第350話 人質の持つ価値(ベアトリス視点)




 キャサリンは立ち上がると、にいっと嫌な笑みを浮かべた。シグノアス公爵そっくりの笑みに、悪者の笑い方は共通なのかと感想を抱くほどだった。


「どうせ知ることになるのだから教えてあげる。姉妹だったよしみよ」

「…………それはありがたいわね」


 下手に反論しなければ、悦に浸かっているキャサリンは流れるように喋ってくれた。


「私は今も昔も、あの方の婚約者なの」

「…………」

「気付いているのでしょう? これから生まれる国王は一人ではないと」

(それは……仮面王子のことよね)


 キャサリン曰く、仮面王子には表立ってオルディオ殿下の振りをする影武者と、国務全てをこなす裏方の国王がいるようだった。


(前者がイノ。……後者は恐らく、エドモンド殿下ね)


 確信はないものの、エリンが得た情報と自分が体験した事実を繋ぎ合わせれば最も納得できる答えだった。


「お姉様が婚約を結んだのは、顔を見せる表向きの国王よ」

「…………それがどうしたというの」

「国務をこなく国王……裏方を務めるエドモンド様の妻には、私がなるの」

「!!」


 うふふ、と品のあるような取って付けた笑みが部屋中へと響いた。


 キャサリンが発した衝撃的な発言は、さすがに予想の斜め上をいくもので、私の思考は止まることになった。


「…………そんなこと、シグノアス公爵が認めるわけが」

「私はずっとエドモンド様と慕い合っていたのよ。だから婚約者になれた。それを公爵様も知っているからこそ、私の申し出を受け入れてくださったの」


 二人の関係は、正直全くと言っていいほど何も知らない。


 元々私は、エドモンド殿下に興味はなかったため、彼を知ろうとする機会はなかったのだ。だからエドモンド殿下の心内がどうなっているかは、まるでわからなかった。


(慕い合う……家門目当てで婚約したのではないの?)


 私が最後にみた、エドモンド殿下とキャサリンが二人揃っていた日。キャサリンが退場した後のエドモンド殿下が起こした行動は、とてもキャサリンを想っている人の行動ではなかった筈だ。


(レティシアへの婚約申し出……キャサリンの言うことが正しいのなら、するはずがない)


 どことなく、キャサリンが作り上げた妄言だと感じ始めたが、大人しく続きを聞くことにした。


「本当に私はついているわ。抜け出した先で、エドモンド様に会えるだなんて」

「……抜け出した後、王城へ行ったの?」

「まさか! 私がたどり着いたのはここよ。唯一夜会をしていたこの会場にね」

(夜会を……もしや、あの日?)


 どうやらキャサリンも、シグノアス公爵主催の夜会へと訪れていたのだとか。とはいえ、その時彼女は令嬢ではなく修道女の格好をしていた。となれば、会場入りはできないはずだ。


「あの日お披露目されたのは表向きの国王。エドモンド様は参加されてなかったわ。だけど、お屋敷にはいた」


 どうやらシグノアス公爵邸の警備は会場の方へ集中し、お屋敷自体は若干手薄になったようだった。


 その隙にキャサリンがお屋敷に入り込むのは容易だったという。


「エドモンド様を見つけた時は、すぐにでも話しかけたかったわ。でもあんな格好じゃ酷いものだし、私が持っているものは何もなかった」


 そしてひっそりと屋敷に隠れることにしたキャサリンだが、そこで仮面を被る存在に気が付いたという。


「仮面をしていても一度愛した方ですもの。わかるに決まっているわ。だけどエドモンド様が仮面を被る理由まではわからなかったけれど」


 そこまで知ったところで、屋敷の者に捕らえられたキャサリンだったが、知り得た情報でシグノアス公爵と取引をしたという。


 仮面の下を知った以上、本来であれば生かされないはずだった。しかし、シグノアス公爵としてはエドモンド殿下の後にあたる世継ぎが必要なのも確かだったのだ。


「二人の国王を立てるというやり方を選んだのはシグノアス公爵であったとしても、一妻多夫だけはどうしてもお気に召さなかったみたい。お陰さまで私は、修道女から利用価値のある令嬢へと生まれ変われたのよ」


 セシティスタ王国の法律上、一夫一妻は決められており、唯一国王のみが一夫多妻を許されるものだった。


 これに対してシグノアス公爵が不満を抱く可能性がないわけではないが、それはあまり考えられなかった。


(それよりも……保険、なのかしら)

 

 何を考えているかはわからないにせよ、キャサリンを前にして“殺すには惜しい”と判断したのは確かなことだった。


「そういうことよ。これからも末長くよろしくね、お姉様」

「…………」


 正直、キャサリンにとっては願ってもない待遇だろう。社交界に出なくても良い上に、王妃としての振る舞いが許可されるようなものなのだから。


 喜びで笑みを堪えられないキャサリンに、どんな言葉を渡すべきか迷いに迷った。しかし、私よりも鋭く強かな声が響いた。


「相変わらず愚かなことをしてらっしゃるのね、キャサリン」



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