第356話 錯綜する思惑(カルセイン視点)
月に一度の定例会議が始まる。
各大臣はもちろん、各家の代表当主が席に着いた。空席なのは国王陛下が座られる場所のみだ。
俺は宰相として、国王陛下の隣に座る。そのさらに隣にはフェルクス大公およびリカルドが席に着いた。
そのフェルクス大公に対抗するように、向かい側の席にはシグノアス公爵が余裕たっぷりの雰囲気で着席した。
(……こうしてみると、シグノアス公爵派が多いな)
まるでこのあと何が起こるのかわかっているように、シグノアス公爵派と見られる人物達は笑みが隠しきれない様子だった。
リカルド曰く、元より自分の派閥は少なかったものの、どちらにもついていなかった者でさえシグノアス公爵派についたとのことだった。
(確かに……シグノアス公爵家は長きに渡って王家を支えてきた由緒正しき公爵家だ。それに加えて、リカルドに比べれば、正統な血筋は第二王子の方となるのもわかる)
エドモンド殿下が継承権放棄をしたのなら、オルディオ殿下こそ国王にふさわしい。
この主張は、本来であれば問題なく通るものだ。それをできなくしたのは、間違いなく王妃殿下でありシグノアス公爵だった。
(……誰が何と言おうと、この国の次期国王はリカルドしかいない)
それを理解できないシグノアス公爵派は、哀れという言葉がお似合いだろう。
ガチャリ。
静まり返る部屋に、扉が開く音が響き渡った。
全員の視線を集めると、そこからは国王陛下がゆっくりと姿を現したのだった。
全員が席を立ち、深々と頭を下げて陛下を迎える。
(今はまだ、従順なふりをするんだな)
微塵もない忠誠を示す姿は、もはや滑稽だった。
「皆、座ってくれ」
(……陛下)
いつもと変わらない、そんな様子に見える。ただ内側に秘められるものには、俺では考えられないような怒りを抱いていることだろう。
「それでは、今月分の議会を開始する」
各地の問題や報告など、普段と同じように手際よく進んでいった。ただ、陛下は少しずつ顔色が悪くなっているように思えた。
(陛下……大丈夫なのだろうか)
不安を抱きながら、議会を閉会しようとした。
「それでは、本日の議会はこれでーー」
「陛下。まだ一つ、お話ししたいことがございます」
宰相であるにもかかわらず、何一つ尊重する気配なしにシグノアス公爵は俺の言葉を遮った。
ぐっと堪えながら、陛下の返事を待つ。
「……シグノアス公爵。申してみよ」
「ありがとうございます」
ゆっくりと頭を下げると、シグノアス公爵はすっと立ち上がった。
「陛下。この国の未来についてです」
「未来、か」
「はい。具体的には……この国を誰が継ぐのか、という話です」
何も知らない貴族がいないからか、誰もシグノアス公爵の発言に動揺を見せなかった。
「それならばリカルドと決まっている。不要な話は控えよ」
「何を仰られますか! 第一王子であるエドモンド殿下が王位継承権を失った今、その次に王位を継ぐべき人間はフェルクス大公子ではなく、第二王子オルディオ殿下にございます!!」
どの口が言うか。
思わずそう声に出したいほど、あり得ない論を出してきた公爵。それに対して、陛下は冷静だった。
「オルディオは王位継承権を放棄した。この国の王になる意思はないと」
「それは母である王妃殿下に無理強いをされたまでのこと……! まさか陛下、幼い頃の他人によってされた放棄をお認めになられるとでも言うのですか!」
(あくまでも、自分は関係ないと)
立ち回りの上手さだけは評価できるものだろう。ずる賢く自分本位な立ち回りが。
「反論の機会はいくらでもあった。……それでも、オルディオは放棄する道を選んだのだ」
「それは兄であるエドモンド殿下に譲られたからです。この王位を託されたのです。しかしどうでしょうか。今となっては、エドモンド殿下ではなくフェルクス大公子という予想外の人物によって奪われたのです」
「……」
同情を誘うような大袈裟な言い方は、不快感しか抱かせなかった。
「陛下。そこでどうでしょうか? 今一度オルディオ殿下の意思を確認するのは」
「……確認、だと」
「はい。何よりも重要なことは、本人の意思ではありませんか」
綺麗事を並べ始めるシグノアス公爵に対して、段々と陛下の息は小さくなっていった。それをわかっているかのように、見下ろすシグノアス公爵。
そして、公爵はオルディオ殿下を連れてくるように指示を出した。
「陛下……ご体調が優れないのですか?」
「……そんなことは、ない」
どこか汗をかき出す陛下に、俺の不安は募るばかりだった。そんな中、正面の入り口が大きく開かれた。
「第二王子殿下……」
現れたのは、仮面を着けた第二王子殿下らしき人物だった。
しかし、それはオルディオ殿下と紐付けられる決定的なものは何もなかった。
「オルディオ、なのか……?」
どこか苦しそうにそう呟く陛下には、現れた人物が見えていないようだった。
(まさか、視界が曇っているのか……!?)
急ぎ陛下の元に駆け寄れば、片手で制されてしまう。
「問題ない……カルセイン」
その声は先程に比べて弱々しかった。
「オルディオ殿下! お聞かせ願いますか? 貴方自身のご意思を。王位継承権を取り戻したい、そう思っていらっしゃいますよね?」
まるで鮮烈なパフォーマンスをするように、室内に確実に響くほどの大きな声で第二王子殿下に尋ねた。
(なんなんだ、この異様な空気は……!)
部屋の空気は第二王子の答えを待たずして、王座に座るべき者の誕生を祝うものへと変わっていた。
まるで、リカルドの存在を無視するような、そんな雰囲気に気を抜けばのまれてしまいそうだった。
どこか勝ち誇るシグノアス公爵。
同じく笑みを浮かべる同派閥。
苦しそうに第二王子を見る陛下。
静観するリカルド達。
シグノアス公爵の笑みが深まった、その瞬間。第二王子がいよいよ問い掛けに答えられた。
「そんなこと、一切思わないな」
「……は?」
凛と響く声は、場の空気を一変させた。そして、彼は仮面を外した。
「私は今日ここにもう一度、王位継承権を放棄したことを宣言しに来た」
「「「「!!」」」」
仮面の下から現れたのは、間違いなくオルディオ・セシティスタ、その人だった。
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