第370話 安らぎの時間(カルセイン視点)




 身内以外の女性には、基本的に壁を作ってしまっていた。しかし、不思議なことに同じ境遇を持つグレース嬢には、恐怖や拒否という負の感情何も抱くことがなかった。


「城下にいらっしゃるのは初めてなんですね」

「はい。なので何もわからなくて」

「それでは私がご案内しても良いですか?」

「お願いしたいです」

 

 花畑で会話が弾むと、そのまま城下を探索することにした。


「城下に来たら必ず行く場所があるんです。カルセイン様は緑茶はお好きですか?」

「緑茶……最近、妹に勧められて飲むようになりました」

「まぁ。そうなんですね」


 ふわりと微笑むグレース嬢の笑みは、警戒する要素が何もない程純粋なものだった。


「城下には緑茶の専門店があるんですよ」

「そうなんですね」

「最近、ということはあまり飲んだことはないですか?」

「はい。数える程度です」

「それならお気に入りの緑茶を探してみませんか? 専門店なので、試飲ができるんですよ」

「いいですね。飲み比べしてみたいです」


 聞けば、グレース嬢は緑茶が大好きなのだという。帝国人にとって緑茶は、人によっては紅茶以上に好まれる飲み物になっているようだ。


「ここです」

「とてもお洒落な外装ですね。喫茶店みたいな」

「すごい、当たってます。店内の奥に喫茶店が併設されてるんです。緑茶に合ったスイーツがメニューにあるんですよ」

「そうなんですね」


 直感で感想を述べてみれば、運良く正解したようだった。グレース嬢の後を歩きながら、試飲ができる場所へ進む。


 そこにはズラリと緑茶の茶葉が並んでいた。


(驚いた。こんなに種類があるのか)


 自分が知る緑茶は、以前レティシアに飲ませてもらったものだけだ。紅茶の種類が多いのは知っていたが、緑茶がここまで多いとは全く思わなかった。


「こんなに種類があるんですね」

「奥が深いですよね。私もまだ全部は飲めてなくて」


 茶葉は三つの棚に分けられていた。


「……この二つの棚は、全部飲んだことがあります」

「凄いですね。そんなに飲んでいらっしゃるんですか」

「あ、はい。お恥ずかしながら……変、ですよね。こんな色々飲んでいるのって」


 頬をほんのり赤くさせたグレース嬢は、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。


(もしかして、お見合いで何か言われたのか)


 そんなことを感じてしまうほど、自分もお見合いに対して敏感になっていた。


「恥ずかしがることはないかと。そこまで打ち込めることがあるのは、素晴らしいことだと思いますよ」

「そ、そうですか……?」

「はい。羨ましいとさえ思いますよ。俺にはあまり打ち込めることがないので……とても素敵です」

「……あ、ありがとうございますっ」


 嬉しそうに笑うグレース嬢を見ると、俺まで嬉しくなってしまった。笑顔のまま、グレース嬢に茶葉に関して尋ねられる。


「以前飲まれた緑茶はどんな緑茶でしたか?」

「甘いものですね。普段紅茶を飲むので」

「なるほど……それならあまり苦い味は得意じゃないですかね」

「そうですね……」

 

 真剣に悩みながら、一つ一つを眺めるグレース嬢。自然とその横顔を見つめていた。


「もう一度甘いものを飲んでみますか? その後違うものも飲んで、比較してみるのがいいかと」

「そうですね」

「私が知る限りでは、この緑茶が一番甘いはずです」


 優しい声色で、緑茶の入ったコップを渡してくれた。


「ありがとうございます」


 お礼を告げると、早速手にした緑茶を飲む。


「あっ。凄い、この味です!」

「ほ、本当ですか?」

「はい。凄いですね、一度で当てられるなんて」

「そ、そんな」

「やっぱりこの味は飲みやすいですね……他の緑茶の茶葉にも興味があるんですが、教えていただけますか?」

「も、もちろんです……!」


 それからは、甘さを段々薄めた茶葉を飲んでみたり、スッキリとした味わいのものを飲んでみたりと、グレース嬢の勧める緑茶を試飲していった。


「ありがとうございます、グレース様。お勧めいただいた緑茶、どれも美味しいです」

「良かった……苦味のないものを選んでみたんですが、お口に合ったみたいで」

「好みにピッタリ当てはまってます」


 グレース嬢の配慮から選ばれた緑茶は、紅茶しか飲まない俺でも凄く飲みやすかった。


「どれか特にお気に召された茶葉はありましたか?」

「そうですね、最初の茶葉も良かったんですが……」


 飲み比べをした結果、好みのものが見つけられた。


「最後にいただいた茶葉が、一番好みです」

「最後の……実は私もこの茶葉が一番好みなんです」

(自分が好きなものを最後に勧めてくれたのか……可愛らしいな)


 こっそりと勧める姿が可愛らしいと思ってしまった。


「好みが合いますね」

「……みたいですね」


 お見合いじゃないのに、お見合いみたいなことをしている。それなのに全く気分は悪くなかった。


「この茶葉、購入したいです」

「本当ですか?」

「はい。またゆっくり飲みたくて」

「ふふ、良かった」


 初めてだった。女性と過ごして、壁ができなかったのは。


(……だけど、俺は他国の人間だ。無責任なことはできない)


 また会いたい、その思いを呑み込むことにした。お見合いをする人間としてわかるのは、グレース嬢も家のための結婚を探しているということだった。


 お互いにそれがわかっているから、次に会う約束はできなかった。


「グレース様。頑張りましょう、お互いに」

「……はい。頑張りましょう、カルセイン様」


 安らかな時間を過ごすと、そのまま解散するのだった。

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