第353話 第一王子の意思



「エドモンド様……!」


 エドモンド殿下の登場に、驚きながらも喜びの笑みを浮かべるキャサリン。殿下が放つ威圧感に気が付かないのか、自分が今制されたこともわからない様子だった。


「殿下、私に会いに来て下さったのですね。嬉しいですわ」

「何を勘違いしているのかわからないが、私はレティシア嬢と大公殿下を案内しただけだ」

「まぁ殿下が……」


 自分の部屋に来たのだから、当然自分目当てで来たのだという短絡的な思考になるキャサリン。到底、王妃として相応しいとは思えない。


「殿下、その娘に騙されないでください。レティシアはリリアンヌを支持する者。それはすなわち、大公子を支持することと同義ですわ。……私達の敵にございます」

「…………」


 静かにキャサリンを見るエドモンド殿下。そこには以前の、婚約者の時にあった穏やかな様子は一切無かった。


「殿下が王位につかれた後、邪魔になるだけの存在ですわ。今の内に処理しておくべきです」

「……君は、変わらないな」

「ま、まぁ。そうですか?」


 良いことを言っていないことは、この場の誰でもわかることなのに、勝手に褒められたと解釈するキャサリン。


「昔と変わらず浅慮だな。処理、と言ったか? 目の前にいる方が、帝国の大公と大公妃であることを忘れたのか」

「王家である殿下の方が上ではありませんか! 何も恐れる必要はありませんわ!」

「本当に何も知らないのだな」


 あきれた様子のエドモンド殿下は、小さくため息をついた。


「王家が上だと言うのであれば、私とリーンベルク大公殿下の身分にそう差はない。彼も王族なのだから」

「!」

「……君がこれ程までに無知だとは、当時の私は知らなかった。私こそ、浅慮だな」

「ーーっ!!」


 皮肉を突き付ける様子は、以前の姿からはとても想像できなかった。それは、紛れもなくエドモンド殿下の成長を現していた。


(……国王陛下に、是非とも見ていただきたいお姿だわ)


 今のエドモンド殿下は、王族として堂々と振る舞う、揺るぎない意思を秘めた強きお方と言えるだろう。


「キャサリン。君がこれ以上勘違いをしないように通告しよう。私はこの国の王にはならない」

「な、何ですって……」


 信じられないという眼差しを向けるキャサリンに、エドモンド殿下は一歩踏み出した。


「セシティスタ王国の次期国王は、リカルド・フェルクスだ」


 王位継承権第一位の座に座っていたエドモンド殿下が言うからこその重みが、そこにはあった。


 その言葉にわなわなと震え始めるキャサリンの顔には、もはや愛らしさなど微塵もなく、醜く育ち上がった欲から生まれた怒りに染まっていた。


「……リカルドこそ、次期国王に相応しい」


 目を閉じて呟かれたものの、そこには本意がにじまれている気がした。


「ふふ…………うふふふっ」


 キャサリンは、下を向いたかと思えば、不敵に笑いだした。


「あはははっ!! 馬鹿ね、それは貴方が決めることじゃないのよ!!」

「…………」

「全てはシグノアス公爵様がお決めになられること。殿下、貴方の意思なんて関係ないのですよ? だから今まで仮面を被られてきたんでしょう!」


 身を乗り出すように問いかけるキャサリンだが、エドモンド殿下は一切動じていなかった。


「今も昔も貴方は変わらない、いや変われないの。一生シグノアス公爵様の傀儡でいればいいのよ! それがお似合いなんだから!!」


 そうすれば、自分も王妃になれるのだから。声に出さずとも、キャサリンの本音は嫌というほど聞こえてきた。


(あくまでも王妃になれればいいのね。エドモンド殿下との関係など、二の次のようだわ)


 尊重する欠片もない暴言。それに対して、エドモンド殿下は低い声を響かせた。


「……言いたいことはそれだけか?」

「えぇ。殿下に……レティシアにだって! 貴女方ごときに、この国の未来は変えられないのよ」


 キャサリンがそう言い終えたのと同時に、部屋の中に数名の騎士が入ってきた。


「あら。お迎えよ、レティシア」


 騎士達に部屋の中を包囲されると、緊迫した空気が流れ始めた。


「……変わらない、変わることができない」

「あら。自覚がおありだったのですね。これは失礼しましたわ」


 悪びない謝罪に、こちらの不快感は増した。


「そう思い込み、侮ったことが君と……シグノアス公爵の敗因だ」

「何ですって?」

「その者を捕えよ。罪人である上に、さらに罪を重ねた欲深き者をーー国家反逆に加担した、愚者を捕えるのだ!」

「「「はっ!!」」」


 その瞬間、騎士達はキャサリンをすぐに拘束した。それだけでなく、キャサリンの指示を受けた侍女さえも。


「な、何よ! 離しなさいよ!! 誰に手を触れているの!!」


 叫ぶものの、キャサリンの抵抗はむなしく床に押さえ込まれる。


「公爵は私を甘く見て、何一つ警戒もしなかった。……忘れるな。私は王国の第一王子だ。この意思は、国王陛下に捧げている」

「なっ!!」


 そう言い切ると同時に、部屋にさらに数人の騎士が入室した。


「エドモンド殿下、ご報告申し上げます! 屋敷内のシグノアス公爵家に関わる者全てを拘束し、国家反逆と捉えられる証拠品は全てを回収いたしました!」

「そうか、ご苦労様」


 小さな笑みで頷くエドモンド殿下からは、ようやく安堵の気持ちがこぼれ落ちたのだった。

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