第3話:残酷な刑罰

「サラ様、聞いてくださいよ」

「あら、ヨーコさん」


 商会の跡取り娘ヨーコさんが話しかけてくる。

 苦りきった表情だが?


「でも話しにくいことなんすよ」

「個別談話室へ行きましょうか」


 カレッジの図書館に併設されている個別談話室。

 試験前だと間違いなく全部埋まってしまうけれども、今の時期だとガラガラだ。

 部屋の扉に『使用中』の札をかける。


「一体どうしたの?」

「どうもこうもないっす。昨日最高司法官の使いと称する騎士が店に来たんす」

「それで?」


 最高司法官といえばステファニー様の父親、エイブラハム・ギャヴィストン公爵だ。

 ヨーコさんが愚痴る。


「使いの持って来た手紙には、側妃カスリーンとアレックス殿下の過去一〇年の購入履歴を見せろって書いてあるんす。いくら最高司法官の依頼でも、捜査令状もなしでそんな無法なことはできないっす。商道徳に悖るっすよ」

「手紙は本物なのね?」

「偽である証拠はなかったっす。でも最高司法官の使いだったら文官でしょう? 騎士だなんてわけがわかんないっす」

「その使いは騎士の制服で来たの?」

「目立たない平服っすよ」

「どうして騎士ってわかったのかしら?」

「見たことある人だからっす。ジャスティン殿下のお付きっすよ」


 繋がった。

 ジャスティン様は公爵に協力を求めたんだ。


「ヨーコさん、よく聞いてくれる?」

「な、何すか? 改まって」

「過去長期間にわたって、ジャスティン様の食事にスタス草とパゾの実が混ぜられていたようなの」

「スタス草とパゾの実? 何すかそれは?」

「簡単に言うと、食べ続けてると命に別状はないけどバカになる香辛料」

「えっ?」


 大きく目を見開くヨーコさん。


「御丁寧なことに、お妃教育で私のいただいた食事にも入ってたのよ」

「……サラ様の魔術でわかったんすね?」

「そうだけど内緒ね」


 コクコク頷くヨーコさん。


「……ジャスティン殿下の成績が急降下した原因はそれっすか?」

「だけじゃなくて、ステファニー様のお妃教育がうまくいかなくて自殺した原因である可能性も高いの」

「大変じゃないっすか!」

「大変、なことになるかもしれない」

「側妃様か、もしくはアレックス殿下が犯人?」


 それには答えず、ヨーコさんの視線を正面から受け止める。


「令状が出てないということは、証拠は揃っていないのね。ヨーコさんの言う、商道徳に悖るというのもわかるの。であれば購入履歴全てでなくてもいい。スタス草とパゾの実の流れだけでも教えてくれない?」

「……うちの商会が関係してるとは限らないっすよ?」

「それはそうよ。でもスタス草もパゾの実も違法な香辛料ではないから、様々な買い物に紛れ込ませて入手しているんだと思うわ。となると大手のカンピネン商会でしょ? もちろん協力してくれるなら、売り手に悪意がなかったことは私が証言します。どう?」


 少々卑怯な取引だっただろうか?

 ヨーコさんは当然カンピネン商会が大事だ。

 商会の無実を証言する私を足蹴にしてまで商道徳を優先し、側妃様とアレックス殿下を守る理由がない。

 間違いなく味方になってくれるはず。


「サラ様はズルいっすね。さすがです」

「あら、褒められてるのかしら? それとも賛美されてるのかしら?」

「あはっ、協力させてもらうっすよ」

「ありがとう、ヨーコさん。使いの騎士には、私から事情を聞いた、購入履歴の一部を開示すると伝えてくれればいいわ」

「わかったっす」


 お互いにこやかとは言えない笑顔で立ち上がる。


「サラ様は立派な皇太子妃、そして王妃になるっす。今後もカンピネン商会を御贔屓に」

「なれればね」

「えっ?」


 だってジャスティン様が冷静な判断力を取り戻せば、ブサイクな私が妃って面白くないだろうし。

 年回りのいい国内の令嬢が私以外にいなくても、外国から教会からと考えれば色んな手がある。


「ではヨーコさん、御機嫌よう」

「本当に期待してるっすよ」


          ◇


「緊張します」


 目をパチパチさせるジャスティン様。


「サラ嬢でも緊張するなんてことがあるのか」

「それはありますよ。私は小心者ですので、夜な夜な小さな胸を痛めているのです」

「それほど小さな胸でもないと思うが」

「あら、ジャスティン様ったら観察力が鋭いですね」


 軽口を叩き合うが、ジャスティン様の表情もやや強張ってることがわかる。

 今日は王宮での会食の日、おそらくは全ての決着の付く日だ。


「打ち合わせ通りに」

「心得ました」

「では一五分後にまいる」


 大きなジャスティン様の背中が去る。

 さて、私も着替えなければ。

 王宮勤めの侍女が手伝ってくれる。

 情報収集しておくか。


「側妃様ってどんな方なのかしら? 私、お目にかかったことがないんです」

「……カスリーン様ですか?」


 そんな露骨に動作カクカクし始めると、それだけでどんな方か想像つきますけれども。


「厳しい方なんですの?」

「そ、それは私からは申し上げかねますけれども」

「これ、もらってくださる?」


 髪飾りを差し出す。

 顔の造作からして、私より彼女の方が似合うだろう。


「よ、よろしいんですか?」

「わかるでしょう? 側妃様の情報が欲しいんですの」

「……話して差支えのない範囲ならば、で、よろしいですか?」

「もちろんですわ」


 さすがに王宮勤めの侍女。

 浮かれて何でも話しちゃうということはないな。


「正妃マデリーン様のお身体の状態から、二人目以降のお子は望めないだろうということでオコンネル伯爵家から輿入れされたのが側妃カスリーン様です。ここまでよろしいでしょうか?」

「はい」

「しかし陛下との間は良好とは申せませんでした。第二王子アレックスの誕生後、側妃様はアレックス殿下にのみ愛情を注いでおりました」

「結構突っ込んだ情報じゃございませんこと?」

「常識ですので」


 そうなんだ?

 王宮の常識私の非常識。


「ジャスティン殿下の王立カレッジにおける成績が思わしくなくなった頃から、アレックス殿下を王太子にという野望を隠そうともせず」

「結構突っ込んだ情報じゃございませんこと?」

「常識ですので」


 そうなの?

 王宮怖い。


「浪費家でいらっしゃいますね。カンピネン商会をかなり儲けさせていらっしゃるようです」


 やはりカンピネン商会か。

 大きいですものね。


「ありがとう存じます。最後に一つ。もしアレックス殿下が王太子になられたら、あなたは王宮勤めを続けますの?」

「その時は辞めます」

「これを」


 ブローチを差し出す。


「チャールストン侯爵家の紋章が入っております。あなたが不遇な目に遭うようでしたら、我が家を頼ってださい」

「あ、ありがとうございます」

「当然ですのよ」


 私に今の話をしたことで、この侍女が不利益を被ってはならない。

 というかこの人私と気が合いそうだから、クビになって私に仕えてくれないかな。


 それにしてもスタス草とパゾの実のコンボはヤバい。

 もう一ヶ月はコンボ入りの食事をいただいているが、全く違和感がないのだ。

 毎日算術テストをしてパフォーマンスが落ちていることから異変が起きていることはわかるけれども、普通じゃ気付かないわ、これ。


 着替えも終了し、侍女から声がかかる。


「サラ様。ジャスティン殿下がいらっしゃいました」

「さて、まいりましょう」


 パチンと頬を叩いて出陣だ。


          ◇


「陛下に申し上げたき儀がございます」


 国王陛下御夫妻とジャスティン様、側妃カスリーン様と第二王子アレックス殿下が会する晩餐の席で、私が発言する。

 さあ後戻りはできないぞ。

 ジャスティン様、お願いいたしますよ。


 陛下がおもむろに言う。


「発言を許す。サラ嬢、続けよ」

「ありがとう存じます。手短に申し上げます。この供されたお食事ですけれども、ジャスティン様と私の皿にのみスタス草とパゾの実が含まれております。これはいかなる意図があってのことかと、お伺いいたしたく思います」


 ……カスリーン様もアレックス殿下も表情は変わらない。

 そして首をかしげる陛下可愛い。


「スタス草とパゾの実? 寡聞にして存ぜぬが、サラ嬢、それは?」

「頭脳の働きを鈍らせる危険な薬です」


 カスリーン様がピクリと表情筋を動かし、忌々しそうに言う。


「スタス草とパゾの実は妾も存じております。心を落ち着かせる作用のある香辛料で、危なくなんかありませんわ」


 食い付いた。

 煽ってやろ。


「あら……恐れながら側妃様はスタス草とパゾの実にお詳しくないのでは? 私はカレッジで薬学を専攻しておりますが」

「なっ……妾の実家オコンネル家領ではスタス草もパゾも栽培していましてよ? 詳しくないはずがないでしょう!」

「さようでしたか。これは失礼いたしました」


 オコンネル家領でスタス草とパゾの実を生産していないことは存じておりますよ。

 まあいい、両者についてよく知っているという言質は取った。

 おっと、側妃様何ですか?


「大体貴方、見ただけでスタス草とパゾの実が入っていると断じるなんて、おかしいのではなくて?」

「私は魔力持ちですから、その手のことはわかるのです」

「そういえば……」


 アレックス殿下が頷く。

 もちろん国王陛下御夫妻やジャスティン様には申告してあるが、通常自分の持ち能力を吹聴することはない。

 カスリーン様は知らなかったのだろう。

 同学年のアレックス殿下は、私が魔力持ちの特別講座を受講していることは知っていても、それ以上の調査はしていないようだ。


 次の王位を窺い、ジャスティン様をライバルと見る者にしては抜けてますよ?


「食事を魔法鑑識に回し、含まれている成分を調べさせてください」

「その必要はない!」


 どなた?

 あれは……予定通り。


「エイブラハムではないか」


 最高司法官エイブラハム・ギャヴィストン公爵か。

 ジャスティン様の元婚約者であるステファニー様の父親。


「陛下、発言をお許しください」

「許す。いかがした?」 

「王宮料理長がカスリーン側妃殿下の命で、ジャスティン殿下並びにサラ・チャールストン嬢の皿にスタス草とパゾの実を混入したこと、自白しております」

「う、ウソよ! そんな下賤の者の言うことを信用するなんて信じられないわ!」


 側妃という身分でありながら、顔色を変えて叫ぶのはどうだろう?

 まだ私の『ぶひ?』の方が可愛いと思う。


「ならばこれはどう説明する? カンピネン商会から貴女が買ったスタス草とパゾの実の購入履歴だ。過去八年にわたってかなりの量を入手し続けているが?」

「妾とアレックスが食しているからですわ」

「では、お手持ちのスタス草とパゾの実を出してもらおうか」

「そ、それは……」

「出せぬであろう。全て料理長に渡してあるからだ!」


 ぐっと詰まる側妃様。

 どうする?


「……エイブラハム最高司法官の仰る通りですわ。全て料理長に渡してあります。でもまさかジャスティン殿下やサラ嬢の食事に用いられていたとは。予想外にも程がありますわ」

「料理長の独断、ないしは錯誤と申すのだな?」

「そ、そんな……」


 愕然とした様子の料理長。

 うん、料理長に責任を押し付け切り捨てるところまでは予想通り。

 ジャスティン様エイブラハム様と視線を交わす。


 ジャスティン様が命じる。


「副料理長を呼べ!」

「は、はい。ここに」

「その方が今後、王宮料理長になる。スタス草とパゾの実についてはその方自身が管理せよ。カスリーン側妃殿下並びにアレックス殿下の食事以外に混入させてはならぬ。よいな?」

「わかりましてございます」

「料理長を引っ立てよ!」


 料理長だった男がエイブラハム様と騎士達に引きずられていく。

 ……気の毒だが極刑は免れないだろう。

 そしてこれ以上カスリーン様やアレックス殿下を追い詰めることもできまい。


 ジャスティン様がにこやかに言う。


「失礼した。どうやら料理長の責だったようだな」

「そうですよ。妾のせいにされるとは、大変に遺憾です」

「では、食事を交換してもらってよろしいですかな?」

「え? ええ、もちろん」


 側妃様もこれは断れまい。

 心を落ち着かせる香辛料で危なくない、自分とアレックス殿下が食べるために買ったと言っているのだから。

 ジャスティン様とアレックス殿下、側妃様と私の皿がそれぞれ入れ替えられる。

 今日のメインイベントは終わりだ。


 陛下がサッパリした顔で声を張る。

 そうか、陛下にも前もって報告してたんだな。


「さあ、会食を続けようではないか」


          ◇


「側妃カスリーンは廃人同様だそうだ」


 王宮のガゼボでジャスティン様と雑談を楽しむ。


 例の会食後、カスリーン様の食事にはスタス草とパゾの実が欠かさず混ぜられているそうな。

 私達の食事に混ぜられていた分の何と五倍量を。


 ……食欲をそそる香りで、味自体はほとんど変わらないからわからないと思うよ。


「廃人同様ですか。怖い薬ですね」

「まったくだ。香辛料のジャンルに入れていいものだろうか? オレとサラ嬢の人生の味付けにはどぎつ過ぎる」


 ふふっと笑いがこぼれる。

 スタス草とパゾの実の影響が抜けてからは、ジャスティン様のお言葉がシャープになっている気がする。


「アレックスはどうだ?」

「カレッジの卒業は難しいという噂ですね」


 学位取得課題が全然進まないとのことだ。

 アレックス殿下の食事には倍量のスタス草とパゾの実が混ぜられてるんだって。

 元々頭がいいわけでもないアレックス殿下では卒業はムリだと思うよ。

 疑惑がなければお情け忖度で卒業できたんだろうけど、今は見る目が厳しいから。


 もてはやしていた令嬢方も潮が引くようにいなくなったよ。


「エイブラハム殿が感謝していたよ。ステファニーの仇を討つことができたと」

「公爵様が? それはようございました」


 側妃様とアレックス殿下の断罪が不完全になることはわかりきっていた。

 スタス草とパゾの実は毒薬ではないし、側妃様がやらせた明確な証拠もないから。


 しかしあの悪魔的な香辛料を延々と投与され続けるというのは、何よりも残酷な刑罰ではないだろうか?


「ジャスティン様のお身体の具合はいかがですか?」

「絶好調だ。目の前のもやが晴れた気分というか」


 凛々しい微笑みを見せてくれるジャスティン様。


「全てサラ嬢のおかげだ」

「恐れ多いことです」


 うはー、何てイケメンなんでしょう。

 惚れてまうやろ。


 ……でもステファニー様は呼び捨てなのに、私はいつまで経っても『サラ嬢』なんだなあ。

 距離感が寂しい。


「遅まきながらオレは学ばねばならぬ。統治について。社会について」

「御立派です」

「サラ嬢、協力してくれるか?」

「そのことについてですが」


 明らかにしておかねばなるまい。

 ジャスティン様は近日中にも立太子されるのだ。

 私がいつまでも足を引っ張ってはいけない。


 ジャスティン様の目をしっかり見つめる。


「私の役目は終わりました」

「サラ嬢?」

「ジャスティン様の婚約者役を降ろさせていただきたいと思います。……客観的に判断して、王太子に傷物の侯爵息女はどう考えても釣り合いませんから」


 私の魔術と薬学の知識がジャスティン様と王国の未来を守った。

 十分な働きだろう。


 いくら年周りのちょうどいい高位貴族の令嬢がいないと言っても、第二王子アレックス殿下が失脚した今となってはお妃教育を急ぐこともない。

 聡明さを取り戻したジャスティン様なら外国から姫を迎えてもいい。

 ここで私は身を引き、素行と能力に問題がなく、ビジュアル的にバランスの取れる方を妃にもらうべきだろう。


 ……スタス草とパゾの実の影響が抜け、冷静な審美眼が戻ってきた今のジャスティン様はもう、私に興味などないだろうから。


「デビュタント前ですが、ステファニー様の妹君トリクシー様は優秀と伺っております。ジャスティン様にふさわしいと愚考いたします」

「……のか」

「はい?」

「サラはオレを見捨てるのか?」

「え? いえ、そうではなく……」


 サラ? 呼び捨ては初めてじゃないでしょうか。

 ドキドキしますね。

 しかしこれほど余裕のないジャスティン様はどうしたことでしょう?


「オレには君しかいないんだ!」


 そんなわけないけど、キュンキュンするセリフだわー。

 イケメンが言うのはズルいわー。


「知性、教養、精神力、気品、美貌。どれを取っても不足するところのない君を愛している!」

「ええと?」


 後ろ二つはどうだろう。

 いや、この期に及んで美貌を褒められるのは何故?

 ひょっとしてジャスティン様の審美眼がおかしいのって元々?


「結婚してくれ!」

「わかりました!」

「ありがとう!」


 ぎゅっと抱きしめられる。

 弾みでオーケーしてしまったけど、いいのかしらん?

 いいか、私の人生のクライマックスシーンだ。

 一度くらいこういうことがあっても罰は当たらないだろう。


「……諦めようと思ってましたのに」

「却下だ」

「もう、こんなに好きにさせてどうするんですか」

「嬉しいことを言ってくれる」

「信じてもいいんですね?」

「もちろんだ。生涯をかけて君を愛そう」

「もし裏切ったらボディブローですよ?」

「ハハッ、ニコラスの悲劇は語り草になっているな。肝に銘じよう」

「肝臓に食らわしちゃいますから」


          ◇


 一年後、お妃教育の終了とともにジャスティンとの婚礼が行われ、同時にジャスティンの立太子も発表された。


 幸せですかって?

 ええ、私の細腕が唸りを上げる機会はありませんでしたよ。

 おほほほ。




 ――――――――――おしまい。

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