第369話 憂鬱な二人(カルセイン視点)
自分に婚約者ができる未来が全く想像できなかった。母親と姉妹の昔の姿に翻弄され、女性嫌いを拗らせた自覚はある。
それでもエルノーチェ公爵として、妻を向かえなくてはいけないことはわかっていた。だからこそ、姉様とリリアンヌが用意してくれたお見合いに挑むことにしたのだ。
まさか惨敗するとは思いもよらなかった。
(こんなにも不甲斐ないとは……)
馬車に揺られながら落ち込み続ける。せっかく帝国に来たのだから、姉達同様観光はするつもりだったのだが、あまり気分は晴れなかった。
(独身……独身は駄目なのか)
ギラギラした目付きであったり、表裏があったり、高圧的であったり……何か一つでも該当すると自分の中で壁が生まれてしまう。
非常に厄介な男に育ったとわかっているのだが、どうしようもなかった。
通りに付いたので、馬車から降りて歩くことにした。
(……やはり王国とは雰囲気が少し違うな)
帝国の方が落ち着いた色味の建物が多いと思う。目的地を考えるまでもなく、ふらふらと歩いていくと、ある花畑にたどり着いた。
花畑は人気が少ない場所で、見渡す限り花しかなかった。
(花……たまには花を眺めるのもいいな)
そうふと思うと、近くにあったベンチに腰かけた。じっと目の前の景色を眺める。清々しいほどに美しい空、美しく咲き誇る花。どれも自分の気持ちとは対照的な気がして、何だかますます嫌になってしまった。
「はぁ……」
「はぁ……」
「「……え?」」
ため息を吐いた……かと思えば、隣からもため息が聞こえた。知らない間に、同席してしまったらしい。
「あ……申し訳ありません」
「い、いえ。私の方こそ、失礼致しました」
お互いに頭を下げた。退くべきなのだが、そんな気力は残っていなかった。それどころか、隣の女性に無意識に話しかけてしまった。
「……あの。何かお悩みですか?」
「えっ」
「……ため息をつかれていたので」
「お、お恥ずかしいです。すみません……」
何故か謝られてしまった。
「いえ、私もため息を吐いたので。お互い様かと」
「あっ、そうですね」
よく見ると、相手も中々にやつれている。まるで自分を見ているようで、少しいたたまれなくなってしまった。
「……あの。良ければお話ししませんか」
「えっ」
「……全く関係ない人に話したい気分。そんな時ありませんか?」
「……今まさにそうです」
(やっぱり。俺と一緒だ)
何となく、似たような雰囲気を感じ取ったのだ。勇気を出して問い掛けた結果、嬉しいことに予想は的中した。
「どちらから話しますか? 私はどちらでも」
「では……私からでも?」
「もちろんです」
ゆっくりと頷くと、女性に力ない笑顔で「ありがとうございます」と返された。
「……実は最近、上手く行かなくて」
「……」
「私はもう少しで婚約適齢期を過ぎるのですが、その間に婚約者を作ろうと決意してお見合いを始めたんです。……でも全然上手くいかなくて」
暗そうに俯く女性。どうやら本当のようだ。
「……不思議な縁ですね。実は私もお見合いが上手くいかなくて」
「えっ……!!」
驚くご令嬢と目を合わせると、何だかおかしくなってしまって笑い合ってしまった。
「私は……長年女性が苦手なのを拗らせて失敗してるんですが、貴女は?」
「あ……私は、人付き合いが苦手で。ずっとあることないこと噂を流された反動で、男性からの目線が怖いんです」
「男性からの……女性は大丈夫なんですか?」
「はい。ある方が噂に立ち向かう勇気をくれて、払拭する方法を教えてくださったんです」
恥ずかしそうに笑う女性は、それでもまだ怖さは完全には消えないと言う。
「ご令嬢方との交流は普通にできるようになったのですが、どうしても異性だと感じると壁が高くなってしまって」
「わかります。……頑張りたくても自分で壁を作ってしまうんですよね」
「わかります……!!」
まさか同じ悩みを抱える方に出会えるだなんて、思いもよらなかった。
「できることなら諦めたいのですが、家のために諦めることもできなくて……いっそ独り身が良いと何度思ったことか」
(全く同じだ……)
境遇さえも似ている女性に、酷く親近感が湧くようになっていた。
「同じことを考えてました。……私もこの先独身で良いと思って。自分にお見合いは向かないと断言できる気がして」
「わかります。……お見合いって難しいですよね」
「えぇ……」
暗い話をしているのだが、何故か救われる気がした。
「……綺麗な花畑ですよね。こちらにはよくいらっしゃるんですか?」
「実は友人に教えていただいたんです。気分転換におすすめだと」
「そうだったんですね」
確かに、気分転換には良い場所だと思う。ただ、それは彼女と話せたからな気がする。
「あの……お名前をお聞きしても良いですか?」
「あ、はい。お互いまだ名乗ってませんでしたね」
あはは……と苦笑いする女性。その笑みは疲れを感じるものの、純粋なものに見えた。
「私はグレースです。家名はーー」
「家名は……いいんじゃないですかね」
「え?」
「あ……何だかお見合いみたいで」
「確かに。今日はお見合いじゃないですもんね」
気分をそのまま口に出せば、意外にも肯定された。それが些細な事なのだが、なんだかとても嬉しかった。
「私は……いや。俺はカルセインです」
「! ふふっ。その方がいいですよ」
「そうですか?」
「はい。今日くらいお見合いを忘れましょう」
そう笑い合うと、再び話し始めるのだった。
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