第347話 最後の欠片(シグノアス視点)




「ご報告いたします。我ら二名、指示された青髪の標的の任務を完遂いたしました」

「そうか……そうか、そうか……!!」


 その報告は、私にとって最も望んでいたもの。標的ーー甥であるオルディオの死こそが、私の計画に必要不可欠だったのだ。


「……確かだな?」


 疑っている訳ではない。


 ただ、このオルディオの死が確実でなければならないのだ。


「確かにございます。証拠として彼が持っていた剣を奪取して参りました」

「……イノを呼べ。確認させる」

「はっ」


 報告者とは別に後ろに控えていた者にそう指示した。足早に彼は部屋を退出した。


 イノが動揺する姿を見れば、可能性は高まるものだ。それに何より、この暗殺を指示した二名は誰よりも私に忠誠を誓った者達。これだけでも信用できるのだが、念のために。


「いつ殺した?」

「死亡自体は三日ほど前にございます。ここに来るのが遅れた理由は、フェルクス大公家の者に追われており、それを撒いておりました」

「リカルド……諦めの悪い奴だな」


 リカルドがオルディオと接触したことは耳に入っていたが、オルディオが味方するとは思わなかった。


 すると、私の腹心であり執事を務める男が口を挟んだ。


「旦那様。恐らく死亡の信用性は高いかと」

「何故だ?」

「エルノーチェ公爵家の見張りの報告ですが、カルセイン・エルノーチェ、レティシア・エルノーチェ、レイノルト・リーンベルクが王城に向かったとのことです」

「……なるほど。興味深いタイミングだな」


 エルノーチェ公爵家の四女と、帝国の大公がオルディオと接触したことも把握済みだ。


「屋敷外から遠目で見ていたのですが、彼らの他にしたいと思われる物が馬車に運び込まれたと」

「……死体はどうした」

 

 再び暗殺をした二人に話を振る。


「申し訳ありません。フェルクス大公家の者に邪魔をされ、死体は手元にあらず……」

「辻褄は合うな」


 段々と膨らむ期待に、真偽を決定づける者が入室した。


「旦那様、連れて参りました」

「……何用ですか」


 オルディオの命がかかっているが故に、イノは必ず言うことを聞く。


 彼を目の前にすると、愚かにもオルディオの振りをして私の元へ来たあの日を思い出す。


(……忘れる訳がない、甥の顔を。特に、妹が嫌ったあの顔だからな)


 そうとは知らずにやってきたイノを殺さなかったのは、その行動にオルディオへの確かな忠誠心を感じ取ったから。


 自分を犠牲にしてまでも守りたい相手。


 なおかつ、オルディオのことをよく知る影武者とわかれば、利用しない理由などなかった。


「これに見覚えは?」

「!!」


 そう言って、オルディオの剣をイノに見せた。何とも嬉しい反応をしてくれる。


「……………何故、何故それを!」

「質問に答えろ。見覚えはあるんだな?」

「ーーっ!」


 言葉にしなくとも、焦りと驚き具合から剣の持ち主が誰かは明確だった。その答えに思わず笑みをこぼす。


「ついさっき、屋敷に入り込んだ不届きな輩を捕まえてな」

「…………」

「これはその不届き者が持っていたものだ」

「……泣けるな。助けにでも来たのか」

「!!」


 明らかに動揺するイノは、今にでもこちらに刃を向けてきそうな勢いだった。


「あの方に…………手を出さないのが条件のはずだ」

「もちろんだとも。ただ、公爵家として対処させたまでのこと。そのうち屋敷から追い出す」

「……っ」


 ぐっと堪えながら、手に異常なまでの力が入る様子がよくわかる。


「話はそれだけだ。下がれ」


 少しの間剣を見つめていたイノだが、やがて憎しみと悔しさに染まった目線を私に向けてから、部屋を後にするのだった。


「……この剣は本物だな」

「そのようですね」


 イノの反応から、オルディオがこの世を去ったと言って良いだろう。


「騎士が剣を手放すのは、死を意味する。この剣が、オルディオが死んだ強力な証拠だな」

「左様ですね」


 難関とも言えた最後の欠片が揃うと、私は笑みがおさえられなくなった。


「旦那様。エドモンド殿下にこの件は」

「何も言うな」

「良いのですか?」

「あいつは心が弱い。弟が死んだとなれば、正気でいられるかもわからん」


 昔からエドモンドはそうだった。


 ここぞという時に弱気になり、優柔不断になる。だから周りの声を頼りに行動するのだが、その頼り過ぎる性格には度が過ぎていた。


 とても国王とはいえない小さな器しか持っていない。王の資質だけで言えば、オルディオの方が余程適していた。


(だがあいつは逆に意思が強く、扱いづらい。……やはり傀儡にするならエドモンド一択だ)


 いくらエドモンド本人に、国王になる意思がなくとも関係ない。どのみち傀儡にし、私が国を動かすのだから。


 これはオルディオが継承権を放棄する時から決まっていたこと。妹である王妃は、本気でエドモンドを国王にしたかったようだ。


 おかげで、上手く事を運ぶことができた。最も、少し遠回りをする羽目になったが。


 私は立ち上がって窓の外に視線を向けた。そのさきには、うっすらと王城が見える。


「……では、あの男の最期を見届けに行くとしよう」

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