図書館探索
そこまで読んで、図書館の老婆はいったん顔を上げた。
「これは重要なことなんでしょうか」
司書は静かにうなずいた。
「猫が懐くという事は関係がある可能性が高いです。最後まで読めばきっと重要な手掛かりが見つかるでしょう」
老婆は頷き続きを読もうとした。しかし、額にしわを作る羽目となり、一旦冊子を閉じて目を揉んだ。
少し疲れたようにため息をついた。
「すみません。これ以後が黒塗りの部分が多くてまともに読めないのですが……」
「ああ、それは」
司書は隣の部屋を指さした。扉に向かって歩いて行き、進行方向に猫が現れると、軽くなでて通り過ぎた。
「検閲は剥がすことはできません。ですから読みにくいのであればその単語が出てこない別の本を読むしかありませんね」
「そうなのですか? この黒塗りの単語を教えていただければ、もしかしたら読めるかも……」
「いいえ、それは無理です。この図書館の本の検閲とはこの世界という本の単語を黒塗りにすることを目的としています。そしてそれはすでに成功してしまってる」
老婆は首をかしげる。それは比喩的な意味だろうかと尋ねた。
「確かに比喩ではあります。世界を本に例え、その単語を使えなくして黒塗りとする。でもやっぱり黒く塗ると目立つんですよね。だからと言って周りごと塗りつぶしてしまうと、物語を傷つけることとなり、ルールに接触してしまう、と――」
ふと司書が何かを察した顔をした。どこか遠くに耳を澄ませてるようだった。
老婆は同じように耳を澄ませたが、最近衰えた聴覚では何も捉えることはできなかった
「猫が暴れていますね……申し訳ありません。こちらで待っていただいてもよろしいでしょうか。すぐに諫めてくるので」
「でしたら、私一人で探してもいいでしょうか」
「よろしいのですか? 出来るだけすぐに戻ってくるようにしますが」
「一人で本を見たいんです」
そう聞くと司書は納得したように頷いた。
「そうですか。わかりました。ではご用の時はお呼びください。風のように素早く参じましょう」
司書がいなくなると、老婆はとりあえずは好きなように道を進むことにした。
吹き抜け部分を抜けると、本棚の壁は迷路のように入り組んでいた。時折猫の鳴き声が聞こえるが、直接彼らを目にすることはなかった。
先ほどの星猫の空間の時に察したが、この館の内部はかなり広いようで、中々膝に来そうだった。
静かな図書館だ。だからこそ、ただ進んでいるといろいろと考えてしまう。
猫のことをわざわざ見に来たのは、友人のためだけではなく、娘が嫁いで家にいるとふと孤独を感じることが多くなったからなのだろうか。
夫と仲が悪いわけではない。それでも胸に空白を感じ、何か言葉にならない物を探すようにこの館を訪れた。
懐古……なのだろうか。ただ自分の失った何かを猫に求めているのだろうか。だとしたら猫からしたら迷惑な話なのかもしれない。
ふと的猫の鳴き声が聞こえた。今度は少し大きい。
本棚に人が通れる程度の穴が開いていて、そこから聞こえたのだった。首を穴に突き出してみると、ひんやりとした風が流れているのを感じた。
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