第374話 心の声が聞きたくて


 結婚式が終わり、カルセインの婚約も終了すると、私とレイノルト様は今後について話し合うことにした。


 話し合う内容としては、私が大公夫人として何を担うのかということだった。執務室に向き合うように座ると、レイノルト様が穏やかな眼差しで話し始める。


「レティシアにも希望があると思うのですが、まずは私の考えを聞いていただいてもよろしいでしょうか」

「もちろんです」


 勢いよく頷く。


「レティシアに緑茶に関する仕事をお任せしたいと思ってます。緑茶の茶葉の開発や、売り出し方の戦略など……主な権利を委ねたいと思っているのですが、いかがでしょうか」

「え…………いいのですか?」


 まさか、緑茶に関する全権を渡されるとは思わなかった。緑茶はリーンベルク大公家において特産品でもあり、生命線でもあった。それに大きく関わらせていただけるのは予想外だったのだ。


「あ、あの。私全く違うことを考えていて。大公夫人として、財政管理とか社交とか。そういうものばかり考えていたのですが」

「そうだったのですか? レティシアには茶葉を任せる理由しかないので。リトスも同じ意見でしたよ」

「それはどうして……」

「大きな理由はレティシアが実績を持っているからです。以前作っていただいた茶葉がかなり売れ行きが良かったので」


 その茶葉を作ったということは、レイノルト様の中で大きな評価になっていたようだ。


「その上、誰よりも緑茶に対しての愛が誰よりも強いと考えています。そのレティシアなら、必ず良いものを作れると踏んでの判断です。レティシアを信頼しています」

「レイノルト様……」


 揺るぎない眼差しで微笑まれれば、嬉しくて胸の奥まで温かくなってしまった。


「ありがとうございます、レイノルト様。精一杯頑張ります……‼」


 ぎゅっと喜びを握り締めながら、レイノルト様にそう伝えた。


「基本的に全権をゆだねる勢いですので、レティシアの思うままにしてください」

「思うまま、ですか?」

「はい。どんなものを開発していただいても構いません。私も、レティシアの新作が今から待ち遠しいです」


 そう言われた瞬間、自分が何をしたかったのかあふれ出てしまった。


(やっぱりまずは抹茶を作らないと! 抹茶と言えば和菓子だから和菓子も作れるように材料探しをするべきね。あんこと抹茶は常設店の喫茶店に絶対に商品として並べたいわ。あ! あとほうじ茶も作らないと! あの味は絶対帝国でも好まれるはず。緑茶なら、今度は香りを重視するものを作ってみましょう。どんな香りが好まれるか、社交界で調査してみるのも――)


「レ、レティシア……!」

「はっ! す、すみません、レイノルト様。思わず夢中に」

「い、いえ。大丈…………夫」


 その瞬間、バタンとレイノルト様が横たわってしまった。


「レイノルト様‼」


 慌ててレイノルト様に近寄り、肩を軽く揺さぶる。


「レイノルト様? 大丈夫ですか!?」

「……す、すみません。少し待ってください」


 頭を押さえながら、力なく微笑むレイノルト様。一体どうしたのだろうか不安になっていると、ゆっくりと体を起こし始めた。私は隣に座ると、レイノルト様の体を支える。


「すみません…………初めて聞く情報が多かったもので」

「……それって」

(私のせいですね!?)


 はっと自分の失態に気が付くと、ぴたっと固まってしまった。そして。レイノルト様に体を向けると、深々と頭を下げた。


「大変申し訳ございません……‼」

「謝らないでください、レティシア。貴女の心なら一つも漏らすことなく全て聞き取りたいと、欲張った私の自業自得ですから」

「自業自得だなんて、そんな……私はレイノルト様に全て聞いていただけて凄く嬉しいんです」

「レティシア……」


 そう呼ぶ声は、まだどこか辛そうだった。


「レティシア……もしよければ、膝をお借りしても……?」

「もちろんです」


 私はレイノルト様が横になれるように、ソファーの端に座り直した。レイノルト様の頭が自分の膝に乗る。しばらくの間、この状態でレイノルト様の休憩を取ることにした。不安になりながらレイノルト様の髪に触れると「そのまま置いておいてください」と嬉しそうに言ってくれた。


 私はできる限りレイノルト様の負担にならないよう、ただ無になっていた。


「……だいぶ良くなりました」

「良かった……まだ動かないでくださいね。もう少し落ち着いてからにしましょう」

「ありがとうございます、レティシア」


 まだ万全ではない様子のレイノルト様だったが、浮かべる笑みはどこか嬉しそうだった。


「……やはりレティシアの心の声は、いつ聞いても新鮮ですね。いつまでも聞いていたくなってしまいます」

「それは駄目です。またレイノルト様が疲れてしまいますから」

「……ふふっ」

「レイノルト様?」

「レティシア……本当に貴女は愛らしいですね」

「な、何故そうなるんですか」


 どうやら何かがレイノルト様のお気に召したようで、くすくすと笑っていた。そして、レイノルト様がゆっくりと体を起こした。


「レティシア。今回は特殊ですから。これからも遠慮なく喋ってください。声に出すのも、心の中でも、どちらでも構いません」

「……大丈夫ですか?」

「えぇ」


 その答えに戸惑いながら、レイノルト様の瞳をじっと見つめた。そしてそのまま口を動かさずに伝える。


(……レイノルト様。お慕いしています)

「私もです」


 そう言うと、レイノルト様はふわりと頬に口づけを落とすのだった。

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