第326話 二人を繋ぐ架け橋
話し合いの結果、ベアトリスは明日シグノアス公爵邸に向かうことになった。
ただ、一人向かうのは危険だと判断した結果、またもエリンを借り出す結果になった。今回はエリンだけでなく、モルトン卿含めた信頼できる護衛騎士も同行することになった。
警備体制万端の状態で臨めば、シグノアス公爵家も迂闊に動かないという考えだった。
答えが決まると、一同はひとまず解散して、それぞれの部屋へと戻った。
その中で、私はベアトリスへの用事を済ませるために、久しぶりに彼女の部屋を訪れるのだった。
「お姉様」
「あら、レティシア」
「実は追加でお話したいことが」
「わかったわ、中に入って」
先程の真剣そうな表情とは打って変わって、穏やかな面持ちのベアトリス。向かい入れられた部屋の窓から見える空は、すっかり日が落ちていた。
向かい合うように座ると、私は早速本題を切り出した。
「お姉様宛てに手紙を預かっております」
「私宛に?」
「はい」
笑顔で頷くと、大切に管理しながらここまで持ってきた手紙を手渡した。
「!! ……レティシア、これは」
「本人で間違いありません。代筆でもありませんよ。私が書く姿を見届けましたから」
「そう……そうなのね」
手渡した手紙の封筒には、差出人の場所にオルディオ殿下の名前が書かれていた。
(出発の直前、オルディオ殿下にお姉様に伝えたいことがあればと、尋ねて良かった)
私にとっても、オルディオ殿下にとっても濃い一日だったため、疲労から忘れかけていたこともあった。失礼にならないかという不安もあったが、ベアトリス第一優先で動いた結果、成功した。
「今、読んでも?」
「もちろんです」
「ありがとう、レティシア」
ベアトリスが封を切る前で、私は出発前の出来事を思い出し始めた。
(尋ねた瞬間、はっとした顔になって「ある」と即答されたけど……あの勢いは凄かった)
一言では収まらないという殿下の発言から、執事に頼んで屋敷に置いてあった封筒と便箋を一式借りたのだった。
(……それにしてもオルディオ殿下、かなりの量を書かれたわね)
そっとベアトリスの持つ便箋を観察すれば、ざっと見ただけで五枚以上はありそうだった。
(てっきり便箋をさらに要求された時は、書き直したとばかり思っていたけれど……でも、そうよね。考えてみればオルディオ殿下がお姉様に伝えたいことは数多くあるでしょうから)
ベアトリスが手紙を読む姿をただ眺める。
ただそれだけだと言うのに、私の胸はとても温かくなっていった。
しばらくして、パタリと便箋を折るのを見て、読了したのだとわかった。
「……本当にありがとう、レティシア。一通り読ませていただいたわ」
「不安は……取り除けましたか?」
「えぇ、もう少しも残っていないわ」
そう答えるベアトリスの顔は、どこか泣き出しそうなものでもあった。
「……早く、オル様に――オルディオ殿下に会いたい」
「必ず会えます。オルディオ殿下もそれを切に願っていらっしゃいますから」
ベアトリスの、滅多にない願いだ。叶えない訳がない。
「えぇ、その想いがひしひしと伝わってきたわ」
手紙という手段にはなったものの、こうしてベアトリスが数日間抱えていた疑問が解消して、想いを失くさずに済んだことは、私にとっても嬉しいことだった。
「……今日、イノさんとされる第二王子が来たという話をしたでしょう?」
「はい」
「仮面は取られなかったけど、謝罪をされた時声は発されてね」
「声を……」
パーティーの時と比べて一瞬驚くものの、謝罪をするならば当然のことかとすぐに思考が冷静に戻る。
「その声を聞いた時、もしかしたら彼はオル様なのかもと思ってしまったの」
「オルディオ殿下の……」
「パーティーの時ほど距離が近かったわけではないし、使者の方だけでなく護衛もいらっしゃったから、背丈を測る術はなかったのだけど……どことなく、聞いたことのある声だと、勘違いしてしまったわ。……それだけ、不安になっていたのかもしれない」
「お姉様……」
今日の訪問は、ベアトリスの不安を最大限に増長させるものだったのだと本人の言葉で実感した。
「でも、彼はイノさんで、オル様は……オルディオ殿下が別の場所で無事でいるのなら、これほどまでに安心することはないの。だからありがとう、レティシア。危険もたくさんあっただろうに、無茶をしてまで調査に出向いてくれて」
「私は……ベアトリスお姉様の役に立てたなら、それだけで嬉しいんです」
「レティシア……」
今までベアトリスに何度も助けられたように。
一つずつ恩返しができているのなら、私の心は十分に満たされていた。
「……レティシア。オル様のためにも、身を犠牲にしているイノさんのためにも、明日は頑張って来るわ」
「決して無茶をなさらないでください。私も今回たくさんの人に助けていただきました」
「えぇ。必ず皆を頼るわ」
「約束ですよ?」
「もちろんよ。レティシアだって無事に帰って来たのだから。今度は私がその約束を守る番ね」
「はい……!」
疑問と不安が消え去ったベアトリスには、新たな意思が宿っていた。その想いを尊重するものの、どうか無事で帰ってくることを祈り続けながら、送り出すことになるのだった。
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