第318話 守れることの名誉
「リトス!!」
店主の背後から姿を現したのは、リーンベルク大公家の情報屋であるリトスさんだった。
「驚いたな。もしかしたらレイノルトに遭遇するかもとは思っていたが」
「何しているんだ」
「いや、れっきとした仕事をな」
「仕事……?」
レイノルト様が困惑する中で、リトスさんは自分がここにいる理由を語った。
「非常にありがたいことに、ここでの緑茶人気が凄くてな。想定よりも二か月も早く在庫が消えたものだから、至急届けに来たんだよ」
「ご提供いただきありがとうございます。リトス様の仰る通り、甘めの緑茶をお客様にお出ししたところ、非常に好評でして。茶葉を買いたいと言ってくださるお客様もいるほど、人気なんです」
「店主。そのアドバイス、実はうちの姫君――こほん。こちらのレティシア様が」
「おぉ! そうでしたか。誠にありがとうございます、姫様」
「い、いえ」
(ひ、姫ではないです)
どうやら以前考えた、紅茶に近いような味や色の緑茶を提供するという案はここで見事に役立っているようだ。その事実を聞いて、胸が温かくなる。
「という訳なんですよ。姫君、俺からも感謝を」
「いえ、そんな……多くの方に緑茶が広がったなら、凄く嬉しいです」
「さすが姫君。返しまで美しいですね」
「あはは……」
リトスさんに褒められる間に、レイノルト様が状況を吞み込めたようだった。
「リトス、突然すまない。仕事を頼みたいんだが」
「もちろん構わないが……」
レイノルト様の雰囲気、そしてオルディオ殿下の存在から緊迫した空気を察したリトスさん。それは店主にも伝わっていた。
「よろしければ奥の個室をお使いください」
「よいのですか?」
「もちろんです。私どもにできることがあれば、何でもおっしゃってくださいね」
「ありがとうございます」
レイノルト様は店主に会釈をすると、私達は個室へと移動した。
「見るからに訳アリだとは思うんだが、そちらの方はレイノルトのご友人か?」
「……」
リトスさんの問いかけに困惑するオルディオ殿下。
「そうだ。俺の親しい友人で間違いない」
「!!」
レイノルト様の返しに目を見開くオルディオ殿下だが、リトスさんはすぐに頷いて納得する様子を見せた。
「実は彼が追われていてな。このレストランに入る所まで見られている」
「それは大変だな」
「だから力を貸してほしい。馬車をここに持ってこれるか?」
「……なるほどな。裏口はもう待機されてるだろうな」
「あぁ」
レイノルト様の作戦としては、レストランの前にとめた馬車に、私達が乗り込んでここから脱出するというものだった。
「……だとしたら惑わす囮が必要だろう」
「リトス」
「彼らの視線を惑わす、な。俺がご友人の格好をして出るだけでも効果はあるだろうか」
「あると思います。狙いは私ですので。……ですが、貴方に危険が」
「ご心配には及びませんよ。逃げ足は速い方なのでね」
にかっと笑うリトスさんは、凄く頼もしかった。
「それにしても馬車の手配だな。そうしたら急ぎ屋敷に戻る必要があるな」
「できるか」
「任せろ、レイノルト」
そう頷いてリトスさんが立ち上がった瞬間、扉がノックされた。
「失礼します」
「「!!」」
「フェリア様。お買い物はお済みですか?」
「はい、リトス様。それよりもリトス様のお仕事のご様子が見たくて早く戻ったのですが……。大公殿下、レティシア様にご挨拶を申し上げます」
「ここは帝国ではありませんから、どうか楽にしてください」
「ありがとうございます」
まさかフェリア様まで王国に来ているとは思わず、私は思考が停止してしまった。
「それにしてもルナイユ嬢までいらっしゃるとは」
「あ……私が離れるのが嫌でついて来てしまいました」
整理がまだ終わっていなかったが、照れた表情のフェリア様が可愛らしいことは理解できた。
話を聞くと、リトスさんがここでお仕事をしている間、フェリア様はルナイユ公爵に頼まれたお使いをこなしていたのだとか。その後ここで合流する予定だったとリトスさんは語った。
「立ち聞きするつもりはなかったのですが、馬車が必要と仰りましたよね?」
「はい」
「私がちょうど馬車でここまで来ました。……三人は余裕で乗れると思いますので、いかがでしょうか」
「本当ですか」
「はい」
レイノルト様に馬車の提供をすると提案したフェリア様には、もはや頭が上がらなかった。
「……リトス様、囮をなさるのですか」
「はい。レイノルトのご友人のふりをしようかと」
「ご友人は騎士様、であってらっしゃいますか?」
「はい」
フェリア様の問いかけに、オルディオ殿下はすぐに頷いた。
「それなら私の護衛騎士の方が適任かと」
「確かに。ですがよいのですか?」
「もちろん。二人いますから、背丈の合う方に頼みましょう」
そこまで話すと、フェリア様は私の隣まで移動した。
「お疲れ様ですレティシア様」
「フェリア様……何から何までありがとうございます」
「レティシア様をお守りできるのなら、これ以上ない名誉ですわ」
「大げさですよ」
「あら。そんなことはないですよ?」
くすりと微笑むフェリア様は、はっとしたように私に尋ねた。
「囮の話をよく聞いていなかったのですけど、ここに入られた時は三人だったんですよね?」
「そうです」
こくりと頷けば、フェリア様は更に驚愕する提案をされた。
「……それなら私はレティシア様のふりをしましょうか」
「フェ、フェリア様⁉」
「リトス様がレイノルト様のふりをなされば……よい目くらましになるかと」
「それは危険かと」
私が困惑する横で、レイノルト様がフェリア様を制してくれた。
「……ですが、視線は確実に向けられますね」
「俺もそう思う。……フェリア様、本当によいのですか?」
「もちろん。先程も言いましたが、レティシア様を助けられることこそ名誉ですわ。リトス様も同じでしょう?」
「そうですね」
てっきり止められると思っていた話は、何故か実行する形で決まるのだった。
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