第338話 追い詰めるための検証(オルディオ視点)


 仮面の話を聞いた時から、もっとシグノアス公爵が何を考えているのか警戒するべきだった。いや、もっと言えば俺の名前を使った時から――。


 レティシア嬢とレイノルト様から〝ベアトリスがオルディオ婚約した〟という事実を聞かされた時は、目の前が真っ暗になった。

 自分の知らないところで、自分の願わない形で、自分の言葉を介さない状態で強制的に結ばされた婚約に悔しさと怒りで染まっていった。


(…………ベアトリス)


 まだ何も、彼女を前に伝えたい言葉を直接言えてないのに。


 ベアトリスと共になりたい。叶うことならそれこそ婚約だってしたかった。ただそれは、勝手に第三者のお膳立てや脅迫によって無理やり生み出すやり方は絶対に違う。


俺が、自分の言葉で想いを伝えたかったんだ。


 その願いと描いていていた理想を、伯父が自分の欲望の為だけに壊した。

 この事実が、何よりも耐え難く何があっても許さないという確固たる意思が芽生えたのだった。


 二人から新しい情報を受け取って自分の思考を更新した結果、伯父への怒りが呆れと軽蔑へと変わった。恐らく答えに最も近い場所にたどり着いたが、確証がまだなかった。


 少し考えてから、顔を上げる。


「レティシア嬢、レイノルト様。私の推察を述べる前に、一つ検証してみたいことがございます」


 検証内容を話すと二人はすぐに快諾してくれて、リトスさん達にも協力を要請してくれた。


 奥の部屋から出ると、屋敷の中央に護衛騎士を含む全員が集合した。

 全員の視線を集めると、俺は自室から持ってきたかつらを前に出す。


「内容としては、この青髪のかつらをつけて殺意を感じる方へ向かって欲しいという単純なものです」


 この役目は、必ず俺以外が行ってほしかった。そうでなければ、仮説が成立しないから。

 その旨を伝えれば、ありがたいことに護衛騎士の方は我こそにと言わんばかりに全員が立候補をしてくれた。


 微笑ましい光景に場が和むと、レティシア嬢が少し困惑をしながらルナイユ嬢に話を振った。


「ここは実力をよく知るフェリア様が決めても良いのではないでしょうか?」

「そうですね……全員の意欲は評価するのは大前提として」


 くすりと微笑みながらフェリア様が、一人の騎士を選ぶと「僅差ですからね」と他二名に優しく伝えていた。言葉のかけ方や配慮の仕方にさすが公爵令嬢だと感じたのも束の間で、すぐさま具体的な動きを説明し始めた。


 殺意の感じ方的に、向こうも気付かれまいと偵察しているので察知できる上で人数は二人ほどだった。


(少数人数で見張ってくれるのはありがたい。おかげで確実に対処できる)


 シグノアス公爵の手持ちを減らすためにも、今回は偵察者を逃がすわけにはいかなかった。

彼らは殺意を発しているとは言えど偵察者なので、正面の門付近には待機しておらず、裏口にひっそりと姿を隠していた。


 向こうに気が付かれないように細心の注意を払いながら、偵察者二名の場所を特定すると護衛騎士たちに伝達した。先程一名青髪をつける囮役を決めたが、他二名にももちろん役割はある。それが襲って来た偵察者を取り押さえるものだった。


(……よし。配置は完璧だ)


 青髪をセットした騎士と他二名の騎士が移動をし始める。レイノルト様とリトスさんには、裏口のさらに先で待機してもらうことにした。これは相手の退路を防ぐため。そして騎士たちに加勢できる位置に俺が待機した。


 そして青髪の騎士にサインを出すと、彼は裏門を開けて外へと出た。

 全員が気配を殺してその行く先を見守る。


(襲うのならここしかない。裏口の先は街に直結しているから)


 そう思った矢先、青髪の騎士目掛けて不穏な気配が尋常じゃない速度で近付いた。


「「「「‼」」」」


 予想通り、偵察者二名は殺意むき出しで青髪の騎士を襲い掛かった。


(やはり、殺そうとするか)


 その動きには、シグノアス公爵の揺るぎない意思と思惑が透けて見えたが、同時に詰めが甘い配置にはっという乾いた笑みが小さな声と共に出るのだった。


 襲撃を華麗に躱す青髪の騎士。そして、すぐさま仲間を助けようと他二名が加勢する。


「なっ‼」


 偵察者の一人から、思いもよらなかったという声が聞こえた。


 さすがは公爵家の騎士。実力はシグノアス公爵の偵察者に劣らない。


 返り討ちに合うと判断した偵察者達は、慌てて街の方へと逃げていく。それを青髪以外の騎士二名が追い、レイノルト様とリトスさんの方に誘導した。


(街でこれ以上青髪が見られるわけにはいかない)


 気配でしか何が起こっているかわからなかったものの、少し経つと偵察者達の気配が薄まったのがわかった。


 裏門をじっと見つめれば、騎士二名がそれぞれ伸びた偵察者達を肩に担いでいた。その後ろにレイノルト様とリトスさんが、戦友のように笑いあっているのをみて、持ち場を離れて何があったのか見たいという思いが少し芽生えてしまった。


 何はともあれ、無事に偵察者達を捕らえることには成功したのだった。

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