番外編:あの男再登場
僕の名はニコラス・フェアファクス。
侯爵家の嫡男として生まれ、まずまず優秀な成績でカレッジを卒業。
将来を有望視されていた。
そう、あの時までは。
ああああああ!
何故僕は公開婚約破棄なんてしてしまったかな?
後悔婚約破棄だよ!
少々酒が入って気が大きくなっていたことは否定しない。
サラなら絶対にアドリブでも乗ってくると甘えていたことも事実。
実際にパーティー会場は大盛り上がりだったしっ!
……でもサラとの間に秋風が吹いていたことは本当なんだよなあ。
遅かれ早かれ婚約解消に至っていたことは確かなのだ。
それはサラにもわかっていたと思う。
ところが婚約破棄後、サラはあれよあれよという間に王太子妃に。
そして僕は王太子妃に対して後足で砂をかけた男として超有名に!
どうしてこうなった?
僕自身の婚約はどうなってるって?
ええ、ええ、できませんとも。
今をときめく王太子夫妻の目の敵にされてる僕のところへ、誰が嫁いでこようというのだね?
大体チャールストン侯爵家には慰謝料すら受け取ってもらえなかったよ!
どゆこと? 許さないっていう意思表示かな?
ああああああ、僕はサラの顔が好みじゃなかっただけなのに、どうしてこうなった?
今僕は馬車の中だ。
どこへ行くんだって?
王宮だよ、件の王太子夫妻に呼び出されたの。
引かれていく子ウシの不安せつなさやるせなさを、僕ほど完全に理解した者はいないんじゃないかな?
気が滅入る……。
◇
「ごめんなさい」
「い、いえ、サラ様。頭をお上げになってください」
以下『サラ』→『サラ様』で実況をお送りいたします。
人払いをした王宮のラウンジで王太子夫妻に会うと、サラ様にいきなり頭を下げられてしまった。
……土下座するタイミングを逸してしまったんだが?
この辺の間の悪さも、僕がサラ様に敵わない部分なのかなあ?
「ニコラス様はお困りなのでしょう?」
「何がでしょうか?」
そりゃ困っていると言えば困っている。
狭い社交界、僕の立場は八方塞がりだからだ。
……それにしてもまだ僕のこと様付けで呼んでくれるんだな。
ちょっと昔を思い出してホッコリする。
ジャスティン殿下が言う。
「つまりだ。サラを婚約破棄したことで、君は王家を敵に回したと思われているのであろう?」
「その通りです。その節は本当に申し訳ないことをいたしましたっ!」
やっと来た土下座チャーンス!
スベスベマンジュウガニのように畏まり、這いつくばる。
あれ? 反応がないな?
ジャスティン殿下もサラ様もポカーンとしている?
「何をしているのだ?」
「ですから謝罪を……」
ジャスティン殿下とサラ様が、意味がわからないといった風に顔を見合わせている。
何故に?
「オレとしては、ニコラスには感謝しているんだ」
「ど、どうしてでしょうか?」
「君の軛から解き放たれたからこそ、オレはサラを娶ることができたのだからな」
……見方を変えればそうも言えるか。
ではサラ様は?
「私も特に含むところはありませんよ」
「そんなことはないでしょう! 慰謝料の支払いさえ断られましたよ」
「慰謝料をいただく謂れがありませんもの」
「いや、だって、公開婚約破棄ですよ?」
「公開ボディブロー悶絶でチャラだと思いますけれども」
そういう認識だったの?
私のボディブローは軽くないとか仰ってるけれども。
じゃあ怒ってないの?
「もちろんです。ですからニコラス様だけが不利益を被っている今の状況に対して、非常に申し訳なく思います」
「そ、そんなことは……」
一般的には婚約破棄って女性側のダメージの方が大きいからね?
「私も公開ボディブローの後色々ありまして、ニコラス様の苦境に気付かなかったのです」
それはそうだ。
側妃カスリーン様の事件があった上、サラ様のお妃教育は地獄の厳しさだったと聞いている。
その後は結婚式立太子式と続き、慣れない王宮新婚生活に突入。
僕の方に意識を向ける余裕はなかっただろうな。
「ニコラス個人のことはさておくにしても、フェアファクス侯爵家のような有力諸侯が、いつまでも王家の不興を買っているなどと思われるのはよろしくないであろう?」
「それはそうですけれども」
「サラ、地図を」
「はい」
地図? 何だろう?
ジャスティン殿下が地図上の一点を指す。
「ここに橋を架けたい」
フェアファクス侯爵家領内の川だ。
街道の途中にあり、現在は渡し船で通行できるようになっている。
橋が架かれば人流・商業に大きなプラスになることは明らかだ。
もちろん侯爵家内でも何度も議論されてきたのだが……。
「侯爵家の方が詳しいだろう? かなり具体的な計画があったと聞いているぞ」
「検討はされましたがムリです。予算がありません」
「国が半分出す」
「えっ?」
「さらに王家から四分の一出す。侯爵家の負担は四分の一だ。どうだ?」
「それならば父も賛成すると思います。でも、よろしいのですか?」
「構わない。街道の先に王国直轄領の港があるだろう? 将来的には港にも大幅に手を入れて、貿易に力を入れたいのだ」
思わず息を呑む。
寂れた漁港でしかないのに、そんな未来予想図があるのか。
野心的な計画だ。
……そうか、数ヶ国語ペラペラのサラ様がいるんだ。
他にも外国語に堪能な人材を育て、どちらかと言うと内向きな王国人の目を外に向けさせようと言うことか。
サラ様の父君ユージン財務大臣も外国語に長けていると聞く。
外務に回すのかもしれないな。
「王家とフェアファクス侯爵家の協同事業だ。これが成れば、両家の間に溝があるなどとは言われぬであろう?」
「そうですね。必ず父を説得します」
同時に僕の失点も挽回できる。
再び縁談も来るだろう、やっほーい!
大いに感謝だ。
「その代わり事前調査から設計までは侯爵家の負担でやらせろ、とサラが言うのだ」
「ちょっとはサービスしてくださいよ」
「えっ? ああ、なるほど」
サラ様が僕に未練を残しているため、フェアファクス侯爵家を救うのだという憶測を封じるためか。
事前調査から侯爵家が行うなら、侯爵家の企画に王家が乗ったように見える。
「話はここまでだ。侯爵の良き返事を期待している」
「はっ、必ず!」
ここまでお膳立てしてもらってポシャったんじゃ、僕自身の能力が疑われてしまう。
「人払いを解きますね。食事を用意させます」
ニコッとした笑顔を見せて去るサラ様。
……こんなに可愛かったかな?
ブタ面だと思ってたけど、子ブタのように愛らしい。
ああ、でも今日は王宮に来て良かった。
ホッとしたよ。
ジャスティン殿下が軽く手招きをする。
何だろう?
「サラの元婚約者の君に知っておいてもらいたいことがある」
「一体何でしょう?」
「サラの寝言だ。毎晩のように繰り返して言う言葉があるんだ」
「はあ」
「さすがにニコラスも知らないだろうから」
寝言? 何これ、ノロケのつもりかな?
ジャスティン殿下が耳打ちする。
「『抉り込むように打つべし』だ」
「こ、怖い!」
「もし裏切ったらボディブローだと、オレにも言い放ったくらいだ。ニコラスもサラの機嫌を損ねることはしないほうがいいぞ?」
「わ、わかりました!」
やっぱサラ様怖い。
僕じゃどうあがいてもサラ様の夫はムリだった。
ジャスティン殿下と末長くお幸せに。
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