ある二人が夫婦になるまで 前


 遅れてしまい大変申し訳ございません! 8月17日分になります。

※時系列としては第373話 お似合いの二人 の少し後になります

 カルセイン視点になります。

▼▽▼▽


 まさか自分に婚約者ができるとは思いもしなかった。もっと言えば、俺に大切だと思える女性が現れるとは考えもしなかった――。




 レティシアの結婚式が終幕した後、レイノルト様の手助けもあってグレース様と婚約することになった。元々結婚式後はすぐにセシティスタ王国に戻る予定だったが、婚約したてということもあって、俺は帝国に残留してグレース様との仲を深めることにした。


 不在の間、公爵領の仕事は姉様に、宰相の仕事はリカルド殿に「大丈夫、何とかするから。それよりもカルセイン。絶対にこの縁、逃がしちゃ駄目だよ」と言われたので、任せることにした。残留中は、レイノルト様が所有している屋敷に滞在することになった。


 残留してから一日経つと、早速グレース様と出かける約束をしたのだった。


 約束当日。俺は鏡の前で首を傾げていた。


「……本当にこの格好でいいのか?」

「もちろんですよ。いつもと変わらない、素敵なお兄様かと」

「そう、なのか」


 帝国滞在ということもあって、レティシアが様子を見に来てくれていた。

婚約者と出かけるとなったので、結婚式の時のような正装を着て準備を進めていたところ、レティシアに「お兄様、今すぐ普段の服装に着替えてください」と言われてしまった。今は着替え終わって、普段と変わらない姿の自分が鏡を覗いていた。


「だがレティシア。婚約者と出かけるとなれば、もう少しきっちりとした格好の方が」

「お兄様の言うきっちりは、パーティー用の服のことですよね。それでは駄目です。華やか過ぎます」

「……華やかすぎると駄目なのか。おしゃれをするべきだと思っていたんだが」

「その気持ちは大切ですし、何も間違っていません。ですがお兄様、目立つ服装で王都を歩けば、視線を集めることになります。あと単純に、景観にそぐわないかと」

「た、確かに」


 よく考えればわかることだったが、〝婚約して初めてのお出かけ〟に気を取られ過ぎて、冷静になれていなかった。


「ありがとう、レティシアが来てくれて助かった」

「お姉様達に託されましたので、しっかりサポートします」


 やる気に満ち溢れているレティシアに、俺は苦笑いを浮かべた。

 滞在を決めた時は自分達も残ると言い張っていた姉様とリリアンヌが、数日後案外すんなりと帰ったのが不思議だったのだが、レティシアの言葉から合点がいった。


「心強いな。よろしく頼む」

「お任せください!」


 力強く頷いたレティシアは、今日向かう場所の詳細やおすすめの店を教えてくれた。それに加えて俺はグレース様の好きなものは何か尋ねた。頭に叩き込んだ後、レティシアに見送られながら出発した。


(流行りのお店はパンケーキで、おすすめの場所は夕陽が綺麗に映る湖畔。グレース様の好きなものは緑茶とケーキ……)


 少しでもグレース様に楽しんでもらうために、失敗しないように頭の中で計画を立てていた。


(それにしても緊張するな)


 セシティスタ王国でお見合いをした時は一度も緊張したことも、楽しみだと感じたこともなかった。でも今は、グレース様に会えると思うと口元が緩んでしかたなかった。


 シルフォン邸に到着すると、屋敷の前で待つグレース様が見えた。その瞬間、自分の笑みが深まったことがわかった。馬車が止まると、すぐに降りてグレース様に近付いた。


「グレース様」

「カルセイン様……! 本日はよろしくお願いします」

(……か、可愛い)


 目が合うと、花が咲いたように笑うグレース様。その姿が可愛らしくて鼓動が跳ねた。


「よろしくお願いします。では行きましょうか」

「はい」


 グレース様が馬車に乗るために、エスコートをしようと手を差し出した。そっとグレース様が手を重ねた。その瞬間、再び鼓動が跳ねた。グレース様に続いて馬車に乗り込むと、湖畔のある街へと出発した。


「グレース様、湖畔に行かれたことは?」

「実は初めてなんです。だから凄く楽しみで……カルセイン様はいかがですか?」

「俺も行ったことがなくて」

「そうなんですね。王国にも湖畔はありますか?」

「ありますよ。ただ、人気の場所とまではいかないかと」


 グレース様が楽しそうに相槌を打ってくれることもあって、緊張が段々ほぐれて、普段通り話すことができた。


「王国は、どんな場所が人気なんですか?」

「時計台ですかね。いつも多くの人で賑わっているので」

「時計台……! とっても素敵ですね。帝国にはないので、一度見て見たいです」


 一段と声色が明るくなるグレース様。その言葉に、気が付けば反射的に返していた。


「一緒に行きましょう。俺が案内します」


 意外な言葉だったのか、グレース様は目を丸くさせた。


(しまった。少し食い気味な反応だったか)


 自分の言動に後悔した瞬間、グレース様はくしゃりと笑った。


「行きましょう。約束ですよ……!」

「……約束です」


 あまりの可愛さに反応が遅れてしまったが、俺は一つ小さな不安事が生まれた。


(参ったな……今日は鼓動の音が静まらなさそうだ)


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