番外編

リーンベルク大公夫妻の日常


 エピローグ後のお話になります。


▽▼▽▼


「レティシア、今日は出かけませんか?」


 レイノルト様は優しい笑みを浮かべながら、私を書斎に入れるのを止めていた。

 今日も茶葉開発に勤しもうと書斎に向かったのだが、扉の前にレイノルト様が立ちはばかっていた。


「レイノルト様。お誘いは凄く嬉しいのですが、明日でも良いですか? あと少しでよい茶葉ができそうなので」

「いえ、今日行きましょう」


 両者一歩も譲らない空気で、見つめ合う形となった。

 レイノルト様が今日とこだわる理由はただ一つ。私があまりにも日の光を浴びていないからだった。


(日光を浴びてない自覚はあるけど……本当にあと少しで完成するから譲れないわ)


 瞬きもせずに、隙を見せないよう見つめていればレイノルト様は困ったように眉を下げた。


「レティシア。今日こそ休みましょう」


 私としては好きなことをしている感覚なのだが、レイノルト様からすると働きづめになっている様子に見えるのだろう。彼もまた、目を逸らさずにいた。


「……レティシア。私と出かけるのは嫌ですか?」

「えっ」

「茶葉の方が大切ですか……?」


 予想外の問いかけに目を見開くものの、すぐさま抗議した。


(そ、その聞き方はずるいですよ!)


 心の声も聞こえているはずなのに、レイノルト様は反応せずに落ち込んだように視線を落とした。


(うっ……)


 レイノルト様から感じる悲しそうな雰囲気が私の心を締め付ける。少しの沈黙の後、私は折れることにした。


「……わかりました。一緒に出掛けましょう」

「ありがとうございます、レティシア。さぁ、行きましょう」


 嬉々とした表情に変化したレイノルト様は、流れるように私をエスコートして書斎から離した。


「今日は乗馬をしようと思っているので、お互いに着替えましょう」

「乗馬……楽しそうですね。ですが私は何も用意が――」

「問題ありません。レティシアの乗馬服は用意済ですので」


 いつの間にと聞くのは野暮だなと感じながら、私は自室へと戻って支度を進めた。


(今世でポニーテールをするのは初めてかも。それに、ズボンはやっぱり動きやすくていいな)


 いつもと違った格好に気分が上がっていく。準備を終えると、屋敷の玄関前で集合になっていたので、急いで向かった。


 玄関を開けると、そこには馬を撫でて待機しているレイノルト様がこちらに視線を向けた。


「レイノルト様」

「レティシア。……あぁ、よく似合っていますレティシア。やはり見立て通りでした。この色にして良かったです。もちろんレティシアならどんな色でも似合うのですが……とても素敵です」

「ありがとうございます。レイノルト様もとてもお似合いです」


 私とレイノルト様の乗馬服はほとんど同じデザインだったが、心なしか私の方が華やかなものになっている気がした。レイノルト様に近付くと、彼はそっと私の髪に触れた。


「この髪型は初めて見ましたが……可愛らしさに一層磨きがかかっていて眩しいですね」

「いいですよね、ポニーテール」

「ぽにーてーるですか?」

「はい。前世ではそう言っていたので」


 私はレイノルト様の手を引いて馬の後方に近付くと、少ししゃがんだ。自分の髪を持ちながら比較して見せた。


「ほら、馬の尻尾みたいじゃないですか?」

「ふふっ。レティシアが可愛いというのが良く分かりました」


 レイノルト様が自然に笑う姿に私の口角も上がった。いつも向けてくれる優しい笑みも好きだが、素の声が漏れ出る笑いも凄く好きなのだ。


「それでは早速乗ってみましょうか」

「……頑張ります」


 先にレイノルト様が軽々と馬に乗ると、今度は私が乗る番になった。

 いざ馬を目の前にすると、わずかに緊張を抱き始める。


(初めてだけど乗れるかな……)


 じっと馬を見つめていると、レイノルト様から手を差し伸べられた。


「レティシア、大丈夫です。私が引き上げますから」

「お、お願いします……」


 レイノルト様は私の不安を汲み取ったように優しい言葉をかけると、私の方に手を伸ばしてくれた。意を決して手を取り、思い切り地面を蹴った。


「……の、乗れた」

「大丈夫ですか?」

「は、はい――あっ」


 乗れたことに安堵していると、バランスが上手く掴めずに体が傾いてしまう。即座にレイノルト様が肩に触れて支えてくれた。


「すみません、上手くバランスが取れなくて」

「最初は慣れないと思いますので、私の方に体重をかけてください」

「こうですか……?」


心強い言葉に甘えようと体重を預けると、レイノルト様は私を囲うように腕を前に伸ばして手綱を握るかと思えば、そのまま私のことを抱きしめた。


「レイノルト様。これは違う気がするのですが」

「すみません。レティシアが愛らしかったので、つい」

「……可愛らしいのはレイノルト様も同じですね」


 くすりと笑みをこぼしていると、レイノルト様が抱きしめる力を強めた。そしてそのまますっと手綱に手を伸ばした。


「レティシアも手綱を持ってみてください。安定しますので」

「こうでしょうか」

「はい。とてもお上手です」


 体勢が安定すると、私はようやく前を向けた。そこには初めて見る光景が広がっていた。

 馬に乗った分、普段よりも少し高い目線で平原を見渡す。わずかな違いかもしれないが、

新鮮な景色に心が躍った。


「では動きますね」

「はい、お願いします」


レイノルト様の確認後、ゆっくりと馬が動き始めた。


「わっ」

「大丈夫です、落ち着いて」


 経験したことのない揺れに驚きながら、体の重心が迷子になる。慌ててしまうが、レイノルト様の優しい声色のおかげで落ち着きを取り戻せた。その上レイノルト様が両脇をがっちりと囲ってくれたので、落ちることはなかった。


 そしてそのまま屋敷を出ると、森の方へ馬が進んでいく。少しずつ馬の走りが加速していったため、乗馬に順応することができた。安定感のある走りと、レイノルト様が支えてくれたおかげで楽しめていた。


「乗馬って楽しいですね」

「レティシアにそう言ってもらえて何よりです」


 一通り走ると、減速してゆったりとした走りになる。


「一人で乗馬するのも楽しそうですね」

「……二人乗りは嫌ですか?」

「ふふっ。今の体勢も好きです。ただ、レイノルト様と一緒に並走するのも楽しそうだと思って」


 少し寂しそうな声だったので、すぐに訂正した。


「並走……確かにそれもいいですね」

「はい。いい運動にもなると思うんです。……最近、書斎にこもっていたので健康を考えると運動は必須だと思って」

「……そうですね。その点は心配ではあります」

「すみません……」


 あははと乾いた笑いが出るものの、心配させてしまったことに申し訳なさを覚えた。振り向いてレイノルト様の方を見上げると、一つお願いをした。


「ですのでレイノルト様。よければ乗馬を教えていただけませんか?」

「レティシアのお望みとあれば」


 レイノルト様に頷いてもらえたので、私は笑みを浮かべた。


「また二人で出かけましょう。その時は二人乗りで」


 私の誘いにレイノルト様は口元を緩めた。


「もちろんです」


 レイノルト様はもう一度、私をぎゅっと抱きしめるのだった。

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