第67話『恋人とのお風呂-前編-』

「お風呂はいつでも入っていいって智子さんが言っていたよね。どうしようか?」


 愛実と何度かキスして甘い時間を少し過ごした後、愛実がそんなことを言ってきた。キスをした後だからか、愛実の頬はほんのりと赤らんでいて。

 お風呂か。ゴールデンウィークのお泊まりのときは、愛実とあおいが先にお風呂に入ったんだよな。愛実はお客さんでもあるから、それが一番いいと思う。

 あとは……2人で一緒に入るとか。恋人として付き合うことになったから、それも選択肢の一つになる。愛実と一緒にお風呂……入ってみたいな。そう考えていると、体が段々と熱くなってきた。


「愛実はお客さんだから、愛実が先に入る。もしくは、恋人になったから俺と……い、一緒に入るとか……」


 考えついたことを言葉にしてみる。一緒に入るって言ったから、顔も結構熱くなってきて。愛実はどう思うだろう?


「……一緒に入るの、いいね。恋人らしい感じがするし。ドキドキするだろうけど、リョウ君と一緒に、この家のお風呂に入ってみたいなって思っていたの。あおいちゃんとは小さい頃に入ったそうだし」


 愛実ははにかみながらそう言ってくる。付き合い始めたばかりだし「恋人になったけど、一緒にお風呂に入るのはちょっと……」って断られるかもしれないと思ったけど、一緒に入ってみたいと言ってくれるとは。言ってみて正解だったな。


「リョウ君はどう?」

「……俺も愛実と一緒にお風呂に入りたいって思ってる。だから、一緒に入ってみたいって言ってくれて嬉しいよ」

「ふふっ、そうだったんだ。じゃあ……一緒に入ろうか」

「ああ」


 その後、俺達は着替えなど必要なものを持って、1階の洗面所へ向かう。その途中、リビングにいる両親に、愛実と一緒に入浴することを伝える。すると、


「ふふっ、一緒にお風呂に入るのね。いいわね。あと、気持ち良く入るために入浴剤を入れてもいいわよ」


 凄くいい笑顔で母さんにそう言われた。

 あと……入浴剤か。うちではたまに入浴剤を使うし、愛実も「入浴剤を入れてお風呂に入ったんだ」って言っていたことは何度もある。愛実が気持ち良く入浴するためにも、入浴剤を入れるのはいいかもしれない。中にはお湯が白く濁るのもあるし。

 愛実と一緒に洗面所の中に入り、鍵をしっかりと施錠する。


「愛実。母さんがさっき言っていたけど、入浴剤入れるか? 白く濁るものもあるから、それを使えば多少は緊張せずに湯船に入れそうな気がするけど」

「なるほどね。入浴剤いいかも。じゃあ、濁るタイプの入浴剤を入れようか」

「分かった」


 俺は洗面所の棚から、檜の香りがする乳白色の入浴剤を取り出す。これを使えば、愛実も俺も緊張感が少し緩んだ状態で入浴できそうだ。

 愛実が衣服を脱ぐところを見るとどうなるか分からないので、俺の希望で互いに背を向けた状態で脱ぐことに。

 ただ、愛実の姿が見えないからこそ、背後から聞こえてくる布の擦れる音が気になって。それが、愛実が服を脱いでいるから出る音だと分かっているから、結構ドキドキする。

 服と下着を全て脱いで、タオルを腰に巻く。これで、俺の方は大丈夫だ。


「リョウ君。こっちに向いて大丈夫だよ」


 愛実がそう言ったので、愛実の方を向くと……愛実は大きめの白いタオルで、胸元から膝の近くまで隠していた。そのおかげで、見えてはまずそうなところは見えていない。ただ、これはこれでそそられるものがある。愛実がちょっと恥ずかしそうにもしているので、結構ドキッとする。


「じゃあ、浴室に入るか」

「うん」


 俺は愛実と一緒に浴室に入る。

 小さい頃からずっと使っている浴室だけど、愛実と一緒にうちのお風呂に入るのは初めて。だから、凄く新鮮で。


「お泊まりのときに何度も入ったことあるけど、リョウ君とは初めてだから新鮮だよ」

「俺も新鮮だって思ったよ」

「リョウ君もなんだ。一緒に入浴するのって、小学校1年生のときに行った家族旅行での女湯以来だよね」

「そうだったな。……入浴剤、もう入れておこう」


 浴槽の蓋を開けて、俺は乳白色の入浴剤を湯船に入れる。右手でかき混ぜると、お湯が乳白色となり、檜の匂いが香ってくる。


「あぁ、檜のいい匂い。ホテルの大浴場に来た感じがする」

「分かる。大浴場に入ると、こういう匂いがしてくるよな。愛実と一緒に入った大浴場もこんな感じの匂いだった気がする」

「ふふっ、そうだね」


 昔の思い出や檜の香りに癒やされたのか、さっきよりも愛実の表情が和らいだように見える。湯船にはまだ浸かっていないけど、入浴剤の効果がさっそく現れたようだ。


「ねえ、リョウ君。髪と背中を洗いたいな。あおいちゃんとか理沙ちゃんとか、友達とお泊まり中のお風呂ではそうすることが多いし。リョウ君にも……したいな」


 愛実は優しい笑顔でそう言ってくれる。

 髪と背中を洗いっこ……か。愛実から友達とのお泊まりの話を聞くと、お風呂で洗いっこしたとよく言っている。以前、あおいと海老名さんも、愛実の洗い方はとても上手で気持ちいいと言っていたし。だから、実際に洗ってもらったらどんな感じか気になっていた。


「お願いするよ、愛実。あと……愛実さえ良ければ、俺の後に愛実の髪と背中を洗わせてくれないか?」


 髪と背中を洗ってくれるお礼がしたいのもあるし、俺も愛実の髪と背中を洗ってみたい気持ちがあるから。

 愛実は微笑みながら「うんっ」と頷いて、


「分かった。リョウ君の後にお願いね」

「ありがとう」

「じゃあ、リョウ君はバスチェアに座って。まずは髪から洗うよ」

「ああ、お願いします。俺の使っているシャンプーは、ラックにある青いボトルだから」

「分かったよ」


 俺はバスチェアに腰を下ろす。

 鏡越しに俺の後ろにいる愛実の姿が見える。俺の体に隠れているのもあり、見えているのは胸よりも上の部分だけ。これなら、何とか平静を保っていられそうだ。


「リョウ君、シャワーで髪を濡らすから目を瞑ってね」

「ああ」


 愛実の言う通りに目を瞑る。

 それから程なくして、頭にはシャワーのお湯がかかり始める。日中はバイトがあったし、夜は花火大会で屋台を廻り、1時間ほど立って打上花火を見たから、お湯の温かさがとても気持ち良く感じる。

 シャワーのお湯で塗らした後はシャンプーで髪を洗ってもらい始める。誰かに髪を洗ってもらうのは久しぶりだから、何もせずにいつも自分が使っているシャンプーの匂いが香ってくると不思議な気分だ。

 また、愛実の優しい手つきが心地良い。温かいお湯がかかった後だからなのもあり、段々と眠くなってくる。


「リョウ君、洗い方はどうかな?」

「凄く気持ちいいよ。あおいとか海老名さんとか、愛実に髪を洗ってもらうのが気持ちいいって言っていたのも納得だ」

「ふふっ、そっか。じゃあ、このくらいの強さで洗っていくね」

「お願いします」


 ゆっくりと目を開けると、楽しげな笑顔を浮かべて俺の髪を洗う愛実の姿が鏡越しに見える。そんな愛実を見ていると、より気持ち良く感じられて。あおいとか海老名さんとか、愛実に髪を洗ってもらった人達はみんなこの笑顔を見ていたのだろうか。


「リョウ君の髪を初めて洗えて嬉しいな。昔、大浴場で一緒に入ったときは、髪と背中は自分で洗っていたし。リョウ君とお泊まりしたり、友達の髪を洗っていたりしているとき、いつかはリョウ君の髪を洗ってみたいって思っていたの」

「そうだったのか」

「夢が叶って嬉しいよ」


 その言葉が本当だと示すように、愛実の笑顔が嬉しそうなものに変わる。小さい頃の念願が叶ってとても嬉しい気持ちが伝わってくる。愛実の笑顔を見てほっこりとした。


「それにしても、リョウ君の髪は綺麗な金色だよね。理沙ちゃんに匹敵するくらいだよ」

「海老名さんの金髪、綺麗だよな」

「綺麗だよね。地毛だからだと思うけど、私の知っている人の中ではリョウ君と理沙ちゃんが綺麗な金髪のツートップだと思ってる」

「嬉しいお言葉だ」


 恋人の愛実から言われるのはもちろんだし、女の子の海老名さんと同じくらいに綺麗な金髪だと思われているのも嬉しかった。


「はーい、リョウ君。泡を落とすからしっかり目を瞑ってね」


 愛実の言う通りに、目をしっかりと瞑る。

 その後、愛実にシャワーで髪についたシャンプーの泡を落としてもらい、タオル掛けに掛かっている俺のタオルで髪を拭いてもらった。至れり尽くせりって感じだ。髪を拭く手つきも優しくて気持ち良かった。


「はい、髪を洗うのはこれで終わりだね」

「ありがとう」

「次は背中だね」

「ああ。タオル掛けに黄緑色のボディータオルがあるんだ」

「……これかな?」


 愛実は右手に黄緑色のボディータオルを鏡越しに見せてくる。


「そう。それそれ。俺が泡立てるよ」

「分かった」


 愛実からボディータオルを受け取り、シトラスの香りがするボディーソープを泡立てていく。愛実の家で使っているピーチの香りも、あおいの家で使っているローズの香りもいいけど、個人的には爽やかな香りがするシトラスが一番好きだ。

 ボディーソープを泡立てたボディータオルを愛実に渡す。誰かに背中を洗ってもらうのも本当に久しぶりだから、親しみのあるシトラスの香りがする中で、自分のボディータオルを誰かに渡すことに不思議な感覚を覚えた。


「じゃあ、背中を洗うね」

「お願いします」


 俺は愛実に背中を洗ってもらい始める。

 髪を洗ってくれたときと同様に、優しい力で背中を洗ってくれる。それもあり、ボディータオルはいつも使っているものだけど、優しい肌触りで。結構気持ちいいな。


「リョウ君、どうかな? 背中痛くない?」

「大丈夫だよ。気持ちいいぞ。背中の方も、あおいや海老名さん達の評判通りの上手さだ」

「良かった」


 鏡にはニッコリとした愛実の笑顔が見える。髪や背中を洗っているからか、浴室に入った直後の緊張した様子はすっかりと取れていた。


「海水浴で日焼け止めを塗ったときにも思ったけど、リョウ君の背中……筋肉がついてしっかりとした感じになっているね。いいなって思う」

「ありがとう。これも春から再開したジョギングの成果だな。4ヶ月くらいやっているし」

「4ヶ月か。そのくらいやると、こんなにしっかりとした背中になるんだね。リョウ君の頑張りの証だって考えると、凄く素敵な背中だって思えるよ。もちろん、胸板とかお腹とか脚とか腕もいいなって思うよっ!」

「ほぼ全身じゃないか。でも、愛実にそう言ってもらえて嬉しいよ」


 今後もジョギングを頑張ろうって思えるよ。無理のない範囲でジョギングを続けて、愛実がいいなって思える体を維持していきたい。


「あと、男の人の背中だから、今まで洗った人の中で一番広い背中だよ」

「俺よりも大柄な女性はそうそういないもんな。男性でもあまりいないか。……ちなみに、俺以外の男の人の背中って洗ったことはあるのか?」

「お父さんとおじいちゃんくらいだね。それも幼稚園の頃の話だけど」

「そうか」 


 宏明さんとおじいさんくらいか。しかも、小さい頃の話か。それを知ってほっとした。そんな俺の真意に気付いたのか、愛実は「ふふっ」と優しく笑う。


「これからも、背中を洗う男の人はリョウ君だけだよ」

「……それを聞いてよりほっとしました」

「ふふっ。……リョウ君、背中を洗い終わったよ」

「ありがとう。あとは自分で洗うよ」

「分かった」


 愛実からボディータオルを受け取り、俺は背中以外の部分を洗い始める。

 そんな中、うっとりとした笑顔で俺を見つめる愛実が鏡越しに見えて。それもあり、いつものように体を洗うだけだけど、ちょっと緊張してしまう。それもあり、愛実が背中を洗ってくれたときの方が気持ち良かった。

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