第58話『久しぶりのこと。初めてのこと。』
午後8時頃。
夕食の後片付けは真衣さんと宏明さんがしてくれることになったので、夕食を食べ終わると俺は愛実と一緒に部屋に戻った。
「ハンバーグもスープも美味かった。とても満足だ。愛実、作ってくれてありがとう」
「いえいえ。リョウ君が美味しそうに食べてくれて嬉しかったよ。こちらこそありがとう」
「いえいえ」
愛実の嬉しそうな笑顔を見られたので、今日の夕食は物凄く満足感がある。
ただ、これまでも、愛実の作った食事を食べると、とても満足できていた。それは食事が美味しいのもあるけど、笑顔の愛実と一緒に食事したからなのだろう。それをたくさん経験している俺は幸せ者だと思った。
「ねえ、リョウ君。お風呂に入る? リョウ君がうちに来たときにはもう準備できていたから、今すぐにでも入れるよ」
「お風呂にするかって訊いてくれたもんな。じゃあ、ご厚意に甘えるよ」
「うんっ。私達のことは気にせずに、ゆっくり入っていいからね」
「ああ。ありがとう」
「ところで、うちでのお泊まりは久しぶりだけど、うちのお風呂の使い方って覚えてる? シャワーとか」
「覚えているよ。小学生のときに何度も入っているからな」
「そっか。了解」
愛実はニコッと笑った。
愛実の家のお風呂に入るのはお泊まりのときだけだったから小学生以来だ。久しぶりにここのお風呂を楽しもう。
着替えやタオルなど、入浴で必要なものが入った袋を持って、俺は1階にある洗面所へと向かった。
服と下着を全て脱いで、必要なものを持って浴室の中に入る。
「おおっ……」
久しぶりに浴室に入ったから、懐かしさもあって思わず声が漏れてしまった。
あと、ここで愛実が毎日髪や体を綺麗にしたり、湯船に浸かってゆっくりしたりしていると思うとドキッとする。
バスチェアに座って、髪、顔、体の順番で洗っていくことに。
昨日と同じく、髪と顔は持参したシャンプーや洗顔料で。体はうちのボディーソープと同じシリーズを使っているので、この浴室にあるものを使って洗う。愛実の家はピーチの香りか。実際にそれを使って洗うと、普段、愛実から香る優しくて甘い匂いが感じられる。それを思うと、湯船にはまだ入っていないのに体が熱くなった。
全て洗い終わったので、俺は湯船に浸かる。
「あぁ、気持ちいい……」
今日は6時間バイトをしたから、お湯の温もりがとても気持ち良く感じる。
脚もしっかりと伸ばせて、なかなか広い湯船なのは分かる。でも、このお風呂に入るのは小学生以来だから、ちょっと狭く感じた。当時はまだ成長期前だったからな。
「このお風呂にまた入れるとは」
愛実と出会ってから、ずっと隣同士で住んでいる。ただ、4年以上もお泊まりしていないから、こういう時間をまた過ごすとは思わなかった。しかも、あおいの家に泊まった翌日に入るとは想像もしなかった。
お湯の温もりが全身へと柔らかく、そして優しく染み渡っていった。
15分近く湯船に浸かって、俺は浴室から出た。
替えの下着と寝間着に着替えて、俺は愛実の部屋に戻る。
愛実はベッドで横になりながら本を読んでいた。大きさからして、ラノベを読んでいるのだろう。
「ただいま、愛実」
「おかえり。お風呂どうだった?」
「凄く気持ち良かった。バイトの疲れも取れたよ」
「それは良かった。じゃあ、私も入ってこようかな。リョウ君、ローテーブルに置いてあるドライヤーを使ってね。あと、本棚にある本は好きに読んでいていいから」
「分かった。ありがとう」
その後、愛実は俺にドライヤーの使い方を教え、部屋を後にした。
俺はベッドの側にあるクッションに座り、愛実のドライヤーを使って髪を乾かし始める。あおいのドライヤーとは違うものだけど、このドライヤーも使いやすいな。愛実の髪が柔らかくて艶やかなのも納得だ。
髪を乾かし終わり、軽く手足のストレッチをした後、本棚の中にある『
「ただいま」
漫画に夢中になっていたからか、気付けば愛実が部屋に戻ってきていた。半袖のピンクの寝間着が可愛らしい。お風呂から出た直後なのもあり、肌はほんのりと赤く色づき、髪もしっとりとしている。シャンプーやボディーソープの甘い匂いも濃く香ってくるので結構ドキッとする。
「おかえり、愛実。その寝間着、似合ってるな」
「ありがとう。リョウ君もその緑色のチェック柄の寝間着、似合ってるよ」
「ありがとう」
昨日、あおいの家で泊まった寝間着とは違うものだけど、愛実に似合っていると言われて嬉しい。
「あとね……下着はこの前、リョウ君に選んでもらったものを付けているよ。リョウ君の大好きな緑色……だよ」
愛実は頬を中心に顔を赤くしてそう言うと、寝間着のボタンを外して緑色の下着を見せてくる。その瞬間に、愛実からボディーソープの甘い匂いがより濃く香った気がする。
お店で試着したときとは違って、今は寝間着を羽織っている状態だ。それでも、肌がほんのりと赤らんでいることや甘い匂いが濃く香ることもあって、あのときよりも艶やかな印象だ。その下着を俺が選んだのもあってドキッとして。正直、結構そそられる。顔が熱いから、きっと愛実のように顔が赤くなっているんだろうな。
「……選んだときにも言ったけど、凄く似合ってる。その下着を選んで良かったって思うよ」
正直に感想を言うと、愛実は真っ赤な顔に嬉しそうな笑みを浮かべる。それが可愛くてドキッとする。
「嬉しい。着替えるとき、リョウ君に選んでもらった下着を見る度に、買ったときのことを思い出して、幸せな気持ちになるんだ。もちろん、さっき着替えたときもね」
「そうだったのか」
俺の選んだ下着を見て幸せになるって言われると嬉しくなるな。これからも、愛実に下着や服を選んでほしいって言われたら、喜んで協力しよう。
「改めて……ありがとう、リョウ君」
「……どういたしまして」
俺がそう言うと、愛実はニコッと笑って「うんっ」と頷く。その反応もまた可愛くて。
愛実は外していた寝間着のボタンを再び付けた。
「と、ところでリョウ君。秋目知人帳を読んでいるんだ」
「ああ。うちにも漫画あるけど、1巻はしばらく読んでいなかったからな。やっぱり面白いな」
「面白いよね」
「また1巻から順番に読み返そうかなって思ったよ。……あと、ドライヤーありがとう。すぐ乾いた」
「良かった。じゃあ、私も髪を乾かそうかな」
その後、愛実はドライヤーで髪を乾かしたり、乳液や化粧水などでスキンケアをしたり、ゴールデンウィークのお泊まりであおいから教わったストレッチをしたりした。これがお風呂から出たときの習慣になっているという。
小学生の頃のお泊まりでは、ドライヤーで髪を乾かすことはしていたけど、スキンケアやストレッチはしていなかった。する必要はなかったのかもしれないが。だから、スキンケアやストレッチをする愛実の姿は新鮮であり、大人っぽく感じられた。
「よし、ストレッチも終わった」
「お疲れ様」
「ありがとう。ただ、リョウ君に見られているからドキドキしちゃった」
「スキンケアとかストレッチする姿は全然見たことがなかったからな。つい見入った」
「ふふっ。今やったことのおかげで、お肌を保てて、体型も維持しやすくなったよ」
「そうなんだ」
入浴後に毎日やっていることが愛実に合っているのだろう。だから、肌を保てて、体型が維持できて、髪も柔らかさや艶やかさがあるのだと思う。
「ただ……ストレッチしているときに、ちょっと肩に痛みを感じて。だから、リョウ君にマッサージをお願いしてもいいかな?」
「ああ、いいぞ。それに、入浴後のマッサージは効果が出やすいって聞くし」
「うんっ。お願いします」
愛実はニコッと笑いながらそう言った。
今日、愛実はとても美味しい夕食を作ってくれたし、その感謝も込めて愛実の肩のマッサージをしていこう。
愛実のすぐ後ろまで移動し、膝立ちをする。お風呂から出てあまり時間が経っていないのもあり、普段よりも甘い匂いが濃く香ってきて。そのことにドキドキしながら、愛実の両肩に手を置いた。
「じゃあ、マッサージを始めるよ」
「お願いします」
ちょっと肩が凝っていると言っていたけど、とりあえずは普段と同じ強さで揉んでいくか。俺は愛実の肩のマッサージを始める。
「あぁ……気持ちいい。さすがはリョウ君」
「ははっ。ちょっと痛いって言うだけあって、普段ほどじゃないけど凝りがあるな」
「やっぱり凝ってたんだ」
「ああ。ただ、俺がしっかりとほぐすからな」
「うんっ」
そう返事すると、愛実は顔だけこちらに向いて微笑んだ。
お風呂から出てそこまで時間が経っていなかったり、ストレッチした後だったりするからか、普段よりも愛実の肩から伝わってくる熱が強い。また、愛実の髪からシャンプーの匂いが濃く香ってくるのもあり、普段とは少し違ったマッサージって感じがする。
「そういえば、お泊まり中に肩をマッサージしてもらうのってこれが初めてだよね」
「……確かにそうかも。愛実の肩のマッサージをし始めたのは中学になってからだし」
「だよね」
まあ、小学生の頃は胸がここまで大きくなかったからな。小学校高学年の頃には確かな膨らみはあったけど、肩凝りに困っている様子は見られなかった。
「リョウ君にはいっぱいマッサージをしてもらったけど、お泊まり中に初めてマッサージをしてもらえて嬉しいよ。……実はそれが理由で、肩がちょっとしか凝っていなかったけど、マッサージしてほしいって頼んだの」
「そうだったのか。可愛いことを考えるな」
「ふふっ」
「ただ、どんな痛みの度合いでも、俺にマッサージしてほしいと思ったときにはいつでも言っていいからな。今みたいに、一緒にいるときはすぐにマッサージするから」
痛みを感じながら生活するのは辛いからな。それは3年前の交通事故を通じて痛感したことだ。
もし、俺の手で取り除ける痛みなら、できるだけ早く愛実の体が取り除いてあげたい。もちろん、それはあおいや海老名さんなどにも言えることだ。
「ありがとう。そういった優しいところも好きだよ」
愛実はそう言うと、こちらに振り返って右頬にキスしてきた。彼女の唇の独特の柔らかさと温かさ、乳液の甘い匂いが感じられて体が熱くなっていく。
愛実が唇を離し、至近距離から愛実と目が合うと、心臓がドクンと跳ねて。頬を中心に赤くなっている愛実の顔に浮かぶ嬉しそうな笑みが本当に可愛くて。愛実への好きな気持ちが膨らんでいく。
「そう言ってくれて嬉しいよ、愛実」
「ふふっ。引き続き、お願いします」
「ああ」
愛実が再び前に向いて、俺は肩のマッサージを再開する。
愛実の肩の凝りはもうほとんど取れている。ただ、この時間を少しでも長く続けたくて。愛実が痛がってしまわないように、優しく丁寧に揉み続けた。
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