【1巻記念SS】気になる末っ子(リリアンヌ視点)


 これはレティシアがリリアンヌと図書室で会う前のお話です。


▽▼▽▼


 ある日のこと。

 ベアトリスに話がしたいと呼ばれたので、彼女の部屋に向かった。


「お姉様ぁ、何か御用ですかぁ?」


 甘ったるい声でベアトリスを見れば、顔を歪ませながら見つめ返された。


「……リリアンヌ、もういいわよ。侍女は皆キャサリンの所にいるでしょうから」

「あら、そうですか? この格好だとどうも演技が抜けなくて」

「まぁ……気持ちはわかるわ」


 何せお花畑のぶりっ子な令嬢を演じるため、フリフリのドレスを着ている上に高い位置でツインテールに結ばれた状態なのだ。無意識に演技をしてしまう。今日はパーティーがないものの、屋敷の侍女はこの演技を信じている為、油断せずに格好はぶりっ子の状態だった。


 部屋に入ると、ベアトリスの向かい側のソファーに座る。


「それにしてもリリアンヌ。最近やけにエドモンド殿下に積極的ね」

「ふふ。その方が困ると思いまして」

「……嫌がらせみたいに聞こえるのだけど」

「あら。そんなつもりはございませんよ? 嫌われるための努力ですから」


 ふふっと口元を手で覆えば、ベアトリスは「全くこの子は……」という眼差しを私に向けた。


「それにしてもお姉様。今日はどうされましたか?」

「……実は、レティシアのことが気になってて」

「レティシアですか?」


 ベアトリスからその名前を聞くのは珍しかった。意外なことに驚いていると、彼女は詳細を語った。


「昨日、フィアス嬢の誕生日パーティーに代理出席をさせたのよ」

「お姉様が無理を言って招待状を用意してもらったパーティーですね。もう体調は大丈夫なんですか?」

「えぇ、熱は下がったわ。……それで、レティシアが代理を務めたの。エドモンド殿下もいらっしゃるパーティーだから、きっと喜んでいるだろうと思っていたのだけど……けど、違ったの」

「あら」


 レティシアは私達と違ってエドモンド殿下に積極的なアプローチをしているところをあまり見ない。とはいえ、国の第一王子の婚約者が決まっていないとなれば、その座を夢見るくらいはしていると想像していた。ベアトリスも同じ考えだったからこそ、レティシアは代理出席を喜んで引き受けたと思ったのだろう。


「私が詰め寄ったのもいけないとは思うの」

「詰め寄ったんですか」

「えぇ……殿下に何かしたんじゃないでしょうねと。……でもお会いすらしてないと言ってて。……それに」

「それに?」


 ベアトリスの雰囲気がどんよりと落ち込んだのがわかった。


「……二度と尻拭いはしないと言われて」

「尻拭い……ふふっ」


 まさかレティシアからそんな言葉が出てくるとは想像もしていなかったので、思わず復唱してした上で笑ってしまった。


「すみません、予想外の言葉だったので」

「わかるわ。私も昨日は思い出して笑っていたもの。……でも冷静に考えたら、段々笑えなくなってしまって」


 しょんぼりとするベアトリスに耳を傾けた。


「レティシアがエドモンド殿下を狙っているのなら、牽制くらいはしておくのが〝傲慢な長女〟だと思って詰め寄ったのだけど……まさかあんな風に言われるだなんて思いもしなかったわ」

「尻拭い……言葉だけ聞くと、怒っている様子ですね」

「えぇ……普通に考えれば、突然私の代わりにパーティーに出席をすることになれば、予定を潰されたようなもの。怒って当然なのよね」

「それは……まるでレティシアが普通の子みたいですね」


 あくまで推測の域を過ぎない感想だったが、ベアトリスは身を乗り出した。


「やっぱりリリアンヌもそう思う……⁉」

「お姉様の話を聞く限りでは。まだ確定ではないですけど」

「……もしあの子がキャサリンと違って普通の子なら、私は酷いことをしてしまったわ」


 視線を落とすベアトリスは、沈んだ声で嘆いた。こんなふうに肩を落とす姉を見るのは久しぶりで、可哀想だった。


 ベアトリスはずっと自分の身を削って母から弟妹を守ってきた。それはひとえに弟妹が大切で大好きだから。傲慢な長女を演じるようになってからは、私以外の弟妹からは理解されないものだと思っていたが、レティシアは違うかもしれない。そう希望を抱くと、私はベアトリスに一つ提案をした。


「どうしましょう……」

「謝罪をされたらいかがですか? お詫びの品を添えて」

「謝罪……」

「はい。傲慢な長女はそんなことしませんが、レティシアが普通の子なら、ただの姉として接するべきでしょうから」


 私の言葉にみるみる表情が明るくなるベアトリス。


「リリアンヌ……! さすがね」

「いえ。この謝罪でレティシアがどう出るか見れば、あの子がどんな子なのかわかるかもしれないと思って」

「確かにそうね……うん。そうと決まれば明日早速行動に移るわ」


 もしも予想通り普通の子なら、ベアトリスが誠心誠意謝れば、その謝罪を受け入れてくれる可能性がある。


「はい、頑張ってください」


 ベアトリスの背中を押したところで、今日は解散するのだった。




 翌日の夕食後、私は再びベアトリスの部屋を訪れていた。

 私を迎えたベアトリスは、何とも言えない表情でソファーに座った。私の方から切り出すべきかと迷っていると、彼女はポツリと呟いた。


「……なかった」

「なんですかお姉様」

「私、あの子に謝れなかった……」

「え?」


 どうしたのかと思えば、ベアトリスは涙目でこちらを見た。


「謝ろうと思ったのよ! そのつもりで会いに行ったんですもの! でも、いざレティシアを前にしたら、傲慢な私が邪魔をして、どうしても強い言葉になってしまって……!」

「あらまぁ」


 長年の癖というものはそう簡単には消えない。それを私自身も身をもって経験しているから、ベアトリスには同情してしまった。


「だからせめて、お詫びの品としてドレスをたくさん渡そうとしたの。ここで挽回しようと思って。……でも、三着しかいらないとレティシアに言われてしまったわ」

「三着、ですか。……待ってください。何着渡そうとしたんですか」

「……ざっと二十着くらいかしら」


 公爵令嬢としてはおかしくない量だが、それを拒んだレティシアには強い興味を覚えた。


「レティシアがね〝ドレスはお姉様にこそよく似合うドレスだと思います。私よりお姉様に着られた方がドレスも喜ぶのではないでしょうか〟と言っていたの。……それを聞いて、この子はいい子だわと思ったのよ」


 確かにベアトリスの話を聞く限り、レティシアは普通でいい子に思える。


「……今度こそ謝罪をしてみせるわ」


 意を決するベアトリスの前で、私は本音をこぼした。


「……私もレティシアに会ってみたいですね」


 その瞬間、ベアトリスは驚いたように固まった――かと思えば、私の方をじっと見た。


「……もちろんいいと思うわ」

「何でしょう。嫌そうに聞こえるのですが」

「そ、そんなことはないわ」


 ベアトリスの様子から、何となく心情を察した。


(きっと謝罪だけじゃなく、本格的に親しくなりたいのよね。……それも私より先に)


 そうわかったからこそ、私はにっこりと笑みを浮かべた。


「その笑みは何、リリアンヌ」

「いえ何も」


 そんな姉を可愛らしいと思いながら、お茶を飲むのだった。




 ――私がレティシアと交流し、ベアトリスに抜け駆けしたと言われるのは、少し先のお話。



▽▼▽▼


 お久しぶりです、咲宮です。


 この度、「姉に悪評を立てられましたが、何故か隣国の大公に溺愛されています~自分らしく生きることがモットーです~」の二巻が発売することが決定しました‼

 これもひとえに、皆様の応援のおかげです。心より感謝申し上げます。

 そして、二巻発売を記念し、読者の皆様への感謝を込めて番外編を書きます!

八月の毎週土曜日、合計五話投稿する予定です。お付き合いいただけますと幸いです。

 書籍の詳細は近況ノートにて報告させていただいております。是非、覗いていただければと思います!


 そして、このお話は一巻発売記念SSとしているのですが、まさかの昨年書き忘れてしまっていて……! ということで、遅ればせながら書かせていただきました。少しでも読者の皆様に楽しんでいただければ嬉しく思います。


 番外編での更新にはなりますが、もう一度お付き合いいただければ幸いです。よろしくお願いします!

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