第6話『お化け屋敷』
「おかえりなさい! お疲れ様でした!」
マシンがスタート地点に戻ると、男性のスタッフさんによって迎えられた。猛スピードのマシンに数分ほど乗っていたので、スタート地点で停止すると何だか不思議な感覚に。
「楽しかったですね、涼我君!」
引っ越してきてからの中でも指折りの可愛い笑顔であおいはそう言う。そんなあおいの笑顔を見ていると、ジェットコースターが楽しかったことや絶叫系アトラクションが大好きなことが物凄く伝わってくる。
「楽しかったな。ここ何年かのジェットコースターで一番叫んだかもしれない」
「たくさん叫んでいましたね。涼我君と一緒に、このジェットコースターを乗ることができて嬉しいですっ!」
「俺も嬉しいよ」
昔、年齢制限で乗れなくて、あおいが泣いた過去があるから。昔できなかったことが10年越しにできるのって凄く嬉しいな。
到着して少し経ったからか、今もあおいの右手をぎゅっと握っていることに気づいた。左手からあおいの強い温もりを感じていることも。
「ご、ごめんな。終わったのに強く握ったままで」
「いえいえ。それに、昔のように手を繋いでジェットコースターに乗れて嬉しかったですから」
あおいはニコッと笑ってそう言った。その瞬間、俺の頬がほんのりと熱を帯びているのが分かった。あおいに触れていない頬が。
安全バーが上がり、マシンから降りるまで俺はあおいと手を繋いでいた。また、俺達の前列に座っていた愛実と海老名さんも、降りるまで手をしっかりと握っているようだった。
「あぁ、怖かった。何度も乗ったことあるけど怖いね」
「一回転したり、ほぼ垂直に下ったりする部分があったものね。愛実と一緒に叫べたから結構楽しかったわ。手も繋いだし」
「私も理沙ちゃんと手を繋いで、一緒に叫んだから楽しかったよ」
ふふっ、と愛実と海老名さんは楽しそうに笑い合っている。たまに前方から、2人の叫びの綺麗なユニゾンが聞こえてきたからな。
「いやぁ、ジェットコースター楽しかったぜ! いっぱい叫んだしスッキリしてるぜ!」
「絶叫系を体現していたよな、鈴木は。俺も楽しかった。遊園地に来たって感じがするな」
「そうだな、道本! 気分上がってきたぜ!」
わははっ! と、鈴木は道本の肩に手を回して楽しそうに笑っている。道本も爽やかな笑みを浮かべていて。
俺達はジェットコースター乗り場を後にする。
待機列を見てみると、俺達が並んだときよりも長くなっていた。ただ、今まで来たときに比べれば短く見える。
「よーし、次はどのアトラクションに行くか?」
「そうだなぁ……」
まだ序盤だし、個人的には次も定番のアトラクションに行ってみたい。そう思いながら周辺にあるアトラクションを見てみると、
「お化け屋敷なんていいんじゃないか?」
近くにあったお化け屋敷を指さしながら、俺はみんなに提案する。ジェットコースターと同様に、お化け屋敷も遊園地に来ると必ず立ち寄るアトラクションだ。
「お化け屋敷ですか。怖いですけど、定番アトラクションですから一度は行きたいですね」
「あおいの言うこと分かるわ。あたしは賛成よ」
「一人だと入れないけど、誰かと一緒なら入れるよ。特にリョウ君みたいに平気な人とは」
「お化け屋敷は定番だよな。鈴木はどうだ……す、鈴木?」
道本は目を見開いている。そんな彼の視線の先にあったのは……顔を真っ青にしている鈴木だ。笑みこそ浮かべているけど、引きつったものになっているし。こんな鈴木の姿、見たことないぞ。
「オ、オレ……心霊系アトラクションは凄く苦手なんだ。彼女と遊園地に行ったときも避けてる。みんなで楽しんできてくれ……」
さっきまでの元気さが嘘のようなか細い声で鈴木はそう言った。絶叫系でも心霊系の怖い方は苦手なのか。いつも明るいし、お化けが出ても全く動じずに笑い飛ばすイメージがあったので意外だ。
道本は鈴木の肩に手を乗せて、
「じゃあ、俺と一緒に絶叫系のアトラクションに行こうぜ。ジェットコースターに乗って、スリルのある絶叫系にも行きたい気持ちになってるし」
「い、いいのか? お化け屋敷は定番だけどよ」
「ああ、かまわない。みんな、お化け屋敷の出口近くで待ち合わせしよう。それでいいか?」
道本の定番に、俺達5人は全員賛成した。一旦、別々に好きなアトラクションに行くのもいいと思うから。
お化け屋敷の出口で待ち合わせするのを約束し、道本と鈴木とは一旦別行動に。残った俺、愛実、あおい、海老名さんはお化け屋敷へ向かう。
お化け屋敷前にも待機列ができていた。ただ、ジェットコースターよりはかなり短く、近くにいたスタッフの女性の話では10分ほどで入れるらしい。
「そういえば、お化け屋敷って一度に何人まで入れるのですか? 小さい頃は私と涼我君、お母さん、智子さんの4人で入りましたが。ただ、当時は幼稚園に通う子供でしたから、4人一緒に入れたのかなと思いまして……」
「年齢関係なく4人入れるわよ」
「うん。リョウ君と理沙ちゃん、道本君の4人で来たときは4人一緒だった」
「そのルールは変わっていないと思うよ。一応、確認してみる」
先ほどと同じスタッフの女性に、4人一緒に入っても大丈夫かどうかを訊く。すると、女性は笑顔で「4人なら一緒に入って大丈夫です!」と笑顔で答えてくれた。
4人一緒に入れると分かったからか、あおいはほっと胸を撫で下ろしていた。さっき怖いと言っていたし、一人でも多く一緒に入れるに越したことはないか。
愛実も海老名さんもお化け屋敷では叫ぶし、小さい頃のあおいも結構叫んでいた。俺は平気なので、3人のことをしっかり出口まで導こう。
10分ほどで待ち時間と言われただけあって、俺達の番になるのはすぐだった。その際、海老名さんはパーカーのフードを被った。もしかして、パーカーを着てきたのはお化け屋敷のためだったのかな。
入り口の所に立っている男性のスタッフに4人で入ることを伝え、俺達4人は一緒にお化け屋敷の中に入る。
中は結構暗くて、外よりも少し肌寒くなっている。これも来園客を怖がらせる演出なんだろうな。……さっそく、俺の後ろにいる女子3人は小刻みに震えている。演出に踊らされているなぁ。
「じゃあ、進んでいくぞ」
俺がそう言うと、3人は小さく頷いた。
俺を先頭にお化け屋敷の中を進んでいく。
以前来たときと同じで、お化け屋敷のモチーフは幽霊の出る廃校になっている。
周りを見てみると……壁には『職員室』とか『会議室』と書かれた汚れているプレートが備え付けられている。また、掲示板には『叫んでもいいが、廊下は走るな!』というボロボロのプリントが貼られていて。床には砂や埃があって。廃校らしいって感じ。
「ううっ、怖いです。み、みなさん。どのタイミングでお化けが出るとか覚えてませんか?」
「ご、ごめん。覚えてない。これまで来たときも、リョウ君とか理沙ちゃんにしがみついていたし」
「あたしは……怖かったことしか覚えていないわ」
「俺も怖がる2人とか、お化け屋敷の中の雰囲気は覚えているけど、タイミングまでは覚えていないな」
「そ、そうですかぁ……」
そう言うあおいの声は普段と比べるとかなり弱々しい。あおいの方を見てみると……俺のジャケットの左袖を掴んでいる。そんなあおいの怖がっている顔は小さい頃から変わらない。
「怖いとは思うけど、俺がここにいるから」
あおい達にしか聞こえないような声でそう言うと、あおいは上目遣いで俺を見て小さく頷いた。その姿がとても可愛くて。守りたい気持ちをかき立てられる。
順路を進んでいき、『1年1組』のプレートの真横に差し掛かったときだった。
「うわああっ!」
『きゃあああっ!』
1年1組の教室から、血まみれの制服を着た男が俺達の前に飛び出してきた。その瞬間にあおい、愛実、海老名さんの悲鳴が響き渡る。男が出てきたことよりも、女子3人の悲鳴に体がビクついてしまう。
悲鳴の直後、両腕と背中から強い温もりを感じるように。見てみると、右腕を愛実、左腕をあおいが抱きしめている。背中には海老名さんが寄り添っていて。それが分かった途端、温もりだけじゃなくて独特の柔らかな感触も感じるように。
そういえば、昔もあおいは俺の腕にしがみついていたっけ。
血まみれの制服男は俺を見ながら、低い声で「恨めしや……」と呟いている。そういえば、前回来たときも制服姿のお化け役の人がいたな。
「俺は……クラスの好きな女子に告白したけど、フラれちまって。それを苦に、この教室で腹に包丁を刺して自殺したんだ……」
なるほど。だから制服が血まみれなのか。衣装といい、血色の悪い顔色といい、恨めしい目つきといい……このスタッフさん、自殺した男子生徒になりきっているな。
「だから、俺は……幸せそうなカップルが許せない! ただ、それ以上に美少女3人にくっつかれているお前のようなハーレム野郎がもっと許せないんだあっ!」
物凄く迫力のある声で、血まみれ男子生徒がそんなことを言ってくる。そんな男子生徒は鋭い目つきで俺のことをにらんでいて。……何か、来場しているお客さんに合わせた演技じゃなくて、演者であるあなたの私怨を感じるのですが気のせいですか。
「呪い殺してやる。ハーレム野郎のお前を地獄へ引きずり込んでやる……! そして、女の子3人の誰か、今度俺とデートしませんか……!」
「お断りしますっ!」
「私も遠慮しますっ!」
「嫌よっ!」
あおい、愛実、海老名さんはデートのお誘いを即断った。そのことで、血まみれ男子生徒はガックリ。これも演技なのか素なのか。
「……そうっすか。あの世に帰ります……」
はあっ……と深いため息をついて、血まみれ男子生徒はあの世……もとい1年1組の教室へと帰っていった。あの男子生徒に呪い殺されずに済んで良かった。
「あぁ、怖かったです……」
「怖かったね、あおいちゃん。特にデートにお誘いされたときが怖かった」
「あたしも。寒気がしたわ」
「話しかけられるとより怖いですよね」
意識が自分に向いているからな。3人が怖いと思うのは無理もない。
また、1年1組の教室の向こうから「ああっ……」という男の人の声が聞こえてきた。今の3人の会話が聞こえたのだろうか。
俺達は再び歩き始め、順路を進んでいく。
教室の扉から首だけ出してニヤリと笑う女子生徒や、教室の窓に張り付いて「うわああっ!」と叫ぶ男子生徒など、お化け役のキャストが驚かせてくる。その度に、
『きゃあああっ!』
と、女子3人は大きな叫び声を上げて。キャストのみなさんにはボーナスを上げてもいいんじゃないかと思うほどの名演技だ。あと、心霊系が苦手な鈴木は来なくて正解だと思った。
「ここで部屋に入るのか」
順路と示された方向にあるのは……保健室か。教室じゃないところが怪しいな。
「こ、これまで廊下を歩いてきたのに。このタイミングで保健室に入るんですか」
「絶対に保健室で何か出るパターンだよね……」
「愛実の言う通りだと思う」
「……まあ、順路に従って行くか」
そう言って3人の方を見ると、みんな小さく頷いた。
俺達は順路に従って、保健室の中に入る。
保健室の中は傷ついたテーブルや医療品が入った棚。ベッドもいくつか置かれている。生徒が寝ている設定なのか、膨らんでいるベッドもあって。あと、消毒液っぽい臭いもする。なので、これまでとは少し違った雰囲気が感じられる。
保健室の中を歩いていると、
「あらぁ、どうかしたの?」
『きゃあああっ!』
膨らんでいるベッドから、白衣姿の女性が起きてきた。それと同時に女子3人は黄色い叫び声を上げ、俺にしがみついてくる。3人の予想が当たったか。
女性は薄い笑みを見せると、ゆっくりとした速度で俺達の目の前までやってくる。
「私……この学校の養護教諭なの。男の先生と付き合っていて、この保健室のベッドで愛を育むこともあったの。でも……その先生、別の高校に異動することになって。それと同時に妻子持ちなのも分かって。そうしたら、申し訳なさと寂しさでいっぱいになって。それで、ここで首つり自殺したの……」
「そ、それは……ご愁傷様です」
俺の目を見つめながら説明してくるので、俺は思わずそんな言葉を言ってしまった。というか、自殺までの経緯が生々しいな。俺達が高校生だからまだしも、小さな子供にも同じようなことを言っているのだろうか。
養護教諭の女性を見てみると……首つり自殺の名残なのか、首に細くて赤い痕がついている。また、顔中心に肌が青白くなっている。しっかりとメイクしているんだな。
「あらぁ。あなた、かなりのイケメンさんね。私の好みど真ん中。あそこにベッドあるし、薄暗いし……いいことしちゃわない? 女の子でも大歓迎よ」
そう言うと、白衣姿の女性は一歩近づいて、うっとりとした様子で俺達のことを見てくる。心なしか、さっきよりも顔の血色が良くなってきているような。
あおいも愛実も海老名さんも首を横に激しく振っている。
あと、ベッドでするいいことってどんなことなのか。俺達は高校生だから、内容によってはあなたが逮捕される事案になってしまうぞ。
「えっと……お断りしますね。外で友人2人と待ち合わせているので……」
「あらぁ、それは残念ねぇ。じゃあ、1人で寝るわぁ」
良さそうな子達だったのに……と呟きながら、白衣姿の女性はベッドに戻っていった。最初の血まみれの男子生徒と同じで、役ではなく素で接しているように思えた。
「先に進むか」
その後も、俺達は順路に従ってお化け屋敷の中を進んでいく。
お化け役のスタッフが様々な形で出現するので、登場する度に女子3人は大声で叫び、俺にぎゅっとしがみついてくるのであった。
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