第3話『明日のこと』

「それじゃ、全員の自己紹介も終わったから、今日の日程はこれで終わり。明日は入学式があるから休みだよ」


 佐藤先生がそう言った瞬間、一部の生徒が「やった!」とか「よっしゃー!」といった喜びの声を上げている。

 明日はバイトのシフトを入れていないので、特に予定はない。ゆっくりするのも良さそうだし、あおいや愛実と遊ぶのも良さそうだ。


「次の登校日は明後日だから間違えないようにね。あと、言い忘れていたけど、今日から掃除をするよ。今週の掃除当番は窓側の列の6人。君達を1班にしよう。掃除当番は週替わりで、今座っている列ごとの生徒達を1つのグループにした持ち回り制でやっていくからね」


 今日からさっそく教室の掃除をするのか。今日は午前中だけだから、掃除をしなくても良さそうな気がするけどなぁ。ただ、今週は今日と金曜日だけ。そう考えれば、今週の掃除当番になるのは得かもしれない。


「じゃあ、今年1年間よろしく。今日はこれで終わります。さようなら」

『さようなら』


 これにて、2年生初日の日程が終わった。俺はまだ、教室の掃除が残っているけど。


「麻丘君。今年も掃除当番は同じ班ね」


 終礼が終わってすぐ、海老名さんが俺の近くまでやってくる。出席番号が近いのもあり、去年も海老名さんとは同じ掃除当番の班だった。


「そうだな。今年もよろしく、海老名さん」

「よろしくね。ただ、愛実と別なのはちょっと寂しいな」

「そうだね。理沙ちゃんとリョウ君と同じ班だったから、去年の掃除は楽しかったな。でも、あおいちゃんと同じ班だから、今年も掃除を楽しめそう」

「ふふっ、そうですね。よろしくお願いします!」


 明るくそう言うと、あおいは愛実に手を差し出す。

 愛実は笑顔で「うんっ」と頷き、あおいと握手する。海老名さんと俺とは別になったけど、あおいと一緒で良かったな。


「2人に倣って、あたし達も握手しようか」


 そう言い、海老名さんは俺に右手を差し出してくる。

 ああ、と返事をして、俺は海老名さんと握手を交わす。握手した瞬間、海老名さんは嬉しそうな笑顔を見せてくれた。


「ところで、麻丘君達は明日って何か予定は入ってる?」

「俺は特に何も」

「私もないよ」

「私も特にありません」

「良かった。明日は入学式だから、陸上部の活動もお休みなの。だから、明日は3人を誘って、遊園地に遊びに行こうかって道本君と鈴木君と話していたの。どう?」

「おぉ、いいじゃないか」


 日曜日を除けば、陸上部の活動がお休みになる日は滅多にない。それに、明日は平日なので、遊園地もあまり混んでいないだろうし。


「いいね! みんなで遊園地」

「遊園地大好きなので、是非、みんなで行ってみたいです!」


 愛実とあおいは笑顔でそう言う。どちらとも一緒に遊園地に行ったことがあるけど、2人ともとても楽しんでいたのを覚えている。


「3人とも、明日は一緒に遊べるみたいだな、海老名」

「みんなと遊べて嬉しいぜ!」


 道本と鈴木も俺達のところにやってくる。俺達の返事が聞こえていたようで、2人とも嬉しそうな笑顔を浮かべている。


「平日に学校も部活も休みなんていう日は全然ねえからな! 道本と海老名と話していたんだ!」

「この前のお花見には鈴木が来られなかったからな。あと、6人が同じクラスになれたから、親睦会の意味合いにもなるか」

「なるほどな。ちなみに、どこの遊園地に行こうとか考えているのか?」

「東京パークランドよ」

「パークランドか」


 東京パークランドとは多摩地域にある最大の遊園地。調津からだと、調津駅から電車で10分ほど乗ったところに最寄り駅がある。

 調津から近いこともあって、愛実と道本、海老名さんとは何度か行ったことがある。あおいとも、昔、家族ぐるみで一度だけ行ったな。


「パークランドですか。今もあるんですね。昔、家族ぐるみで涼我君と一緒に行きましたね」

「ああ、俺もそのことを思い出してた」

「今も人気の遊園地だよ、あおいちゃん」

「そうなんですね」

「じゃあ、明日は6人でパークランドへ遊びに行きましょう!」


 海老名さんは元気よくそう言った。

 明日はこの6人で東京パークランドに行くのか。あおいという久しぶりに一緒に行く人や、鈴木という初めて一緒に行く人もいるから楽しみだな。


「へえ、6人でパークランドか。素敵な計画だね」


 気付けば、佐藤先生が俺達の近くまでやってきていた。先生とは同人誌即売会に一緒にいたことはあるけど、遊園地に行ったことはない。


「陸上部がお休みなので。樹理先生も一緒に行きますか?」


 あおいが佐藤先生のことを誘う。先生との親睦も深めたいのだろうか。お花見のとき、あおいは先生と楽しそうに同人誌を読んでいたからなぁ。

 一瞬、目を見開いた後、佐藤先生は口角を上げて、


「お誘いありがとう。ただ、明日は平日で仕事があるから遠慮させてもらうよ。君達6人で楽しんできなさい」


 優しい声色で俺達にそう言ってくれた。さすがに先生は仕事があるか。後日、遊園地に行ったときのことを先生に話すことにしよう。


「さあ、涼我君、理沙ちゃん。そろそろ教室の掃除を始めようか」

「はい」

「分かりました」

「じゃあ、涼我君。愛実ちゃんと一緒に廊下で待っていますね」

「終わったら、あおいちゃんに校内を案内して、駅の方へお昼ご飯を食べに行こう」

「ああ、分かった」


 この後に楽しみがあると思うと、掃除もやる気になってくるな。


「海老名。俺達は先に部室に行ってる」

「また後でな、海老名!」

「ええ、また後で」


 あおいと愛実、道本、鈴木は荷物を持って教室を後にした。

 それから、俺と海老名さんを含めた1班の生徒と佐藤先生の7人で、教室の掃除を行う。去年と違って愛実がいないのは寂しいけど、海老名さんと佐藤先生が一緒だから掃除が嫌だとは思わない。

 ――何か、廊下がざわついているような気がする。

 こっそりと廊下を見てみると、あおいと愛実が女子中心に多くのクラスメイトから囲まれており、楽しそうに喋っている。朝、教室に入ったときから注目されていたし、自己紹介のときには温かく歓迎されていた。みんなあおいと話したいんだな。ああいう光景を見られて嬉しい。


「廊下の方を見て何ぽーっとしているの。机と椅子運ぼう、麻丘君」


 海老名さんからそう言われ、後ろから右肩をポンと叩かれる。チラッと見ていたつもりだったんだけど、見入ってしまっていたようだ。


「ああ、分かった」


 後ろに振り返って海老名さんにそう言うと、海老名さんは微笑みながら小さく頷いた。

 掃除用具箱にほうきを戻して、俺は机と椅子を元の位置へ運んでいく。どの席も軽くて運ぶのが楽だ。新年度初日だから、物入れに何も入れていないからかな。今日のように軽い机ばかりだと、掃除での疲れも少なくて済むんだけどな。


「よし、全部元の場所に運び終えたね。じゃあ、今日の掃除はこれで終わり。お疲れ様」


 全ての机を元の場所に戻した直後、佐藤先生はそう言った。これで本当の意味で今日の日程が終了した。


「お疲れ様、麻丘君」

「お疲れ様、海老名さん」

「確か、この後はあおいに学校の施設を案内するんだよね」

「ああ、そうだよ」

「じゃあ、途中まで一緒にいてもいい? 部室に行くから少しだけになるけど」

「もちろんかまわないよ」

「ありがとう」


 そう言う海老名さんはちょっと嬉しそうに見えた。

 さようなら、と佐藤先生に挨拶して、俺は海老名さんと一緒に教室を出る。掃除中に見たときほどではないが、あおいと愛実の周りには今もクラスメイトが集まっていた。


「あおい、愛実、お待たせ。掃除終わったよ」


 俺がそう声をかけると、2人の周りにいたクラスメイト達が2人や俺達に向かって笑顔で手を振り、階段の方に向かって歩いていった。


「リョウ君、理沙ちゃん、掃除お疲れ様」

「2人ともお疲れ様です!」

「ありがとう、愛実、あおい」

「ありがとう。部室に行くからちょっとだけになるけど、一緒に校内を廻ろうね」

「ええ!」


 あおいは嬉しそうな反応を見せる。そのことに海老名さんの口角が上がった。


「掃除中に様子を見たけど、あおいと愛実は結構な数のクラスメイトと話していたな」

「京都にいた頃の話や涼我君との話、春休みの話をしました」

「そうだったね」

「あと、たくさん連絡先を交換しましたし、金曜日の放課後に駅周辺のお店へ遊びに行く約束もしました! もちろん愛実ちゃんとも」

「おっ、それは良かったな」


 さっそく、多くのクラスメイトと仲良くなって遊ぶ約束もしたのか。さすがはあおいというべきか。金曜日も午前中だけの日程だから、放課後にたっぷりと遊ぶのだろう。あおいと愛実には楽しんできてほしいな。ちなみに、その日俺はバイトが入っている。


「それじゃ、校内の施設を案内するよ」

「お願いしますっ!」


 それから、俺達はあおいに調津高校の施設の案内をしていく。2年2組の教室がある教室A棟、校庭、部室棟、特別棟、教室B棟の順番で。また、部室棟までは海老名さんも一緒に廻った。

 初めて行くからか、あおいはどの場所も興味津々な様子で見ていて。そんなあおいがとても可愛らしかった。また、たまに質問もしてくるので、新入生に学校を案内している先輩のような気分になることができた。

 一通り見終わり、俺達は教室A棟の昇降口に戻ってきた。


「今後の学校生活で使うかもしれないところは、これで一通り廻れたよ」

「もし分からないときは、私達に遠慮なく訊いてね」

「分かりました! 調津高校の校舎も綺麗ですね。快適な学校生活を送れそうです」

「それなら良かった」


 1年間通ってきたので、あおいの今の言葉を聞いて嬉しい気持ちになる。それと同時に、前の学校よりも汚いとか言われずに済んで良かったという安心感も。

 あと、あおいが3月まで通っていた京都中央高校の校舎がどんな雰囲気なのか興味がある。いつか、あおいと愛実と一緒に行ってみたいな。


「お昼を食べるのにもいい時間だし、駅の方へお昼ご飯を食べに行こうか」

「それがいいな。掃除して、学校の中を歩いたからお腹空いてきた」

「私もです! お昼ご飯の後はアニメイクとレモンブックスに行きたいです!」

「それいいね、あおいちゃん。じゃあ、まずはお昼ご飯だね」

「はいっ! 放課後に涼我君と愛実ちゃんと一緒にご飯食べたり、お店に行ったりすることができるなんて。もう既に楽しいですっ!」


 あおいは持ち前の明るい笑顔でそう言った。俺と愛実と一緒に放課後を過ごすのは初めてだもんな。

 俺達は3人で学校を後にして、調津駅の方に向かう。

 お昼ご飯は愛実オススメのパンケーキ屋。スイーツ系はもちろんのこと、食事系のパンケーキの種類も豊富。俺が注文したスクランブルエッグとベーコンが乗ったパンケーキはとても美味しかった。もちろん、あおいと愛実と一口交換して。

 あおいの希望通り、昼食後はアニメイクとレモンブックスに行く。アニメイクではあおいの買いたかったラノベの新刊が発売されており、あおいはとても嬉しそうな様子で購入していた。

 あおいと一緒に過ごす初めての放課後なのもあり、とても楽しい時間になったのであった。

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