第317話 皇帝の目くらまし
オルディオ殿下をかくまうことになったので、急ぎレイノルト様が生活をしていた屋敷へと向かうことにした。
殿下は普段から髪色を隠していることもあるので、目立つことはない。フードを被ってしまうと却って視線を集めるので、ローブは着ないことにした。
出発直前、私はオルディオ殿下に最後の確認を行った。
「忘れ物はないですか?」
「はい……私は騎士ですから。剣さえあれば十分です」
「素敵なお心ですね」
「……ありがとうございます」
ぎゅっと剣を握る姿からは、彼が騎士として歩んだ時間を感じさせるほど切実な思いが見えた。
「……気を付けてください。シグノアス公爵の刺客がいる可能性が高いので」
「レティシア、傍を離れないでください」
「はい」
ぎゅっとレイノルト様の手を取りながら、せめて足手まといにならないようにと決意して、隠れ家からトランの街へと戻るのだった。
先程と変わらず、街は人でにぎわっており、不穏な空気は一切感じていなかった。
私とレイノルト様が並んで先行する形で、後ろをそっとオルディオ殿下が歩く形で移動していた。
レイノルト様が振り向かずにオルディオ殿下に尋ねた。
「トランの地の他の騎士は、今何を?」
「今までと変わらずトランの地を守っています。私とイノは休職願いを出しました。……私はオルディオという名前を隠していた訳ではないので、社交界に関わりのある騎士なら色々と察している部分はあるでしょう」
ひとまずトランの地には平和が続いていると殿下は述べた。
「答えられる範囲で構わないのですが」
「はい」
「勝つために動いていると。具体的には何をなさっているのですか」
シグノアス公爵やオルディオ殿下などの名前は出さずに、周囲を警戒しながらも私は疑問を尋ねた。
「……手紙にはなるのですが、味方をしていただけそうな方に連絡を取りました。その方と、少し交渉している最中で。実は接触する予定だったのですが、向こうにもシグノアス公爵家の偵察がついているようで上手くいかなくて」
必ず味方になる人。
その上で、オルディオ殿下が頼み込む形ではなく交渉の形を取るということは、少なくとも対等な立場になると予想できた。
(シグノアス公爵が警戒する相手……それは一人しかいない)
交渉相手が誰か予想がつくと、今度はレイノルト様がオルディオ殿下に提案をした。
「その問題、もしかしたら解決できるかもしれません」
「本当ですか」
「はい。詳しくは屋敷に着いてからお話を」
「お願いします……!」
交渉相手――恐らくフェルクス大公子と連携が取れれば、状況を覆してシグノアス公爵を追い詰めることが可能になって来るだろう。
問題は山積みではあるものの、解決策がしっかりとあるためにそこまで不安は抱いていなかった。
少しの間歩き続けると、見覚えのある道が見えてきた。
「……傍を離れないでください。囲まれたようです」
「!」
「後方に四名……前方には二名、ですか」
オルディオ殿下が人数まで察知したところで、刺客は姿を現した。
「お前はトランの騎士だな」
「…………」
「トランの騎士――イノ、だな? オルディオ殿下を知っているだろう」
その問いかけには誰も答えることはなかった。
「大人しく着いてこい。そうすれば、残りの二人に危害は加えない」
刺客とオルディオ殿下が対峙している中、レイノルト様はそっと何かを取り出した。
「……出発前に、兄様から渡されていたんです。いい目くらましになるかと」
「それは……!」
(マッドサイエンティストの証だ……!)
取り出したもの、それは懐かしの発煙筒だった。
レイノルト様はにこりと微笑むと、オルディオ殿下に動きを簡潔に説明する。
発煙筒のわからない殿下だったが、それでもこくりと頷いた。
私達は刺客を撒くために、動き出す。
レイノルト様は穏やかな口調で声を発した刺客に返答をしながら、発煙筒の栓を引く。
「残念ながら私はイノではなく、トランの騎士ではありませんよ」
「お前ではーー」
「それは失礼」
刺客の言葉を最後まで聞かずに、レイノルト様は発煙筒をポンっと後方四人に目掛けて投げた。その瞬間、煙が刺客四人を覆った。
「なんだ⁉」
それと同時に、オルディオ殿下は前方の刺客二名を相手取り、素早く気絶をさせた。
「失礼しますね……!」
「‼」
逃げる準備をしていた私だったが、勢いよくレイノルト様に抱きかかえられ、そのままオルディオ殿下と並走する形となった。
さすがにこのまま屋敷に逃げ込むわけにも行かないので、屋敷近くの街に逃げ込むことにした。適当に入ったお店だったが、偶然にもレイノルト様には記憶にある場所だった。
なんでも、リトスさんと緑茶普及のために交渉をしたレストランだった。
「……恐らく店に入った姿は見られているかと」
「えぇ、そうだと思います」
「……ここに滞在していても、結局はつけられるでしょうね」
「……ひとまず、店主に協力を依頼します。裏口から出られるかもしれませんから」
そう話すと、レイノルト様はそっとかつらを取った。近くの従業員に自己紹介をして店主へ会えるように取次を頼んだ。幸いにも、髪色と圧倒的な雰囲気のおかげで疑われることはなかった。
取次は上手くいき、すぐに店主の男性が奥から出てきた。
「これはこれは大公殿下! ようこそいらっしゃいました」
「お久しぶりです。急な訪問をしてしまい大変申し訳ございません」
「急だなんてそんな。ちょうど話始めたところなのですよ」
「……話始めたところ?」
レイノルト様が、理解が追い付かない様子で聞き返したところで、聞き覚えのある頼もしい声が私達のもとに届いた。
「レイノルト?」
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