第357話 思い込みは破滅を招いて(カルセイン視点)
仮面が外れたその瞬間、室内は異常なほど空気が凍りついた。それも一瞬の話で、オルディオ殿下はシグノアス公爵達など気にもせずに、ただ国王陛下のみに視線を向けた。
「陛下。私は過去に一度、王位継承権を放棄させられました。これは確かに、自分の意思ではなかった」
意思ではなかったにもかかわらず、それがさも真実と化して広まったのは、シグノアス公爵が原因だった。
原因である本人は、未だ状況を掴めずに顔を青くさせている。
「だから今日は、王位継承権放棄は自分の意思であることを伝えに参りました」
迷いのない、揺るぎない声が響いた。
「……私、オルディオ・セシティスタは王位継承権を放棄する。そして同時に、今日限りでセシティスタ王家から籍を抜くことを宣言する!」
「「「!?」」」
シグノアス公爵とその派閥は、オルディオ殿下による更なる宣言に目を見開いた。対する国王陛下は、全く動じずに、けれども少し寂しそうな顔で微笑まれた。
このままの空気ではいけないと察したシグノアス公爵が、オルディオ殿下をなだめ始めた。
「な……何を申されますか殿下!! エドモンド殿下が権利を放棄された今、貴方様こそ次期国王にふさわしい御方ーー」
「傀儡、の間違いではないか? シグノアス公爵」
「!!」
「生憎、貴公が用意する席に座るつもりは一切ない」
この場にいる誰よりも凛とした声を放った。
「で、殿下お考え直しください! 王位継承権はまだしも籍を抜くなど前代未聞です!!」
「合ってはならぬことですぞ!!」
「そうだろうな。貴公達の欲が叶わなくなる」
「「!!」」
派閥の大臣や当主達もなだめはじめたが、オルディオ殿下は全く相手にしなかった。
追い詰められているはずのシグノアス公爵は、苛立ちを見せながらも陛下の方へ体の向きを変えた。
「陛下。恐れながらこのような事態は容認しかねます。王位継承権を王子が二人も放棄されるなど、あってはならぬことではありませんか。……この国を継ぐべきは、フェルクス大公子よりも、ご子息であられるオルディオ殿下のはずです」
確かに、王家直系の王子が二人も継承権利を放棄するというのは、国としても、他国に対しても体裁が悪いだろう。
「容認、か。……何か勘違いをしておらぬか、シグノアス公爵」
「か、勘違い……ですか?」
先程までの乱れた呼吸から一変し、冷ややかな視線をシグノアス公爵へと向けた。
「何故、オルディオが王位継承権を放棄するのに貴公の意見が必要なのだ? 貴公はあくまでも臣下。立場をわかっていないような発言だな」
「!!」
反論されるとは思っても見なかったのだろう。何故ならシグノアス公爵の算段では、今頃国王陛下は弱りきっている筈だから。
(さすがは賢王。……演技力まで兼ね備えているとは)
危うく本当に飲んだのかと思ってしまうほど、陛下の顔色の管理は緊迫させるものだった。
「オルディオが放棄すると言うのであれば……王家を抜けるのであれば、私はその意思を受け入れる」
「陛下!! それでは他国にも、国民にも顔向けできなくなります!!」
必死に正論を探して陛下を止めるシグノアス公爵。だが、彼は一つ大きなことを見落としている。
「はっ。確かにそうだな。シグノアス公爵の言う通り、体裁はひどく悪くなるだろうな」
「その通りにございます」
「だが」
陛下が与える圧が段々と重くなっていく。
「傀儡の愚王よりは、比べる間もなく良い。次代も賢王となるのだから」
「「「!!」」」
言い切る姿を見てもなお、シグノアス公爵は信じてやまない。国王陛下に毒が回ると。
ーー自分は国王になれるのだと。
だからこそ、まだ何故かシグノアス公爵だけは余裕を持っていた。
「……陛下。貴方の言葉は、もうじき意味をなくします」
「……」
「ですので、殿下に意思を尋ねねば」
ふらりと向きを変えれば、再びシグノアス公爵はオルディオ殿下を捉えた。
「……オルディオ殿下。良いのですか?」
「何がだ?」
「オルディオ・セシティスタとベアトリス・エルノーチェの婚約は済んでいるんです。このままでは、お相手に傷を付けることになりますが……それでも籍を抜くと?」
相手を気にかけるような言い回しだが、もちろん本心は異なる。これは一種の脅しなのだから。
「カルセイン。……君も姉の経歴に傷を付けたくはあるまい?」
無駄にこちらに寄ってくる姿からは、俺が逆らえないのだと踏んでの態度だった。
嫌な笑みを浮かべるシグノアス公爵に、俺は事実だけを淡々と伝えた。
「その婚約なら、最初から結ばれておりませんので」
「何を強がりをーー」
「こちらをご覧ください」
ハッタリだと勘違いする公爵に、俺は婚約成立書の種明かしをした。
「現公爵は私です。私の許可なしに、婚約は結べません。……ですので、シグノアス公爵。我が姉ベアトリスに、婚約者は存在しませんよ」
「なんだと……」
「カルセインがエルノーチェ公爵家の当主であることは、私が保証しよう」
国王陛下の後押しで、シグノアス公爵の顔は歪むことになった。それに乗じて小さく微笑み返せば、それがシグノアス公爵を刺激した。
歪みながらも、まだ余裕は消えなかった。
「ベアトリス・エルノーチェがどこにいるかわかっての態度か、エルノーチェ公爵」
シグノアス公爵邸にいることは、当然ながら知っている。問いかけに答えようとすれば、陛下によって制された。
「……シグノアス公爵」
「はい、陛下」
「私は君の期待に応えることはできない」
「……何の話でしょうか」
「おや。期待を込めた視線だと思ったのだが」
「……ですから、どういう意味でしょうか」
陛下は、ゆっくりと視線を公爵の方へ上げると、口元だけ笑みを作った。
「私は本日、お茶を口にしていないのだよ」
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