第352話 救いようがない者




 エドモンド殿下の案内のおかげで、無事ベアトリスを見つけ出すことができた。


 軟禁されているはずの部屋がもぬけの殻だった時は驚いたが、キャサリンの所に向かったのなら納得だった。


 部屋に近付くと、キャサリンの目論見が扉の外まで聞こえてきた。


 自分はエドモンド殿下と結婚する、そう得意気に話す声は不快そのものだった。それはエドモンド殿下本人も初耳だったようで、ただ呆然と立ち尽くしていた。


(…………本当に、何も変わらないのね)


 審判が下され、罪人として修道女になったはずの人間は、何一つ反省することはなかったようだ。それどころか、自身の欲を膨らませて帰ってきた。


 救いようがない、とはまさにこのことだろう。


 目を閉じてため息をつくと、私は扉の向こうへと踏み出した。


「相変わらず愚かなことをしてらっしゃるのね、キャサリン」

「「「!!」」」


 部屋中の人間が、一斉に扉の方を見た。


「レティシアっ……!」


 決別の日に見せた憎悪は、消えるどころか増幅していた。目の奥には怒りが込められており、キャサリンの雰囲気はどこかまがまがしいものと化していた。


「……まさかシグノアス公爵邸に来るだなんて。自ら捕まりに来てくれたのかしら?」

「まさか。ベアトリスお姉様を迎えに来たのよ」

「レティシア……」


 ベアトリスの方を向けば、不安そうなお持ちで私自身を心配そうに見つめていた。


「あらあら。家族思いなのね」

「えぇ。道具としか見ていなかった貴女と違ってね」

「……」

 

 私の反論が気に食わなかったようで、ギロリと睨み付けられる。


「見ない内に生意気になったのね。帝国の大公と婚約したからかしら?」

「あら、知っていたのね。修道院にいる貴女には一生知り得ない情報だったのに」

「……婚約を結んだだけで随分と偉そうね。知らないのかしら? 婚約は確定事項じゃないのよ。レティシアなんてつまらないお人形、大公殿下ならすぐ飽きて捨ててしまうでしょうね」


 くすりと嫌な笑みを浮かべるキャサリンにすぐにでも反応しようとすれば、抱き寄せられたことで口を閉じることとなった。


「心底無駄な心配をありがとうございます。私がレティシアに飽きることなど、天地が引っくり返ってもあり得ません。こんなにも魅力的な女性は、世界のどこを探してもレティシアしかいませんから」

(レ、レイノルト様。言い過ぎです……)

「あ、貴方はっ」


 赤面しかける頬の熱をどうにか押さえながら、レイノルト様を見た。すると、そこには冷ややかな眼差しをキャサリンに向ける姿があった。


「名乗る理由はありませんね。……これ以上レティシアを侮辱する場合、黙っているつもりはありませんので」

「……っ」


 さすがのキャサリンでも、名乗らずと私を引き寄せた男性こそが帝国の大公だと気付いただろう。


 思うようにいかないキャサリンは、イラつきを見せ始めた。ギリッと顔を歪ませるキャサリンに、私は追い打ちをかけた。


「婚約は確定事項じゃない。やはり経験者の言葉は重みが違うわね」

「!」

「でも余計なお世話よ。私は貴女ではないもの」


 目を見開くキャサリンに、私は冷たい眼差しを送った。


「私が大公妃とわかっているなら口を慎むことよ。身分を剥奪された罪人である貴女は、本来であれば私とお姉様と会話することさえ許されないのだから」


 まるで自身も貴族であるかのように振る舞うキャサリン。

 私の言う言葉を侮辱だと受け取る反応は、とても償う人の者には見えない。


 罪人である、これは事実であり本人にとって逸らせない肩書きだというのに、関係ないと言わんばかりに不敵に微笑んだ。


「残念ね。その肩書きはもうじきなくなるの。私はベアトリスお姉様と同じ立場に……王妃になるのよ」

「…………」


 部屋の外まで聞こえていた話を、意気揚々と語りだした。


「王妃と大公妃では位が違うのよ? わきまえるのは貴女の方よレティシア」

「戯れ言ね」

「そう余裕ぶってなさい。忘れたのかしら? ここはシグノアス公爵邸よ」


 そう言うと、すっと手を上げた。


 昔のような可愛らしさはすっかり消え、本性だけを露にしたキャサリンは、後ろに控える侍女に命令した。


「屋敷の者を連れて来て。不躾な侵入者がいると伝えてね」

「はい」


 すんなりと命令を聞く様子は、キャサリンの笑みを深めさせた。侍女が部屋から退出しようと動いたその時、背後から凛とした声が響いた。


「その必要はない」

「「…………」」


 私とレイノルト様はその声に反応すると、一度離れて両脇に寄った。


「彼らは私の客人だ。勝手な真似は控えてもらおうか」


 そうエドモンド殿下は、真剣な眼差しでキャサリンに言い放った。そこには、一切笑みはなく、威圧感を醸し出しているのだった。



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