第341話 経験者は語る



 オルディオ殿下の葛藤を汲み取ったレイノルト様は、真剣な声色続けた。


「……王位継承権の問題とは、誰もが考えているよりもはるかに厄介な問題です。何せ、支持する者によって今後の運命が大きく変わってしまいますから。だからこそ、シグノアス公爵は自身の地位のためにグレーゾーンを越えて、証拠は不十分ですが明らかな黒のことだってやってのけています。……そこに当人の意思は必要ではありません」


 経験者だからわかること。そして説得力の増す、非常に重くて意味のある言葉だった。


「すれ違いや勘違いも大いにあることでしょう。普段はそのまま放置しても、さほど問題がないかもしれません。ですが、王位継承問題が関わることはだけは全て例外です」


 誤解をしていてはいけない。スッキリしない状態ならばそのままにしてはいけない。そう強く断言した。


「正直、私から見たエドモンド殿下の印象は悪いものです。ですが、オルディオ殿下にとっては違いますよね?」

「…………はい」

「そういうものだと思います。兄弟でないとわからないこと、兄弟しかわからないことがあるものですから」


 そう寄り添うレイノルト様に自然と笑みを浮かべるオルディオ殿下。場の空気は段々と温かなものへ変化していった。


「今回の王位継承問題、非常に複雑で思惑が絡み合っているものだと思います。だからこそ、当人たちの考えや意思が必要不可欠になるのです。これは、たとえシグノアス公爵が無視しようとも、退けられないものです」


 オルディオ殿下は胸に届いているかのように、ゆっくりと頷いた。


「すみません、一方的にこんなに話してしまって」

「いえ、もっと話をお聞かせください。……レイノルト様のご意見は、本当に真っ当なものかつ説得力の塊です」

「ありがとうございます」


 嬉しそうに微笑むレイノルト様を見ると、こちらまで笑みがこぼれてしまう。


「では、続けますね。私は、個人的にはオルディオ殿下の推測に納得していますし、概ね正しいと感じています。と言うのも、だからこそ夜会ではイノさんだったのではないかと思う節がありまして」

「夜会……シグノアス公爵主催のものですか」

「はい」


 それは私達が初めて仮面の第二王子に出会った日だった。


「あの日仮面をかぶっていたのは、エドモンド殿下ではありませんでした。これはベアトリス嬢の感覚も半分お借りしていますが、まず身長がエドモンド殿下とは違いましたので、これはほぼ確定事項かと」


 そう話を聞いて、私は自分の感覚を思い出す。確かにあの日は、会ったことがあるような感覚はまるでなかった。むしろ初対面に感じたのは、イノさんだったからだろう。


(私の推測は浅くて甘いものだけど……レイノルト様とベアトリスお姉様の言葉と感覚を借りるのなら、彼はイノさんで間違いない)


 個人的にも凄く納得したところで、レイノルト様はその先の考えを述べた。


「シグノアス公爵の計画はあの時から始まっていたと思います。そうだとして、あの場にエドモンド殿下ではなくイノさんという影武者を挟んだのは、仮面だけではエドモンド殿下と気付かれてしまうことを危惧したのではないでしょうか」

「……確かに、兄様は生粋の王族ですが、私は騎士」

「はい。あの場にはまだシグノアス公爵側につくか悩んでいる方もいたことでしょう。そんな彼らに不信感を与えないためにも、敢えてイノさんを選択したのだと思います」


 イノさんであればオルディオ殿下の影武者をしていた分、騎士のように動くことができる。ただ、貴族のように話すことができない恐れがあるため、シグノアス公爵は喋らせない選択を取った可能性をレイノルト様は語った。


「顔は保険、というところでしょうか。シグノアス公爵は我々含み、オルディオ殿下がどこの誰と関わりを作っているのかまでは把握していなかったのではないかと」

「その通りだと思います。……伯父も母も、私に興味はありませんでしたから」


 淡々とそう答える姿は、もはや悲しみを感じさせない受け入れた者の反応だった。


「……気分が悪い話ではありますが、一つ安心できました。シグノアス公爵の計画ではイノはしばらくの間は殺されずに済みそうです」


 オルディオ殿下曰く、イノさんはエドモンド殿下の操り人形と言う立場で利用されると予想されるため、今後も必要不可欠な人間になる可能性が高い。


「どんな形でも、生きてさえいてくれれば……」


 そうこぼすオルディオ殿下の声は、かなり切実な思いが込められていた。


「……おおかた検証結果と推測はお伝え出来たと思います」

「はい。オルディオ殿下、早速ですがフェルクス大公邸に向かいますか」

「是非ともそうしたいです。ただ、その前に偵察者の処理を」

「そうですね。……彼らもフェルクス大公邸に連れて行きますか?」

「……そうしましょう。私達のするべきことは、少しでもリカルドに優位に立ってもらうことですから」


 二人の考えがまとまると、早速出発の流れとなるのだった。


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