、影だけでもおぞましさが伝わった。言い知れない恐怖が背筋を突っ立ってきた。
「あれは一体……」
「あれは……■■■■だ」
「なんですって?」
「■■■■だ。かつて硝子機関の子孫の一つに『■■■■主義』という考えが記された本があった。その考え方は一見素晴らしく、次々と実行に移す国が現れた。しかし実態は主義自体が意思を持ち、内側から国を食い破る情報型の化物だったのだ。いくつもの国が滅び、そして危機を感じた他国はその主義自体を何としてでも世界から葬り去るべく検閲と焚書を入念に行った」
「でも……残ってるってことですよね」
「そうだ。いつの間にか書物に入り込み、文字を埋め尽くす。そしてそれに気が付いた自動検閲魔法のついた書物自体が自分で自分を黒塗りにしていくが、間に合わずただ真っ黒の本だけが残る」
老婆は先ほど見た本がそうだったのかと驚いた。
「それで、なぜあんな姿に……見た所ネコじゃなくてタコに見えましたけど」
「黒塗りの下は無限の可能性を秘めている。だからなんにでもなるんだ」
そこまで猫の王が言った時、地面がまたも揺れた。
今度はかなり大きい。立っていられずに地面に伏してしまう。すると、遠くの方から地響きと共に何かが迫ってきているのが見えた。それは徐々に近づいてくると、ついにその全貌が見えてくる。
それは巨大な肉塊だった。表面には無数の目があり、絶えず動いている。おそらく先ほどの■■■■が戻ってきたのだ。そしてそれはまっすぐこちらへ向かってきていた。
「まずい……逃げるんだ!」
猫の王が叫ぶがもう遅い。もうすぐそこに迫ってきていた。
しかし。
「ごめんなさい。もう腰が抜けて逃げられないんです……」
猫は目を見開いた後、苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「仕方がないか……」
そう言うと一冊の本を蹴ってよこした。タイトルは書かれていない。
「これは……?」
「いいから読むんだ!」
老婆は本のページをめくり、必死になって読み始めた。そして――
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