番外編:甘いお土産

『……今年はブドウの当たり年だ』

『……グレープフルーツが美容にいいらしいね』

『……園芸試験場で生まれたイチゴの新品種の甘みが特筆すべきものだ』

『……ナンバーワンパティシエ、フレッド・スミスの新作菓子が数日以内に発表される』

『……カカ国からホティチェリという果物が輸入されるらしい』 


 自宅テラスで昼下がりをゆったり過ごしながら、私は『早耳の術』を切った。

 サラは私が口さがない噂話や無遠慮なゴシップを集めて喜んでいると思っているらしいが、それは大きな間違いだ。

 大好きなスイーツやフルーツの情報を得るためにも用いているのだ。

 うふふん。


「ホティチェリか。どんなフルーツかしら?」


 まだ見ぬ未知の味に思いを馳せる。

 王太子妃となったサラの卓越した語学力を生かして、現在外国との交流が活発になってきているのだ。

 新しいフルーツが入ってくるようになったのも恩恵の一つ。


「そうそう。サラとチャンネルを繋がないと」


 サラは私との連絡に『早耳の術』を使おうとする。

 サラもまた魔力持ちであり、共同で行った術の検証中に精神波のピントを合わせられることが発見されたからこその芸当だ。

 もちろんサラ以外に、私の至高の魔術をメッセンジャー代わりに使おうなんて不届きな者はいない。


「ゲスな世間話集めるより、私の御高説を賜ってる方が有意義じゃない? あ、ゲスな話は私にも聞かせてね」


 とはサラの言い草だ。

 まったくいい性格してるんだから。


 サラにピントが合った。

 いつものようなのんびりした声じゃないわね?


『アイリーン聞こえる? ライオネル様がケガしたらしいの。騎士団寮には順次詳しい報告が入るはずだから行って。繰り返す。ライオネル様がケガ……』


 ライオネルがケガ?

 目の前が真っ暗になる。


 ライオネルはサザーランド公爵家の三男で、私の婚約者だ。

 あと一ヶ月で従軍義務期間も終了し、結婚するはずだったのに。

 あのバカきっと、オレ帰ったら結婚するんだ、みたいな古典的死亡フラグを立てたに違いないわ。


 『早耳の術』は話を拾うだけだ。

 通話できるような都合のいい術じゃない。

 家にいてもこれ以上詳しい情報は得られない。

 急いで騎士団寮に行かないと……。


          ◇


「結論から言うとスタンピードがあったんです」

「スタンピード?」


 騎士団寮で情報課の士官から話を聞く。

 まだこの件は広まっている話ではないらしく、私以外に問い合わせている者はいない。


「簡単に言うと魔物の大発生です。御存知かと思いますが、辺境には魔物が生息しております。周辺地域の安全を保つために騎士が派遣される理由であります」

「それは存じておりますが、大発生とは?」


 嫌な予感しかしない。

 士官が言う。


「山火事や食糧事情等の関係で、ある地点に魔物が集中してしまうことがあるんです。今回どのような理由でスタンピードが起きたのか、詳しいことはまだわかりかねます。夜間に奇襲を受け、混乱のため同士討ちに近い状況に陥ったらしいです」

「奇襲ですって? 魔物に?」

「はい。重傷者が何人も出ているとのことです。今のところわかっているのはそこまでです」


 たるんどる!

 魔物が大発生しているのを偵知し損なったか、それともわかっているのにやられたのか。

 どっちにしても奇襲されるとは何事!

 ああ、単調な勤務に悪い意味で慣れて、警戒を怠ったに違いないわ。


「ライオネル様についてもそれ以上は……。ところでこの件についてどこでお知りになりましたか?」

「王太子妃サラ様から連絡が入ったのです」

「ああ、なるほど。王太子ジャスティン様とサラ様は医療班を連れ、現地に急行したとのことです」

「サラ様も?」


 ジャスティン殿下が王命を受けて辺境へ急派されるのはわかる。

 けど、サラが何故?

 ひょっとして、ライオネルの状態を確認しに行ってくれたのかしら?


「わかりました。ありがとうございます」

「きっと大丈夫ですよ。ライオネル様は優れた騎士ですから」

「そうですね。私も信じています」


 踵を返し、待たせていた馬車に乗り込む。

 サラが辺境に行ったのなら、もう私の術でも届かない。

 帰ってくるのを待つしかないな。

 ……戦死でもしない限り続報はないだろうし。


 縁起でもない考えに首を竦める。

 もう、ライオネルったらこんなに私を心配させて。

 帰ってきたらただじゃ置かないんだから。

 

          ◇


『やっほー、アイリーン聞こえる? お土産があるわよ。食べたかったら王宮に来て』


 サラの能天気な声が聞こえる。

 『早耳の術』でサラの声を拾えるようになったのは一〇日ぶりだ。


「辺境まで往復した割には早いわね?」


 いや、おそらく途中で連絡がついて、辺境の状況がわかったんだわ。

 サラの緊張感のない声からして、ライオネルは大したことなかったんだと思いたい。


 ……気を回させまいと、わざと明るいフリをしていることもあり得る?

 いずれにしても王宮まで行かないと答えは出ない。


 ところでお土産って何だろう?

 サラは私の甘いもの好きを知ってるから楽しみだわ。


          ◇


「……ライオネル?」

「やあ、アイリーン。美しくなったね」


 王宮に行ったら右腕を吊ったライオネルが現れた。

 えっ? まだ任期残ってるでしょ?


「ケガをしていたので、後方の町まで下がって待機していらしていたのよ」

「ははは、面目ない」


 照れ笑いするライオネル。

 ムダにイケメンなんだから!

 腹が立つっ!


 ジャスティン殿下が説明してくれる。


「利き腕がこれでは当面騎士として使えん。少々早いが帰還させたのだ」

「し、しかし殿下。ライオネルは中隊長です。指揮には問題ないのでは?」

「中隊長クラスでドジったのはライオネルだけなのだ。いずれ中隊長以上の者全員に事情を聞かねばならんが、早急に改善すべき問題点があるやもしれん。それをライオネルから聴取する」


 顔が熱くなる。

 要するに結婚が近いことを皆が知っていて、ケガしたんだから嫁さんに甘えてろとでも言われてすごすごと戻って来たに違いない。

 もう、恥ずかしいじゃない。


「ライオネル……」

「何だい?」

「腰を入れて捻りを利かせ……」

「え?」

「抉り込むように打つべしっ!」

「ぐぼわっ!」


 へたり込むライオネル。

 サラ直伝のボディブローよ。

 ちょっとは効いたでしょ。


「ライオネル」

「は、はい」

「つまらないケガをして。私は恥ずかしいわ」

「ご、ごめん」

「心配したんだからっ!」


 ライオネルの頭を抱きしめる。

 はっ、ジャスティン殿下とサラがニヤニヤしている?


「聴取は明日でいい。土産は持ち帰ってくれ」

「あまーいお土産になるかどうかは、ライオネル様とアイリーン次第だけど」


 お土産ってライオネルのことだったの?

 食べないわよ!

 結婚まだだしっ!


「御配慮、ありがとうございます。これにて失礼させていただきます」


 早々と退散だ。

 これ以上からかわれては敵わない。


「ライオネル。公爵邸には連絡を入れておくわ。副木が取れるまで我が家に滞在していってくれる?」

「アイリーン、ありがとう」

「まずは髪を整えましょう。しばらく私が御飯を食べさせてあげるわ」


          ◇


 次の日、サラからホティチェリが届いた。

 食べてみたいと思っていた舶来フルーツだ。

 一通の手紙が入っている。


『ライオネル様にもあーんして食べさせてあげてね』


 完全に読まれてた!

 もう、サラったらカンがいいんだから!

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