第66話『ごあいさつ』

「では、私はこれで失礼します。今日は本当にありがとうございました」

「うん。またね、あおいちゃん」

「またな、あおい」

「はいっ」


 あおいはそう言うと、俺達に笑顔で手を振って、自宅へと入っていった。

 あおいが自宅に入ったし、周囲には誰もいないので、愛実と実質2人きりになる。恋人同士になったのもあって、ちょっとドキドキするな。

 愛実と目が合うと、愛実は優しい笑顔を見せてくれる。可愛いな。俺の恋人になったから今まで以上に可愛く思える。

 愛実を見ていると、これで家に帰るのはもったいない気分になるなぁ。隣同士の家だし、会おうと思えばいつでも会えるけど。


「愛実」

「うん?」

「……もしよければ、今夜は……うちに泊まらないか? 付き合い始めた日の夜を愛実と一緒に過ごしたくてさ。どうかな?」


 勇気を出して、愛実にお泊まりを誘ってみる。

 すると、愛実の笑顔はぱあっ……と明るいものへと変わっていく。


「もちろんいいよ! 実は私も……リョウ君と一緒にいたいと思って、お泊まりしたいって誘おうと思っていたの。リョウ君が誘ってくれて嬉しいよ!」

「そうか。誘ってみて良かった」


 俺の提案を受け入れてくれた嬉しさはもちろんある。ただ、それ以上に、今夜はもっと一緒にいたい気持ちが重なったことが凄く嬉しかった。

 お泊まりしたいので、俺と愛実はそれぞれ自分の親に、お泊まりの許可をお願いするメッセージを送る。その際、俺達が付き合うことになったことも伝える。すると、


『愛実ちゃんの親御さんの許可が出ればOKよ。あと、愛実ちゃんを選んで付き合うことになったのね! おめでとう!』

『決断して、2人に返事をしたんだな。偉いよ、涼我。そして、おめでとう』


 母さんと父さんからそんなメッセージを受け取った。文字でも、愛実と付き合ったことにおめでとうって言われると嬉しい気持ちになる。


「うちは愛実の親御さんが許可を出せばOKだって。愛実はどうだ?」

「……あっ、メッセージ来た。……うん、こっちもリョウ君の御両親がOKなら泊まっていいって。あと、リョウ君と付き合うことになっておめでとうって」

「良かった。あと、うちもおめでとうって来たよ。じゃあ、親に許可出たってメッセージを送るよ」

「私も」


 愛実の御両親からも許可が出たと両親にメッセージで伝える。すると、直後に『既読』通知がついて、母さんからサムズアップする右手のイラストスランプが送られてきた。これで、今夜のお泊まりは大丈夫だな。


「うちは大丈夫だ」

「うちも泊まっていっていいって」

「そうか、良かった。……この後、愛実はうちに来るから俺の両親に挨拶することになるだろうな。だから、その前に愛実の家に行って、真衣さんと宏明さんに一言でも挨拶してもいいかな? 付き合うことになったし」


 隣同士に住んでいて、いつでも会おうと思えば会えるからこそ、今のうちに挨拶したいと思ったのだ。


「もちろんだよ! じゃあ、行こうか」

「ああ」


 愛実と手を繋いで、俺は愛実の家にお邪魔する。


「ただいま。リョウ君連れてきたよ」

「こんばんは。お邪魔します」


 家に入った直後に愛実と俺がそう言う。10年間でたくさん会ってきたとはいえ、恋人になってからは初めてだからちょっと緊張するな。

 リビングの扉が開き、中から真衣さんと宏明さんが姿を現す。愛実から俺と付き合うことになったと報告しているから、真衣さんも宏明さんも笑顔だ。


「おかえり、愛実! いらっしゃい、涼我君!」

「愛実、おかえり。あと、涼我君が来るとは。涼我君の家に愛実が泊まるから」

「付き合うことになったから、一言でも挨拶したいってリョウ君が」

「この後、愛実がうちに来ますので。なので、俺も真衣さんと宏明さんと直接挨拶したいと思いまして伺いました」

「なるほどね。涼我君らしいわ」

「そうだね、母さん」


 真衣さんも宏明さんも穏やかな笑顔でそう言ってくれる。突然の訪問になったけど、特に嫌だと思われていないようで良かった。


「ついさっき、愛実とあおいに告白の返事をして、愛実と恋人として付き合うことになりました。愛実を今まで以上に大切にして、恋人として一緒にいようと思います。よろしくお願いします」


 真衣さんと宏明さんの目を見ながらそう言い、深めに頭を下げた。


「愛実を選んで、愛実と付き合ってくれて嬉しいわ。涼我君が義理の息子になるんだ~」

「まだ結婚できない年齢だし、それは気が早いんじゃないか? 涼我君。愛実を選んでくれてありがとう。とても嬉しく思うよ。愛実をよろしくお願いします」

「よろしくお願いします、涼我君」

「はい。よろしくお願いします」


 真衣さんが愛実のことをアピールしていたとはいえ、真衣さんと宏明さんが、愛実が俺と交際することを喜んでくれて凄く嬉しい。お二人がこういう風に言ってくれるのは、出会ってから10年間の日々の積み重ねがあったからだと思う。お二人の想いに応えるためにも、愛実と幸せになっていかないとな。


「リョウ君。着替えと荷物の準備をするから、リョウ君は先に家に帰っていてくれるかな」

「分かったよ、愛実。待ってる」

「うんっ。15分から20分くらいで行けると思うから」

「分かった。……では、俺はこれで失礼します」


 軽く頭を下げて、俺は愛実の家を後にする。

 恋人の愛実の家が隣にあるって凄く幸せなことだな。そんな想いを抱きつつ、俺は自宅に帰った。


「ただいま」

「おかえり、涼我」

「涼我、おかえり。愛実ちゃんと付き合うことになったのよね」


 俺が土間にいる間に両親がリビングから出てきた。普段はこういうことはあまりないのに。愛実と付き合うことになったと知らせた衝撃が大きかったのだと実感する。


「そうだよ。さっき、愛実とあおいに返事して、愛実と付き合うことになった」

「そうだったのね。おめでとう。よく決断して、返事をしたわね」

「おめでとう、涼我。きっと、愛実ちゃんもあおいちゃんも受け入れてくれるさ」

「……そうだな」


 俺と付き合うことになった愛実はもちろん、フラれたあおいも笑顔を浮かべていた。あおいは愛実と俺が付き合うことを祝福してくれたし。


「ありがとう、母さん、父さん。愛実は着替えや荷物の準備で15分から20分後くらいに来るから」


 その後、自分の部屋のエアコンをかけて涼しくしたり、お客さん用のふとんの枕を持っていってベッドに置いたりして、それ以降は両親とリビングで愛実が来るのを待った。

 ――ピンポーン。

 愛実と別れて20分弱。インターホンが鳴った。このタイミングからして愛実だろう。そう思って、モニターのスイッチを入れると、画面には愛実の姿が。


「はい」

『来たよ、リョウ君』

「待っていたよ。すぐに行くね。……愛実だ」

「私達も行きましょうか」

「そうだね、母さん」


 俺達はリビングから出て玄関まで向かう。

 俺がゆっくりと扉を開けると、そこにはスカートに半袖のブラウス姿の愛実が。私服姿になっても凄く可愛い。これからお泊まりするのもあり、ゴールデンウィークのお泊まりのときと同じで、大きめのバッグを持っていた。


「いらっしゃい、愛実」

「お邪魔します。智子さんに竜也さん、こんばんは」

「こんばんは、愛実ちゃん」

「ゆっくりしていってね。涼我と恋人になった初めての夜だもの」

「あ、ありがとうございますっ。リョウ君と恋人として付き合うことになりました。よろしくお願いします」

「涼我のことをよろしくお願いします」

「涼我のことをお願いね」

「はい。よろしくお願いします!」


 愛実は可愛らしい笑顔で元気良く挨拶した。お隣同士で10年来の付き合いがあるから、穏やかな挨拶になったな。


「愛実。とりあえず、俺の部屋に行くか」

「そうだね」

「2人とも、お風呂はいつでも入っていいからね」

「分かったよ、母さん」

「分かりました。ありがとうございます」


 俺は愛実からバッグを受け取り、愛実と一緒に自分の部屋に向かう。

 愛実は誰よりも多く自分の部屋に招き入れたのに、恋人になってからは初めてだから新鮮さを感じる。自分の部屋に恋人の女の子がいると思うとドキドキしてくる。愛実も同じ気持ちなのか、頬をほんのりと赤くしている。


「リョウ君の部屋はこれまでいっぱい来たのに、ちょっとドキドキする。恋人になってからは初めてだし、これからお泊まりするからかな」

「俺も同じような理由でドキドキしているよ」

「そうなんだ」


 ふふっ、と愛実は声に出して笑う。そんな愛実も可愛いと思いつつ、愛実のバッグをベッドの近くに置いた。


「智子さんと竜也さんにちゃんと挨拶できて良かった。ちょっと緊張していたから」

「分かる。俺もさっき、真衣さんと宏明さんに挨拶するとき、緊張したから。たくさん会っていても、付き合うことの報告だから緊張するよな」

「だよね。……理沙ちゃんや道本君達にも報告する? 私もあおいちゃんもリョウ君に告白したことは知っているし」

「そうだな。伝えよう。それに……実は花火大会の会場に向かっている途中に、道本と佐藤先生から愛実とあおいのことについて訊かれてさ。そのときに、花火大会の帰りに返事するつもりだって伝えたから」

「そうだったんだ。そういえば、行くとき……3人は私達の後ろを歩いていたもんね。……じゃあ、8人のグループトークに送るのが一番いいかな。あおいちゃんもいるけど」

「……いいと思う」


 あおいの見えないところで報告するよりも、8人のグループトークで伝えた方がいいと思うから。

 俺と愛実はそれぞれ自分のスマホを手にとって、


『さっき、愛実とあおいの告白の返事をしました。愛実と恋人として付き合うことになりました』

『リョウ君と恋人として付き合うことになりました』


 花火大会に一緒に行った8人のグループトークに、交際報告のメッセージを送信する。

 愛実もトーク画面を開いているので、すぐに俺の送信したメッセージに『既読1』が付く。また、そこから10秒もしないうちに『既読2』となり、


『先ほども言いましたが、涼我君、愛実ちゃん、おめでとうございます!』


 と、あおいから再び祝福の言葉が贈られた。そのことに嬉しくなると同時にほっとした気持ちもある。愛実も笑顔を浮かべながら胸を撫で下ろしていた。

 最初にあおいが祝福のメッセージを送ったのが良かったのだろうか。


『麻丘君、きちんと考えて返事したのね。愛実、麻丘君、おめでとう! 2人で幸せになってね! あと、あおいはあたしと同じだね。仲間だ』

『香川と付き合う返事をしたんだな。麻丘、香川、おめでとう!』

『おっ、麻丘は決断できたんだな! 良かったぜ! 麻丘、香川、おめでとう!』

『愛実さん、麻丘君、おめでとう!』

『愛実ちゃんと付き合うことに決めたか。ちゃんと返事して偉いよ、涼我君。そして、涼我君、愛実ちゃん、おめでとう!』


 と、5人から、俺達が交際を始めたことを祝うメッセージが次々と送られた。メッセージでも、おめでとうと言われるととても嬉しい気持ちになる。俺の隣で嬉しそうにスマホの画面を見つめる愛実を見ると、その気持ちが膨らんでいく。


「嬉しいね、リョウ君」

「そうだな、愛実」

「うんっ」


 愛実はニコッと笑いながら、俺に寄り添ってくる。みんなに祝われて嬉しい気持ちと、愛実が寄り添ってきたドキドキもあって、気付けば愛実にキスしていた。さっき、告白した直後にしたキスよりも唇から伝わる熱が強い。

 数秒ほどで唇を離すと、愛実は可愛らしい笑顔になって、


「今度は私からね」


 甘い声でそう言い、今度は愛実からキスしてくる。

 これまで愛実から何度かキスされたけど、恋人になってからは初めて。だから、これまでのキスよりも甘く感じられたのであった。

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