第7話『フリーフォール』
俺達は無事に出口に辿り着き、お化け屋敷を出た。薄暗い中に15分ほどいたので結構眩しく感じる。あと、中は肌寒かったから、陽差しがとても温かくて。
「かなり怖かったですね……」
「そうだね、あおいちゃん。怖かったよ……」
「何度も来ているのにね。パーカーのフードを被っていても怖かったわ。ちゃんと出口に辿り着けて良かった……」
あおい、愛実、海老名さんはみんな安堵の笑みを浮かべている。あと、3人とも息づかいがちょっと荒くなっていて。お化け屋敷の中では数え切れないほどに絶叫していたからなぁ。正直、俺はお化けよりも3人の叫びにビックリすることの方が多かった。
お化け屋敷での怖さの余韻が残っているのだろうか。あおいは左腕、愛実は右腕を今も抱きしめている。海老名さんはフードを被ったまま俺のジャケットの裾を掴んでいる。
「でも、愛実ちゃんと理沙ちゃんっていう一緒に叫ぶ人がいて良かったです」
「仲間がいるって感じがするものね。それに、お化けが平気な麻丘君もいたし」
「そうだね。リョウ君がいたから心強かったよ。ありがとう」
「ありがとうございました」
「ありがとう、麻丘君」
愛実、あおい、海老名さんは笑顔でお礼を言ってくれた。
「いえいえ。3人と一緒で楽しかったよ」
3人の絶叫もあってお化け屋敷にいるんだって実感できたし。それに、俺を頼りにしてくれるのは嬉しかったから。
「……って、お化け屋敷が終わったのですから、いつまでも腕を抱きしめてはいけませんね」
あおいはそう言うと、俺の左腕を離した。あおいに続いて、愛実と海老名さんも俺から少し離れる。海老名さんはその流れでパーカーのフードを外した。
また、あおいは爽やかな笑顔だけど、愛実と海老名さんは頬をほんのりと赤くしてはにかんでいる。お化け屋敷の中では俺とくっついていたし、いつになくたくさん叫んでいたからかな。何にせよ、今の3人は可愛らしい。
道本と鈴木はもう待ち合わせ場所にいるだろうか。スマホを見てみると、道本から数分前にグループトークに『出口近くのベンチにいるから』とメッセージが届いていた。
「道本と鈴木が待ち合わせ場所にいるってさ。行こう」
俺がグループトークに了解の旨のメッセージを送り、俺達は道本と鈴木のいる場所に向かい始める。
お化け屋敷の敷地を出て、周りを見てみると……近くにあるベンチに座る道本と鈴木の姿が見えた。
「道本、鈴木」
2人の名前を呼ぶと、彼らはこちらに向かって大きめに手を振る。ベンチから立ち上がって、こちらにやってくる。絶叫系アトラクションに行ったからか、2人とも楽しそうな笑みを浮かべていて。
「みんな来たな!」
「お化け屋敷はどうだった?」
「結構楽しかったよ」
「廃校をモチーフにしているお化け屋敷でしたが、凄く怖かったです」
「色々な形でお化け役の人が驚かしにきたよね」
「ええ。心霊系が苦手な鈴木君は来なくて正解だったと思うわ」
「……ははっ、そうか」
鈴木は朗らかに笑うけど、どこかほっとしている様子だ。
俺はお化け屋敷にいるときに、海老名さんと同じことを思ったよ。鈴木がお化け屋敷にいたら、野太い絶叫がお化け屋敷内に何度も響き渡っていたことだろう。ジェットコースターのときの声の大きさからして、お化け役の人を逆に驚かせたかも。
海老名さんの言葉に同感なのか、あおいと愛実は何度も首を縦に振っていた。
「道本と鈴木はどんな絶叫系のアトラクションに行っていたんだ?」
「フリーフォールだ」
「ここのフリーフォールはかなり高いところまで上るからスリルがあったぜ!」
「勢いよく落ちたしな。あれはスリルがあった」
フリーフォールが相当良かったのだろう。2人は楽しそうな笑みを浮かべている。鈴木は興奮もしていて。
「フリーフォールですか。いいですね!」
「絶叫系の定番だものね」
「フリーフォールも行くことが多いよね、リョウ君」
「そうだな」
「じゃあ、次はフリーフォールに行くか? オレ、また乗りてえし!」
「みんなさえ良ければ、俺もフリーフォールでかまわないぞ」
鈴木と道本がフリーフォールを提案してきた。
ジェットコースターほどではないけど、フリーフォールも行くことが多いアトラクションだ。今日も一度は乗っておきたいかな。
「俺は賛成だ」
「私も行きたいです!」
「あたしも行きたいわ」
「私も一度乗りたいな」
「じゃあ、フリーフォールに決定だな!」
またフリーフォールに乗れるからか、鈴木はとても元気良くそう言った。
俺達はフリーフォール乗り場に向かって歩き始める。
お昼近くになってきたから、俺達がパークランドに来たときに比べて人の数が多くなっている。それによって、賑わいが感じられるようになって。個人的に遊園地は賑わっている方が好きだ。
1、2分ほどで、フリーフォール乗り場の前に到着する。
ここでも待機列ができており、俺達は列の最後尾に並ぶ。ジェットコースターと同じで2列で並ぶので、道本と鈴木、あおいと海老名さん、俺と愛実という順番で。
また、近くにいる男性のスタッフによると、25分ほど並べば俺達の番になるという。さすがに並ぶ時間は少しずつ長くなっている。ただ、それでもこれまで来たときに比べれば短い。
「そういえば、フリーフォールも昔、涼我君と来たときは乗りませんでしたよね」
「そうだな。これも小学生以上から乗れるアトラクションだからな」
「絶叫系中心に、小学生以上じゃないと乗れないアトラクションってあるわよね。あとは身長制限とか」
「私、小学校の2、3年くらいまでは身長が足りなくて乗れないアトラクションあったよ」
「……昔、パークランドに来たとき、俺はOKで愛実はダメってことがあったな。確か、このフリーフォールも」
「うん。でも、『愛実と一緒に楽しみたいから今日は乗らない』って言って、リョウ君だけが乗ることはなかったよね」
優しい声色でそう言うと、愛実は嬉しそうな笑顔を俺に向けてくれた。
愛実と一緒に楽しみたいから遊園地に来ているのに、自分だけ楽しんでいいアトラクションに乗る気には全然ならなかったんだ。それに、乗れないって言われて、愛実は悲しそうな表情をしていたし。
「涼我君らしいエピソードですねっ」
「あたしもそう思ったわ」
あおいと海老名さんは微笑みながらそう言ってきた。結構昔の話だけど、何だかちょっと照れくさく感じる。それでも、頬が普段より緩んでいるのが分かった。
その後も、遊園地絡みの思い出話に花を咲かせる。そのおかげで時間の進みが結構速く感じ、あっという間に俺達の番が回ってきた。
フリーフォールは4方向全てにシートが設けられている。また、1方向につき6人座れる。スタッフの方の計らいで、俺達6人は同じ列に座れることになった。ちなみに、座っている位置は鈴木、道本、海老名さん、あおい、俺、愛実だ。
「フリーフォールって脚が宙ぶらりんなので、ジェットコースターとはちょっと違ったスリルを味わえますよね」
「マシンが降りるときに脚がフワってなるもんな」
「脚が置ける場所がないのって、地味に怖いよね」
「愛実の言うこと、分かるなぁ」
ジェットコースターよりもフリーフォールの方が怖いと言う友人もいる。
「また手を繋ごうか、愛実」
「うん。リョウ君とも繋いでいい?」
「ああ、いいぞ」
「私とも繋いでください」
「分かった」
俺は左手で愛実と、右手であおいと手を繋ぐ。ジェットコースターのときはあおいだけだったので、あのとき以上の安心感がある。愛実、あおいの順番で顔を見ると、2人はニッコリ可愛い笑顔を俺に向けていた。
プーッ、とチャイムが鳴り、俺達の乗ったマシンはタワー頂上に向かってゆっくりとした速度で上昇し始める。
「始まりましたね! ここのフリーフォールがどんな感じか楽しみです!」
「……始まった。さっそく緊張してきたよ……」
あおいと愛実は正反対の言葉を口にする。2人とも笑顔を見せているけど、愛実の笑顔は少し硬い。
脚が宙ぶらりんになる状況は全然ないから、独特の緊張感がある。なので、俺は愛実寄りかな。
マシンもだいぶ高いところまで上がってきた。ジェットコースターのコースよりも高く、同じ目線の高さにあるのは観覧車くらいだ。それもあって、見える景色はかなり広いものに。眼下にはパークランドが一望できる。
「綺麗な景色ですね、涼我君」
「そうだな。晴れているから凄く綺麗だなって思えるよ」
「リョウ君の言うこと分かるな。あと、凄く広い景色だなぁ。この景色を見たら、緊張が少し解けてきた」
「それは良かった」
さっきに比べると、愛実の笑顔が少し柔らかくなった気がする。
それから程なくして、俺達の乗っているマシンの動きが止まった。おそらく、頂上まで辿り着いたのだろう。
「この待たされている時間……ドキドキしますね!」
そう言うあおいはワクワクした様子に見えるけど。本当にフリーフォールが大好きなのだと分かる。
「いつ落下するんだろうっていう不安な意味のドキドキがあるよ、俺は」
「私も」
「さっき乗ったときは、どのくらいここで停止していたの?」
「鈴木と話していたから、よく覚えていないな」
「止まっている時間はランダムらしいって、前に彼女が言っていたぜ!」
「そうなのか。じゃあ、何度乗ってもドキドキを――おおっ!」
俺が話している途中に、フリーフォールが突然落下を始めた! ジェットコースターのときとは違って脚がフワッとなる。
『きゃあああっ!』
左右からあおいと愛実、海老名さんの黄色い絶叫が聞こえてきた。その絶叫とは別に、道本と鈴木の「うおおっ!」という野太い絶叫も聞こえる。俺も彼らと一緒にたくさん叫ぶ。
落下する速度は物凄い。だけど、あおいと愛実の手を決して離さなかった。
叫び続けていたら、一瞬とも思える時間で、マシンは地上に到着した。
「あぁっ、たくさん叫びました! 凄い速さの落下だったので気持ち良かったですっ!」
あおいは満足そうな笑顔でそう言った。フリーフォールを気に入ってくれたようで良かった。
「涼我君と乗れて嬉しかったですっ!」
「俺も嬉しかった。落下は一瞬だけど、脚がフワってなったしスリルがあったなぁ」
「何度も乗ったことあるけど、独特のスリルがあったよね」
「そうね、愛実」
「いやぁ、何度乗っても楽しいな、フリーフォールは!」
「そうだな、鈴木」
愛実はほっとした様子だけど、海老名さんと鈴木と道本は満足そうに話した。
脚が宙ぶらりんだったのもあり、マシンから降りて地面に足を付けたときは結構な安心感を抱いたのであった。
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