第39話『代理購入の成果-コアマ編-』

「これで、最後のサークルの同人誌も買い終わったね」

「そうだな」


 午後1時半頃。

 俺達はサークル・スベスーベニアの新刊同人誌を購入した。これで、佐藤先生が代理購入してほしいと頼んできた5つのサークルを廻り終えた。

 俺と愛実が担当した代理購入の結果は、全5つのサークル中4つのサークルについて、目的の新刊同人誌を購入することができた。


「これで全部廻り終わったね。全てのサークルで新作同人誌を買えたら良かったんだけどな」


 愛実はちょっと残念そうに言う。

 優先度4番目の『よみつき』というサークルだけは、サークルスペースに行った時点で『新刊完売御礼』の立て札が飾られており、新刊を購入することができなかった。佐藤先生の代理購入とはいえ、残念そうにする愛実は優しいと思う。


「まあ、全部買えるに越したことはないよな。ただ、買えなかったものはしょうがない」

「そうだね。じゃあ、待ち合わせ場所に行こうか」

「そうだな」


 俺と愛実はLIMEの5人のグループトークに、代理購入が終わり、待ち合わせ場所に向かう旨のメッセージを送った。また、他の3人の買い物が終わったというメッセージはないので、俺達が最初に着くことになりそうだ。

 俺達は待ち合わせ場所である会議棟のフードコートの入口前に向かい始める。そのフードコートは、ゴールデンウィークに開催されたオリティアのときにも待ち合わせした場所だ。なので、行き方は分かっている。

 ホールを出ると、エントランスでは購入した同人誌をさっそく読んでいる人が何人もいる。あと、お昼過ぎの時間に差し掛かっているからか、パンやおにぎりなどを食べている人もいて。そういう人達を見るとお腹が空いてくる。

 ――ぐううっ。

 気持ちに連動したのか、俺の腹の虫がしっかりと鳴った。その音が聞こえたのか、愛実はクスッと笑う。そのことがちょっと恥ずかしい。


「リョウ君、お腹空いた?」

「ああ、空いた。朝ご飯を食べたのは6時前だし、それ以降に口にしたのはスポーツドリンクとか塩飴くらいだからな。愛実はどうだ?」

「私も空いてる。リョウ君と同じで朝ご飯は早い時間に食べたし、それ以降に口にしたのはスポーツドリンクや飴くらいだから」


 そう言うと、愛実は微笑みながら左手で自分のお腹をさすっている。


「そうか。みんな集まったら、先生の奢りで美味い昼飯を食おうぜ」

「ふふっ、そうだね」


 愛実は楽しそうに笑った。

 お昼ご飯を奢ってくれるのも、佐藤先生からの代理購入のお礼の一環だ。お腹も空いているし、今日のお昼ご飯は凄く美味しそうに食べられそうな気がする。

 東展示棟を抜けて、俺達は会議棟へ向かう。

 会議棟に入ると、それなりに賑わっているけど、東展示棟に比べて人が結構少ない気がする。そう感じるのは、東展示棟での人の多さに慣れたからだろう。それに、会場の前では、たくさんの人がいる中で2時間以上待ったからな。

 待ち合わせ場所のフードコートの入口が見えてきた。そこにはまだ、あおいと海老名さん、佐藤先生の姿はなかった。


「私達が最初だね」

「そうだな。俺達がメッセージを送ったときは、他の3人から買い物が終わったっていうメッセージがなかったからな」


 待ち合わせ場所に到着してスマホを確認すると……まだ、3人からはお疲れ様という旨のメッセージは届いているけど、待ち合わせ場所に行くといったメッセージは届いていなかった。


『愛実と俺はフードコートに着きました。待っていますね』


 とメッセージを送っておいた。

 スマホをスラックスのポケットにしまい愛実の方を見ると、愛実は嬉しそうな笑顔になっていた。


「どうした? 嬉しそうにして」

「まだ誰も来ていないから、リョウ君と2人での時間を過ごせると思って」


 愛実は俺の目を見ながらそう言い、ニッコリとした笑顔を見せてくれる。それと同時に俺の左手を掴む力がちょっと強くなって。そんな愛実がとても可愛くて、キュンとなる。

 好きな人と2人きりの時間が続くのは嬉しいことだよな。それに、俺が「2人きりの間はデートでいいんじゃないか」と言ったから、デートとしての時間が続くという意味でも嬉しいと思っているかもしれない。そう考えると、今の愛実の言葉が嬉しく思えた。

 それからは、代理購入の際に自分の分も買った同人誌を一緒に読んだり、同人誌の元ネタになっている作品について話したりして過ごす。

 また、ここで待ち始めてから10分ほどで、


『全て廻り終えました! 今からフードコートに行きますね!』

『あおいとフードコートに向かうわ』


 あおいと海老名さんからそんなメッセージが送られてきた。2人も買い物が終わったか。オリティアではあおいのほしい同人誌は全て買えたけど、今回はどうだっただろうか。

 2人からメッセージが届いてから5分ちょっと。


「涼我君! 愛実ちゃん!」

「2人ともお待たせ!」


 東展示棟の方から、あおいと海老名さんが歩いてきた。2人とも元気そうに手を振ってくる。こうして2人を見ると、凄く美人なコンビだなぁと思う。そんなことを思いつつ、俺は愛実と一緒に2人に向かって手を振った。

 2人とも、何やら綺麗なイラストが描かれた紙の手提げを持っている。行くときには持っていなかったから、どこかのサークルでの購入特典かな。


「あおい、海老名さん。お疲れ様」

「お疲れ様、あおいちゃん、理沙ちゃん」

「お二人もお疲れ様です!」

「お疲れ様」

「俺達は5つ中4つのサークルの新刊同人誌を買えたよ。そっちはどうだった?」

「6つ中5つのサークルの新刊を買えました! オリティアのときのように全ては買えませんでしたが、買えないことは普通にありますからね。それに、樹理先生から頼まれた2つのサークルは代理購入できましたから」


 と、あおいはいつもの明るい笑みを浮かべながらそう言う。全ては購入できなかったか。ただ、買えなかったサークルは1つだけだし、同人イベントに何度も行っているだけあってショックはあまりなさそうだ。

 あおいの明るい笑顔を見ていると、嬉しい気持ちが膨らんでいく。


「そうか。5つ買えて良かったな。あおいと海老名さんは一緒に同人イベントに参加するのは初めてだったけど、どうだった?」

「楽しかったですよ! 最初に行った『赤色くらぶ』では1時間半ほど並びましたが、二次元トークで盛り上がりましたし!」

「あおいと話すのに集中していて、暑さが全然気にならなかったわ。気付いたらあたし達の番の目前だったわね」

「そうでしたね」

「そうだったんだ。楽しかったようで良かった」

「良かったよ」


 あの暑さが全然気にならないとは。二次元トークに大輪の花が咲いたことが窺える。今日のコアマで一緒に行動したことで、あおいと海老名さんの仲がさらに深まったのは間違いないだろう。


「そうだ、理沙ちゃん。頼まれていた『深紅庭園』の新作同人誌を買えたよ。クリアファイルもついてきた」

「ありがとう! オリティアでの新作同人誌が良かったから、コアマの新作を楽しみにしていたの」


 海老名さんはとても嬉しそうに言う。愛実に代金の500円を渡して、新作同人誌と特典のクリアファイルを受け取ると、さらに嬉しそうな笑顔を見せて。相当楽しみにしていたのだと分かる。ここまでの笑顔はなかなか見ない。

 ――プルルッ。

 スラックスのポケットに入っているスマホが鳴る。さっそく確認すると、コアマに来ている5人のグループトークに新着メッセージが送られたと通知が。通知をタップすると、


『私も買い物終わったよ。すぐにそっちへ行くね』


 という佐藤先生のメッセージが表示された。先生も買い物が終わったか。俺は先生に了解の旨のメッセージを送信した。あおいと愛実と海老名さんも送った。

 それから数分ほどして、


「みんなお待たせ!」


 佐藤先生が俺達のところにやってきた。お目当ての同人誌がいっぱい買えたのか、先生はとても満足した表情だ。先生は行くときには持っていなかった紙の手提げを2つ持っていた。あの中にエロい意味で成人向けな同人誌が色々入っているのだろう。


「待たせてしまったね。目当てのサークルが8つあったから」

「いえいえ。最初に来た愛実と俺で20分程度ですよ。先生はお目当ての同人誌は結構買えましたか?」

「8サークル中6サークルだよ。全ては買えなかったけど、かなり買いたかった大手サークルの同人誌を買えたから満足しているよ」

「それは良かったです。愛実と俺は『よみつき』というサークル以外は、全て新作同人誌を購入できました」

「理沙ちゃんと私も『赤色くらぶ』と『ジーエルッサム』の新作同人誌を買えましたよ」

「おぉ、そうかい! 嬉しいし幸せだよ! 今回も本当にありがとう!」


 佐藤先生は満面の笑顔でお礼を言うと、俺達4人の頭を優しく撫でていく。その際に、先生の汗混じりの甘い匂いが感じられてドキッとした。あおいと愛実と海老名さんは楽しそうな笑顔を浮かべていて。

 佐藤先生の嬉しそうな笑顔を見ると、暑い中並んだり、会場内を歩き回ったりして同人誌の代理購入をして良かったと思える。次はいつになるかは分からないけど、今後も先生の同人誌の代理購入に協力するか。

 その後、俺達はフードコートの中に入ってお昼ご飯を食べることに。

 空腹と佐藤先生の奢りというスパイスもあって、俺が選んだ味噌ラーメンは物凄く美味しい。あおいと一口交換したカレーも、愛実と一口交換したつけ麺も。

 別行動していたときのことや購入した同人誌のことなどで話が盛り上がり、楽しい昼食の時間になった。

 昼食後は、5人全員で西展示棟にある企業ブースやコスプレエリアを廻った。企業ブースではあおいと愛実と海老名さんが好きなキャラが描かれた扇子を買い、コスプレエリアでは露出度の高いコスプレをしていた女性に佐藤先生が興奮していた。

 コアマが終わる20分ほど前に、俺達は国際展示ホールを後にして帰路に就く。


「みんなのおかげで、2日目のコアマも満足だよ!」


 佐藤先生は言葉通りの満足そうな笑顔でそう言う。俺達が同人誌を代理購入したし、お昼ご飯も美味しそうに食べていたし、コスプレ広場では興味津々にコスプレしている人のことを見ていたから、5人の中で一番コアマを楽しんでいたんじゃないだろうか。


「それは良かったです。俺も楽しめました。ガールズラブの同人誌も買いましたし」

「私も楽しかったです! リョウ君と2人で廻れましたから」

「私も楽しかったですよ! 初コアマでしたし、いっぱい同人誌を買えましたから。それに、理沙ちゃんと初めて同人イベントで一緒に過ごせましたし」

「あおいがそう言ってくれて嬉しいわ。あたしも楽しかったです。今年の夏の思い出がまた一つできました」


 愛実もあおいも海老名さんも可愛い笑顔で感想を言う。3人にとっても、コアマが楽しいイベントになって良かった。海老名さんも俺にフラれた翌日だけど、楽しめたようでほっとした。


「君達も楽しめたようで良かった。また、代理購入を頼むと思う」

「分かりました。あと、佐藤先生は明日もコアマに参加されるんですよね。3日連続ですし、体調には気をつけてください」

「ありがとう、涼我君。家に帰ったら、自分が買ったり、君達が代理購入してくれたりした同人誌を読むよ。それで英気を養って、明日のコアマに備えるよ」


 ニッコリと笑って佐藤先生はそう言った。この様子からして、今日購入した同人誌を読めば明日のコアマも平気で乗り越えられそうな気がする。

 その後、東玉線直通のなぎさ線と、清王線に乗って俺達は調津駅に帰っていく。その間、俺達5人はコアマのことや買った同人誌のことなどで話に花を咲かせたのであった。

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