第337話 怪しげな視線をたどって
終始リトスさんは幸せそうだった。
「……リトス、お前が幸せそうで何よりだよ」
「あぁ。ありがとうレイノルト」
「おめでとうございます、リトスさん」
「ありがとう、姫君!」
これ以上ないほどニコニコと朗らかに笑うリトスさんだったが、自分の話を終えるとすぐに切り替えてここ数日に起きた屋敷の出来事が語られた。
「オルディオ殿下はさっき話したように、悩み事はあるようだが基本的には変わりない」
「そうか」
「むしろレイノルトに一つ聞きたいんだが、屋敷に来る時何か異変はなかったか?」
「異変……」
リトスさんの表情は真剣なものに一変しており、どこか緊張感さえも含んでいた。
「いや、フェリア様の護衛騎士と手分けをして屋敷の警備をしていた訳なんだが……視線を感じたんだ」
「視線だけか」
「あくまでな。まぁここが帝国の大公殿下が所有するお屋敷だとわかってるから手出しはしてこないとは思うんだが……」
リトスさんの懸念としては、ここから出発した時に何か危険が起こる可能性があるとのことだった。
「食材等必要な物は護衛騎士の方に買い出しに行ってもらってるから、その分には問題ないんだ。ただ視線を感じてからは、馬車で外出したことはなくてな……」
「なるほど……不穏な動きがあることはわかった。このこと、オルディオ殿下には?」
「もちろん伝達済みだ。というのも、最初に気が付かれたのが殿下だったんだ」
さすがは騎士として長年過ごしてきたオルディオ殿下。自身の身を守るため、怪しい気配には敏感なのだろう。
「俺からはこんなところだ」
リトスさんの説明を終えた所で、ちょうどオルディオ殿下とフェリア様がやって来た。
軽く挨拶をすると、オルディオ殿下とレイノルト様と三人で奥の部屋へと移動した。
「急ぎの事態ですよね。どうされましたか」
「実はーー」
私が婚約成立書を取り出しながら、レイノルト様は要点だけを並べて端的に説明した。
説明を聞き終えたオルディオ殿下は、少しの間視線を下げて思考を整理していた。すると、一言呟いた。
「私とベアトリス嬢が婚約……」
声色は暗いもので、どこか怒りの雰囲気が醸し出されていた。少し間を空けると、ゆっくりと顔を上げて揺るぎない眼差しを向けた。
「……シグノアス公爵がその気なら、私も情けはかけません。徹底的に戦います」
そこには言葉には表現されなかった、多くの想いが詰まっていた。
「お二方。どうか私もリカルドの元へ連れていってもらえませんか」
「もちろんです」
「行きましょう、一緒に」
レイノルト様に続く形で二人で即答すれば、オルディオ殿下は「ありがとうございます」と頭を下げるのだった。
レイノルト様はその意思を受け取ると、出発に関する話を始めた。
「本音を言えば今すぐに出発したい所なのですが、何やらこの屋敷が監視されているようで」
「はい。最近視線を強く感じており……十中八九シグノアス公爵だとは思いますが」
オルディオ殿下もリトスさんや護衛騎士達に加わりながら警備をしているという。その段階で、怪しげな視線を感じ取ったというのがそもそもの始まりだった。
「……思ったよりもたどり着くのが早いですね」
「えぇ。私達を襲った刺客が戻らなかったことから、焦っているのかもしれませんが」
レイノルト様とオルディオ殿下の二人のやり取りを聞きながら時系列を確認していくと、様々な疑問点が浮かび上がってきた。
ただ、上手く言語化できないので状態なので二人の話に耳を傾け続けた。
「オルディオ殿下、視線は今日も感じておりますか?」
「そうですね。……これは感覚的な話ですが、嫌な視線が強まっている気がします。嫌な視線……あれは殺意に近いものです」
監視、たどり着く、強まる殺意。
この言葉とシグノアス公爵家の現状を比較した時に、濃くなる疑問が一つ生まれた。
「……ベアトリスお姉様と婚約が成立したのなら、第二王子の弱みはいらないはずですよね」
元々、イノさんだと思われながら刺客に終われていたオルディオ殿下。その理由は、第二王子の弱みをシグノアス公爵が手に入れたかったからと推測していた。
「確かに……もっと言えば、成立する流れはシグノアス公爵の中で数日前から計画を立てていたはず。それなら殺意や監視の目は弱まるべきですよね」
オルディオ殿下が推察を重ねると、私はさらに疑問を並べた。
「そもそも殺意ということは、イノさんを殺そうとしていることになりますが」
「殺すことが目的……」
シグノアス公爵がイノさんを殺すことに、正直意味があるとは思えなかった。それはレイノルト様もオルディオ殿下も同じ考えだった。
しばらく考え込むと、オルディオ殿下は何かに気が付いて静かに顔を上げた。
「いや…………イノじゃない。私を殺すことになら、意味がある」
「!!」
「ですが殿下。貴方を殺してしまえば、王位に継げるシグノアス公爵の切り札がいなくなります」
「……最初から私はいないようなものでした」
レイノルト様が反射的に意見を述べれば、オルディオ殿下は小さく首を振った。殿下は悔しそうな、寂しそうな、複雑な感情を浮かび上がらせながらどこかあきれた笑いを浮かべた。
「シグノアス公爵は私の名前だけが必要だったようです」
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