騎士の妻は強くなりたい

 

 更新が遅れてしまい大変申し訳ございません。

 こちら8月10日分の更新となります。よろしくお願いします。

※ベアトリス視点になります。


▽▼▽▼



 外を眺めると日が昇る様子が見えた。心地よい風が頬に触れる。


「良い素振り日和だわ」


 良い天気の日は自然と気合いが入る。

オル様の元に嫁いでからというもの、騎士の妻として毎朝素振りを欠かさず行っていた。今日もいつも通り訓練着に着替えて、小さい方の訓練場に向かった。


 騎士家というだけあっていくつか訓練場があるのだが、複数の小さな訓練場の隣に本格的な訓練場がある。小さいものは基本個人練習用で、私もその一つを使っている状況だ。

 素振りを始めてからというもの、日に日に目が覚める時間は早くなっていた。騎士団の訓練もこの後始まるのだが、段々騎士団の朝練よりも素振りの開始が早まっていた。


 誰の気配も感じず、周囲を見渡すと静かな空間に自分の吐息だけ響いた。剣を手に取ると、構えて素振りを始めた。


(……やっと剣を真っすぐ振れるようになったわ)


 剣が重く持つことも難しかったが、練習を重ねるごとに段々動けるようになっていた。


「……次は勢いを上げればいいのかしら」


 一通り剣を振り終えると、次の目標を考え始めた。嫁いだ当初、オル様に稽古をお願いしたところ、断固として反対された。


「ベアトリス。君が剣を持つ必要はない」

「確かに淑女としては必要ありませんわ。ですが、私は騎士家の妻です。強くなくては」

「それは……その考えもわかるが、剣を手にするのは危険も伴うんだ。すまないが頷けない」

「オル様。もっと危険なことを経験しました」

「!」

「あの時私は自分のことを守る術がありませんでした」


 あの時。それは、今は亡きシグノアス公爵家との王位継承騒動のことを指していた。


「……オル様。私はオル様に守られたくないということではありません。足手まといになりたくないのです」


 オル様が私を大切に想ってくれていることは凄く嬉しい。けれども、私にも譲れないものがあった。じっと瞬きもせずにオル様を見つめていれば、結果的に彼が折れる形になった。


「ベアトリスの言い分は確かに筋が通ってる。……どうか怪我だけはしないでくれ」

「約束します」


 こうして剣を持てるようになるところから始まったのだが、今となってはオル様も温かく見守ってくれるようになっていた。


剣を見つめていると、遠くから騎士達らしき声が聞こえてきた。


(もう皆も起きたみたいね)


 剣を下げると、反対側の訓練場をチラリと確認する。複数人の騎士が確認できたものの、オル様は見えなかった。しばらく観察している内に、騎士達も朝練を始めた。思えば朝練をしっかり見るのは初めてだった。


「あれも練習なのかしら」


 彼らは剣を振るよりも前に、走り込みを行っていた。それを終えると地面にうつぶせになっていた。


「あれは本で見たことがあるわ……確か、腕立てふせね!」


 強い女性とは何か知るために勉強しようと、この前王立図書館で何冊か本を読んだ。その中にあった『騎士の心得』や『強くなる方法』に載っていた訓練方法の一つだった。


(……さすがに地面にうつ伏せをするのは、淑女としては抵抗があるわ。後で、部屋に戻ってからしましょう)


 本に載っているのはあくまでも絵だけだったので、遠目で騎士の動きを観察しながら自分も後でできるように想像を膨らませた。その中で本の内容を思い出すと、自分の腕に触れた。


「……私はいわゆる〝貧弱〟ね」


 細く何の変哲もない腕で、強さとはかけ離れたものだった。


「やっぱり強い人……女性には筋肉が必要なのかしら」


 淑女に筋肉が不要なことがわかる。ただ、騎士の妻として、強くなることには紐づけられると思ったのだ。じっと自分の腕を見ていると、背後から抱きしめられた。


「ベアトリスはそのままでいい」

「オル様」


 いつの間にか傍に来ていたようで、考え事に夢中だった私は一切気が付かなかった。オル様に包まれると、振り向きながら見上げた。


「ベアトリス。強くなりたいという気持ちを否定するつもりはないんだが……既に君は、国内のどの女性よりも強かなんだから」

「オル様」

「だから、貧弱だなんて言わないでくれ」


 ギュッと抱擁する力が強まると同時に、耳元で自身の想いを吐露した。思わず鼓動が高まってしまい、嬉しさで顔がにやけてしまう。


「聞いていたんですか」

「あ……すまない。盗み聞きするつもりはなかったんだ。ベアトリスの素振りを見に来ただけで」

「ふふっ。わかってますよ」


 笑みをこぼすと、オル様も口元を緩めた。


「だけどオル様。貧弱なのは私の腕の話ですわ」

「腕?」

「はい。全く筋肉がないので」

「それは、そうだが……」


 勘違いしていたことに気が付いたオル様は、どこか安堵したような様子を見せた。抱きしめていた腕を解くと、そのまま私の腕に触れた。


「貧弱か。俺には美しく強かなものに見えるよ」

「強か、ですか?」

「あぁ。公爵代理を務めた手腕、騎士家の妻を務めている力量。その全てがこの腕に詰まっているから。……強さとは一概に剣や筋肉だけじゃないさ。もちろんそれも含めて、強さにはいろんな形があると考えれば、ベアトリスは既に強い人だよ」


 そう言い切るオル様の瞳はどこまでも透き通っていて、励ましで言っているようではなく、心の底からそう感じてくれているように見えた。


「だからベアトリス。君はそのままで十分いいと思う。俺は強かな君に惹かれたんだから」

「……ありがとうございます、オル様」


 オル様の温かい言葉を受け取ると、私の胸の中にじんわりと広がっていた。


「オル様、それなら稽古してくださいませ」

「えっ」

「私、真っすぐ剣を振れるようになったんです。こうなれば、今度はオル様の指導ですよね?」

「それは――」

「もちろん手加減はなしですよ? 厳しく指導してくださいね」


 私は意気揚々と伝えながら、オル様の傍を離れて剣を構え始めた。やる気に満ち溢れていた私は、オル様の困惑した表情と声を見逃してしまった。


「まだやると言ってないんだが……」


 結局オル様は稽古を始めてくれず、この日から私はオル様に稽古を申し込む日々が始まるのだった。

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