第349話 人質が知る真実(ベアトリス視点)

シグノアス公爵邸が騒がしくなり始めた。

 どうやら公爵が登城するようで、その準備で騒がしくしているようだった。


(………私は連行されないとなれば、一体目的は何?)


 てっきり、王城に行くのは仮面王子と私の婚約を報告することが理由だと思っていたので、屋敷にまだ拘束されることに違和感があった。


 答えを知る由もないまま、時間が過ぎていくだけだった。


 そして公爵が王城へと出発する日がやって来た。

 屋敷内はさらに慌ただしいものとなると、私の部屋の監視が薄まったことをモルトン卿とエリンが感知した。


(今なら……あの部屋に近づけるかしら)


 それは、命を助けたとされるかつての妹が軟禁されている部屋。

 エリンの優秀な調査のおかげで、キャサリンはまだ屋敷内に在留していることが判明したのだった。


「ベアトリス様、向かいますか」

「今が好機ならば」


 モルトン卿が頷くと、私達は気配を殺した状態で拘束された部屋から出るのだった。


(本来なら、この屋敷自体から出たかった。けれども、逃げるにも足がないから)


 今はまだ、おとなしく待つ他ないのだ。それがわかっているからこそ、シグノアス公爵は私の監視を強化しないのだろう。


(物わかりの言い娘だとでも思われているのかしら。……だとすれば、公爵の人を見る目は皆無ね)


 元第一王子派を束ねる頭とはいえ、私にはシグノアス公爵にまとめ上げる力があるようにはあまり思えなかった。


(……王族と婚姻しただけの公爵家なのに、自分も王族になったと勘違いしているようにしか見えないわ)


 私と仮面王子であるオルディオ殿下の婚約を取り決めた辺りから……いや、もっと言えば仮面王子のお披露目の時から。王子を前に出すのではなく、自分が前に出て意のままに操ろうとしている部分が、私には三流に思えてしまうのだ。


(……人を操るのであれば、それを気付かせないように立ち回るべきよ。その点では、シグノアス公爵はあの人に及ばない)


 いかに自分の手を染めないかが、悪役の極意ではないだろうか。

 私は自身が幼少期受けた仕打ちを思い出しながら、シグノアス公爵の素質のなさに静かに笑った。


「……着きました。この部屋です」


 先導していたエリンに示されたのは、他と何も変わらない、普通の部屋の扉だった。場所は私とは対極と言えるほど話された部屋で、この配置は意図的にされたのだろうと容易に推測できた。


こっそりと部屋に近づけば、ガシャン!! と勢いよく何かが割れる音が扉越しに聞こえた。その瞬間、反射的に扉に耳を立てた。


「ねぇ、紅茶がぬるいわ。変えてくださる?」

「申し訳ございません。ただいま淹れ直して参ります」

「ありがとう」


 聞こえてきたは、優雅にお茶を楽しんでいるであろう声。その声の主は、本来であれば満身創痍で傷だらけのはずだった。


(……本当に、私は馬鹿ね)


実は、キャサリンの面会には許可が下りなかった。理由は治療が終わらずに、本人が面会を拒否しているから。最初はその理由に納得したのだが、考え直せばあの子が顔には傷がなかったことを思い出したのだ。


(婚約成立書を手にしたシグノアス公爵側からすれば、もうキャサリンへの利用価値はなくなったも同義。それなら、多少無理をしてもキャサリンに会わせることが筋というもの。それにもかかわらず、キャサリンの意思が優先されたということは……最初から、あの子は傷なんて負っていなかったと考えられる)


 一体どんな手を使ったのかはわからない。それでも、キャサリンは何かを知っているのだろう。シグノアス公爵と取引できる何かを。


 このまま部屋を後にする選択肢もあった。しかし、私には公爵代理として、エルノーチェ公爵家に害を与えるものを放置するわけにはいかなかった。


(元々……私が失敗して引き込んだ悪ですもの)


 助ける、という愚かな選択をしたからこそ、決着つけに私は扉を開いた。


「どちらさま?」

「ごきげんよう、キャサリン。随分と元気そうね」

「……あら」


 キャサリンには予想通り傷跡らしきものはなく、貴族の令嬢のようにソファーに座り込む姿があった。


「面会に応じなかった理由が、今はっきりとわかったわ」

「……公爵令嬢ともあろう方がノックもしないだなんて不躾ですね」

「あら。罪人の部屋には必要ないんじゃないかしら?」

「!!」


 悠々自適に、まるでかつての令嬢のように過ごすキャサリンだからこそ“罪人”という言葉には無意識にでも過剰な反応を見せた。


「その罪人を助けてくださり、本当にありがとうございます。お姉様」

「一生の不覚だわ。それと、貴女にそう呼ばれる筋合いはないわ。わきまえなさい。……血がつながっている。この一つだけで情をかけるんじゃなかった。その価値がないことを理解しておくべきだったわ」

「ふふ。何と言おうとも助けたということに変わりありませんわ。貴女が私に嵌められたという事実も」

「そうね。残念だわ」


 あくまでも穏やかに。相手の挑発に乗らなければ、自分の方が優位に立っていると勘違いしているキャサリンは、ペラペラと真実を話してくれる。


(嵌めた……やはり、人質は演技ということね)


 シグノアス公爵と取引があったことは明らかだったが、腑に落ちない疑問点はいくつもあった。


「嵌められたとしても、変わらない未来があるわ」

「あら、何かしら?」

「キャサリン。貴女が修道院へ戻ることよ」


 私が仮に、仮面王子との婚約をこのまましたとしても、私の権限でキャサリンを修道院送りにするなどたやすいことだった。


 しかし、それを聞いてキャサリンは笑い出すのだった。


「あははっ! お姉様、貴女本当に何も知らないのね」

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