【投稿開始一周年記念話】元祖レティシア親衛隊~末っ子労働見守り隊~


 ※三人称視点のお話です。

【元祖レティシア親衛隊~末っ子労働見守り隊~】


 


 これは、レティシアがまだ労働をしていた時に、あったかもしれないもしものお話ーー。



◆◆◆



 エルノーチェ公爵家では、四女のレティシアがいつものように労働をしに食堂へと向かった。


 その様子を、いつも通り侍女であるラナが見送っていた。しかし、今日に限っては出ていく彼女の後をついていく影があったのだった。


「リリアンヌ……レティシアは本当にこの道を進んでいったのよね?」

「間違いありませんわお姉様」

「こ、これは……道なのか? 馬車は通れないぞ」

「あらお兄様。嫌ならついてこなくてよろしいのよ」

「行くに決まっているだろう」


 レティシアと同様、使用人の出入口から外に出たのは、ベアトリス、リリアンヌ、カルセインの三名。彼女達は、レティシアの働く姿を興味本位と心配心から見に行くことにしたのだ。


 ただ、このような道を歩いたことのない三人にとっては、そもそも道があっているのかさえ不安な様子。


「とにかく、レティシアの働く食堂を目指しましょう」

「そうですね。そのためにせっかく変装をしたのですから」


 そう意気込むカルセインだが、その容貌はあまり印象の良いものではない。


 深く被った帽子に、ふちの濃い眼鏡、そして重々しいコート。怪しさ全開の格好であった。


 ベアトリスもカルセインと似た雰囲気を醸し出しており、麦わら帽子のような大きな帽子に、普段絶対しないようなスカーフを巻き付け、おまけに厚化粧を施していた。


 それに比べてリリアンヌは、質素な格好でもかつらを被って髪色を変え、他には帽子を被る程度だった。


「……お姉様もお兄様もやりすぎですわ。それではただの変質者ですよ?」


 はあっとため息をついたリリアンヌが、姉と兄の変装を幾分かマシなものへと変えていく。


 こうなることをみこしていたのか、どこから出したかわからないかつらを二人に装着させ、眼鏡やスカーフは取るように指示した。ついでに、ベアトリスのすこしズレた化粧も落とさせるのだった。


 その見事な指示のおかげで、二人は無事に変質者から平民のような格好に様変わりした。


「よし、これで本当に準備が終わりましたね。さっさと行きましょう」


 リリアンヌは自身が変更させた変装に満足したようで、笑顔を浮かべて先頭を歩いていく。


「あ、待ちなさいリリアンヌ!」

「お、おい。結局このコートはどうするんだリリアンヌっ」


 その後を、ベアトリスとカルセインの二人が追うのだった。




 しばらく歩いてみると、意外にも迷うことなく彼らは食堂へと到着した。


「ここでレティシアが働いているのね……」

 

 ベアトリスの呟きに、他の二人が静かに頷く。


「い、行くわよ」


 ただお店に入るだけだというのに、妙に緊張感を抱きながら、ベアトリスは扉に手を掛けた。


 ガラガラガラ。


 扉を開けてみると、食堂内ではちょうどお昼の混雑時間を越えたものの、一定数の客で賑わっていた。


 お店の中に入ると、辺りを見回す暇もなく店員の少女が近付いてきた。


「いらっしゃいませ! 三名様ですか?」

「えっ」

「はい、三名です」

「かしこまりました! こちらへどうぞ」


 突然の声に驚くベアトリスを、すぐさまカルセインがフォローした。その状況をベアトリスが理解するよりも先に、席に着くのが先だった。


 案内されたのは四人席。ベアトリスとリリアンヌが向かい合い、カルセインがリリアンヌの隣に座る。


「カ、カルセイン……貴方やるわね」

「姉様よりは外食していますから」

「……確かに。私、よく考えたら初めての外食かもしれないわ」

「……お姉様もしや、意外と世間知らずですかね?」

「そ、それとこれとは話が別よ……!」


 そう言うものの、結局カルセインとリリアンヌにメニューの見方や頼み方を教えてもらう。


 無事に注文が終わると、ベアトリスはキョロキョロと店内を見始めた。


「レ、レティシアはどこにいるのかしら」

「もしかしたら厨房かもしれませんね」

「ちゅ、厨房……!? あ、あの娘、料理ができるの……?」


 ベアトリスにとっては予想外の話だったようで、彼女は軽い衝撃を受ける。


「元々自立しようとしてましたからね。できても何も不思議ではないのでは」

「それは凄いな」


 一方カルセインは、普通に感心をしていた。ベアトリスもその意見に同意をすると、今度は厨房らしき場所をじっと見つめ始めた。


 すると、先ほど案内してきた店員の少女が近付いてきた。


「お客様、大変申し訳ございません。ただいま混雑中なのですが、もしよろしければ相席をお願いしてもよろしいでしょうか」

「もちろん構わないわ」

「ありがとうございます!」


 ベアトリスが即答すると、リリアンヌはクスリと微笑んだ。


「意外ですね。そういうのはお嫌いかと思ったのですが」

「私も普段は好まないと思うわ。けど、ここはレティシアが働くお店でしょう? 少しでも人を入れればお店にとっては喜ばしいことでしょうから」

「さすがは姉様です」

「当然のことをしたまでよ」


 ベアトリスの心優しい部分が垣間見れると、リリアンヌは笑みを深めるのだった。


 そう時間も立たずに、相席者がやってきた。


「……おや?」

「あら」

「まぁ」


 現れたのは、レティシアの婚約者、レイノルト・リーンベルクであった。ベアトリス、リリアンヌがそれぞれ驚きの声を小さくこぼす。


「え、大こむぐっ」

「まさかお会いするとは思いませんでしたわ」


 カルセインは反射的に挨拶の意味も込めて彼を肩書きで呼ぼうとしたが、それが迷惑になると瞬時に判断したリリアンヌが、急いでカルセインの口をふさいだ。


「私もです。皆様はやはり、レティシアを気にして?」

「えぇ。実はまだ一度も見にきたことが無かったものでしたから」

「そうだったんですね」


 その間に、ベアトリスがレイノルトとの会話を始める。それもレティシアが厨房から登場したことで、中断されることになった。


「レティシア……!」


 ベアトリスが名前をこぼすと、他の三人もレティシアへと視線が移った。


 レティシアはというと、両手に料理を持ちながらベアトリス達からは少し離れた席へと向かった。


「お待たせしました、こちら日替わり定食です」

「ありがとうね、シアちゃん!」

「いつもここの料理は美味しいよ」

「ありがとうございます、店主さんに伝えておきますね」


 慣れた手付きで、二つの料理を置いていく。


「凄いわ……あんな重そうなものをよく持てるわね」

「意外とレティシアの腕はしっかりしていますからね……」

「何か仰いました?」

「いえ」


 ベアトリスの感想に乗じて、レイノルトもポツリとレティシアに関することを呟いたが、ベアトリス達の耳にまでは届かなかった。


「……それにしても、なんだ。随分と近い距離なんだな、色々と」

「まぁここは大衆食堂ですからね。客のほとんどが貴族ではなく平民です。おしとやかさや品の有無ではなく、活気のよさがここの特徴ですもの」


 カルセインがもやもやとした感情を口にするものの、リリアンヌが正論で落ち着かせる。


「シアちゃん! 注文してもいいかな?」

「はい、少々お待ちください」


 ベアトリスは、ただひたすらレティシアの仕事姿を観察していた。


 カルセインは残ったもやを、目の前に座るレイノルトに向けて尋ねた。


「その。レティシアが働いていることは何とも思わないのですか?」

「とても魅力的だと思っております。彼女のように働くご令嬢は、滅多にいませんから」

「嫌ではないのですか」

「あくまでも接客ですから。割り切っていますよ」


 模範解答のような答えが返ってくると、カルセインも割り切ろうともう一度レティシアの方を見た。


「いやぁ、シアちゃん。今日も可愛いねぇ。嫁にきてくれるかい?」


 酔ったような様子でレティシアに語り掛ける客の声を聞いた瞬間、レイノルトからとてつもない勢いで冷風が吹く。


「……お義兄様、先程の言葉は撤回しても?」

「お、お待ちください! そしてその呼び方は止めてください!」


 カルセインが慌ててレイノルトの冷気を収めようとする。


 ベアトリスはレティシアに対する不安を、リリアンヌは、汚いものを見る視線を客に向けていた。


「また昼から飲んでるんですか。あまり酷いと奥様をお呼びしますよ?」

「うっ、それは止めてくれ」

「ではこの辺にしておきましょう」

「うぅ……会計にするよ」

「かしこまりました! サーシェ、お会計!」

「はーい!」


 ベアトリス達の不安は杞憂に終わり、レティシアは鮮やかな言葉で面倒事を片付けた。


「さすがうちのレティシアだわ……」

「さすがですね」


 ベアトリスとリリアンヌは穏やかな眼差しに変わり、レイノルトの冷気も無事に消え去った。


 そんなこんなで、ベアトリス達の料理も続々と運ばれてきた。後から来たレイノルトの分だけがまだという状態だった。


 ちょうどお昼の混雑時間が過ぎたこともあり、食事を終えた客と入れ替わるようなタイミングだったので、食堂内の客が少しずつ減ってきた頃だった。 


「お気になさらずに先に食べてください」

「そういうわけにはいきませんわ」

「そうですよ。せっかくですから、揃ってから食べ始めましょう」

「ありがとうございます」


 ベアトリスとリリアンヌからそう言われてしまえば、これ以上断るわけにはいかない。そうレイノルトは判断すると、お礼の言葉を伝えた。


 そして間もなく、レイノルトの分の食事が運ばれてきた。


「お待たせしましたーーえっ!?」


 料理を運んできたのは、レティシア本人だった。


 レティシアは料理を置こうとした瞬間、すぐに自分の姉兄と婚約者の存在に気が付いた。


「な、なにしてるんですか……」


 開いた口が塞がらないような状態になりながらも、レイノルトの元へ料理を置く。


「おかしいわね。変装しているのに」


 ベアトリスがそう呟き、リリアンヌとカルセインも戸惑った様子だった。レイノルトは婚約者に会えた嬉しさの方が大きかったので、いつものように微笑んでいた。


「変装してもわかりますよ。お姉様達は生粋の貴族オーラを隠しきれていませんから」

「そ、そうなの!?」

「まぁ、褒め言葉かしらね」

「我ながら上手くいったと思ったんだが……」


 ベアトリス、リリアンヌ、カルセインそれぞれの反応を見ながら、レティシアはため息をついた。


「レイノルト様もいらっしゃるなんて」

「すみません、レティシアが心配で」


 レイノルトの申し訳なさそうな表情を見ると、それ以上責める気にはならないレティシアは、少しだけ考えると四人に向けて「ちょっと待っててください」といって厨房へ戻っていった。


「お、怒らせたかしら」

「まさか……そんなことは」

「いや、あり得るかもしれないだろ」


 ベアトリスとリリアンヌとカルセインが、レティシアの行動がよくわからずに不安を漏らした。


「いえ、大丈夫だと思いますよ」


 全てをわかっているかのように、レイノルトは微笑みながら立ち上がった。すると、もう一品料理を持ってくるレティシアを見て、レイノルトがもうひとつ机をくっつける。


「店主夫妻に許可をもらってきました。今日はもう仕事終わりなのですが、せっかくなのでお姉様達と食べてから帰りますね」

「「「レティシア……!」」」

「レイノルト様、ありがとうございます」

「いえ、是非隣に」

「はい」


 ベアトリスとレイノルトの隣にレティシアが座る形で収まった。


 こうして楽しく穏やかな食事を済ませると、レティシアの仕事も親衛隊の仕事も無事に終了するのだった。


 その後、家に帰ってからレティシアからは、勝手に仕事場を訪れたことに対する抗議があったとか、なかったとか。


                      終



▽▼▽▼


 いつも本作を読んでくださる皆様、誠にありがとうございます。


 特別編、いかがだったでしょうか。記念話ということでしたが、皆様に少しでも楽しんでいただければ幸いです。


 これからも『姉に悪評を立てられましたが、何故か隣国の大公に溺愛されています~自分らしく生きることがモットーです~』の更新を頑張って参りますので、何卒よろしくお願いいたします!!


                     咲宮


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