第327話 仮面をめぐる疑念



 そして翌日。


 私達はベアトリスを送り出すことにした。

 本人は不安そうな面持ちは一切なく、むしろ強い意思を瞳に宿していた。


 エリンとモルトン卿を含んだ護衛と共に、ベアトリスはシグノアス公爵家へと出発していった。


 残された三人は、応接室に集まって今後について話し合うことにした。


「二人はオルディオ殿下の元に戻りますか?」

「取り敢えず、向こうには信頼できる友人に殿下を任せている状況です。リカルド殿も現状を把握している状態なので、今は進展を待つしかできないかと」

「なるほど」


 フェルクス大公子によって調査が進むのを、ひとまず待つしか私達に今できることは見当たらなかった。


「お兄様は登城されなくて大丈夫なのですか?」

「あぁ。内密に国王陛下と手紙でやり取りした結果、今は公爵家を守ることに注力してほしいと」

「陛下が……」


 宰相ではなく公爵家の者としてが為すべき最優先事項を、国王陛下は理解しているのだとカルセインはまとめた。


「……何か気になることでもあるんですか?」


 どこか考え込んだ様子のカルセインに、心情を尋ねた。


「いや……今、王妃殿下は何をしているのかと気になってな」

「王妃殿下……確かに」

「二人から聞いたオルディオ殿下の話をたどると、王妃殿下がオルディオ殿下の顔が嫌だから仮面をしている、という話だっただろう?」

「はい。殿下自身はそう推測されていました」


 カルセインの問いかけに瞬時に頷いた。


「……となれば、シグノアス公爵が妹である王妃殿下に配慮して敢えて仮面を被せているということだろうか」

「……そう、なりますね」


 話題は仮面の話となると、カルセインは自身の抱く疑問を紐解いていった。


「では、王妃殿下がシグノアス公爵邸にいる第二王子と接触しているということになるな」

「接触……」

「いや。実はな、陛下からの手紙には王妃殿下は現在幽閉状態に近いままと記されていたんだ。エドモンド殿下が王位継承権を剥奪された時、王妃殿下にも責任が追及された。その時に幽閉されたが、今もまだ解けていないと」


 カルセインが話すには、王城の一部で幽閉されている王妃殿下状態では、何があってもシグノアス公爵邸にいる第二王子の顔を見ることはないとのこと。

 

「それなのに、何故仮面を被るんだ? シグノアス公爵はオルディオ殿下の顔がわからないけれども、青い髪という一点だけで第二王子だと盲信しているんだろう?」

「確かに……カルセイン殿の話はよくわかります。仮面をする理由がない、ということですよね?」


 カルセインの疑問に頷いたレイノルト様が応答する。


「体調不良は仮面をする理由にはならないでしょう。実際、回復したのなら昨日仮面を外して謝罪をするべきですから」

「レイノルト様の言う通りです。それでも仮面をさせた理由……やはり、シグノアス公爵も第二王子でないとわかっているからでしょうか」


 カルセインの考えとしては、イノさんだとわかっている上で顔を隠させているというものだった。


「今は影武者しかいないから、彼に第二王子の役をやらせている。その間に、本物を探している、ということが考えられませんか?」


 カルセインが投げ掛けると、レイノルト様が考え込み始めた。


「そうですね……確かに、甥の顔を覚えいない方が不自然ですからね」


 その上、妹である王妃が嫌った理由でもある。王城内で避けていたとしても、顔だけは嫌でも見ていた可能性はある、とレイノルト様が返した。


 ただ、その話を聞いていて私は一つの疑問にたどり着いた。


「ですが……シグノアス公爵はイノさんだと仮定しても、彼を殺そうとしましたよね? あれはリトスさんだったからなのでしょうか」

「……いえ、レティシア。話を聞いたところ、後から追ってきた二人は顔も確認せず上から殺意を向けて降ってきたと」

「オルディオ殿下であるかもしれないのに、殺すのでしょうか」


 レイノルト様の答えに対して、私も考えを伝える。 

 私は、オルディオ殿下の“シグノアス公爵は成長した殿下の顔を知らない”という主張のもと、シグノアス公爵はイノさんだと勘違いして殺そうとしたように思えたのだ。


「だがレティシア。それならシグノアス公爵は、イノさんをオルディオ殿下と誤認していることになるが」

「それは……確かにおかしな話です」


 レイノルト様の言う、甥の顔もわからないはずがない、という考えの方がしっくりときてしまっていた。


 しかし、顔がわかっているのなら、シグノアス公爵が仕掛けた刺客はオルディオ殿下を殺そうとしたことになる。


「シグノアス公爵の心理として、第二王子が手元にいることは大きなことのはずです。ただ、それが影武者であるとわかっていれば、あれほどまでに大きなパーティーは開催しないでしょう」

「ではやはり、イノさんをオルディオ殿下と勘違いして……」

「その場合、顔を隠すという考えがそもそも生まれないと思いませんか?」

「!」


 レイノルト様の話はもっともだった。

 イノさんのことを第二王子オルディオだと認識しているのなら、確かに顔を隠す必要性はあまり強くない。


「そもそも仮面をつけていた理由は、体調不良でした。ですが、昨日のベアトリス嬢に謝罪をしに来た時は仮面をしていた。他に理由があることは明らかですね」


 仮面をめぐって、私達の疑念は深まっていくばかりだった。

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