第311話 失恋と違和感(オルディオ視点)


 昨日は更新できずに大変申し訳ございませんでした。こちら昨日分の更新となります。よろしくお願いいたします。


▽▼▽▼


 生きることを決めた。といっても、兄を差し置いて国王になりたいと思っているわけではなかった。


 母と真っ正面から戦うのは不可能だ。そう判断すると、俺は父に頼んで騎士の道に進むことにした。


 騎士の道を選んだのは、単純に強くなりたかったから。今度ベアトリスという名前の少女に会った時、胸を張れる自分でいたかった。


 何よりも戦うことを決めた彼女を、自分は守れるようにと。


(……俺の前では、戦わなくてもいいように)


 力強く芽生えた意思を成し遂げるためには、きっと何年もの鍛練が必要だろう。それでも構わない。生きる意味をくれた君のためにこそ、俺は生きたいと思ったから。


 騎士になるために剣を握った。


 思ったよりも才能があるようで、王国騎士団長にはよく褒められていた。


 自分の希望で母から離れると、心情の負担はかなり軽減された。わざわざ自分から接しにくるような人でもないので、顔を合わせなければ平穏な一日になった。


(……まだだ。もっと強くならないと)


 彼女を守るために。


 その一心で剣を振り続けたーー。





 そして、あの出会いから数年が経った。


 あれ以来、木の下に彼女が現れることはなかった。約束をしたわけではなかった上に、向こうからすれば俺の顔も名前も知らない。


 会うためには、彼女を自分から探すしかなかった。そのために、大嫌いな社交界にこっそり潜入し始めた。


 社交界が嫌いな理由。


 まず第一に、母と会う機会になるから。

 それよりも嫌なのは、継承権を放棄した王子として好奇の目で見られることだった。


 でも、彼女にもう一度会うためなら。


 社交界に出ることも苦ではなかった。とはいえ、無駄な労力を削らないために、参加するパーティーは母のいないものを選び、気配を最大限消して参加した。


(……鍛えた意味があったな)


 騎士として鍛練を重ねる内に、気配の出し方や消し方も身に付けていた。意外なところにも役に立つことを知る度に、努力を続けてよかったと思った。


(……彼女は参加しているだろうか)


 あの後、貴族名鑑から探したベアトリスという名前は、エルノーチェ公爵家の長女として記されていた。


(エルノーチェ公爵家……)


 残念なことに、名前を知っていても顔まではわからない。記憶にある声も、きっと成長して変わっていることだろう。俺の中にはあくまでも想像上のベアトリスしかいなかった。


(……聞き込めるならそうしたいが)


 長い間社交界に出なかった故に、家族以外の顔がわからない上にほとんどの人と親交がない。どこの誰ともわからない人物の質問に答える貴族はそういないだろう。


(…………どこだ)

 

 会場中を見渡していると、唯一顔のわかる人物が華やかに登場した。


(エドモンド兄様)


 婚約者がまだ決まっていない兄に、多くのご令嬢がこれでもかというほど群がる。


(…………まさか、彼女もあそこに?)


 どうかいないでほしい。そう反射的に思ってしまった。

 不安になりながらも顔が目視できて声が聞こえる距離まで近付いた。


「おどきになって? エドモンド殿下と婚約するのは私よ?」


 一人の令嬢の声が響いた。


 その声だけ、やけに自分の耳に鮮明に届いた。声の主を探そうと一人一人の令嬢を見ていく間に、最悪の事実を知ることになる。


「えぇっ? エドモンド殿下と婚約するのは、別にお姉様でなくてもいいと思うんです」

「お黙りなさいリリアンヌ」

「ベ、ベアトリスお姉様もリリアンヌお姉様もおやめください……!」


 ベアトリス。その名前が聞こえた。


(リリアンヌ……その名前は確か彼女の妹の名前だ)


 間違いなく、今名前を呼ばれた“ベアトリス”が彼女だろう。


「……ベアトリス様、相変わらずね」

「えぇ。ご自分こそ婚約者にふさわしいと思っているのよ」


 周囲のご令嬢からもその名前が聞こえる。そして、やっとの思いでベアトリスという名の少女を見つけ出した。彼女は、周囲の牽制しながら自分こそ王子妃にふさわしいという態度を取り続けていた。

 妹さえも眼中にないようで、あしらう姿は深く脳裏に刻まれた。


「いいこと? 私こそが殿下の婚約者ににふさわしいのよ」


 その発言を聞いた瞬間、俺は絶望の底に叩き落された。


(……あぁ、どうして彼女がベアトリスなんだ)


 彼女の態度や姿に失望したわけではない。

 ただ一つ、ベアトリスがエドモンドの婚約者の座を望んでいたことが、受け入れがたい事実だったのだ。


(……そんな)


 そこから去ることができすに立ち尽くしてたが、彼女は終始一貫しており気持ちが変わることはなかった。




 会場からふらふらと外に出る。


(ベアトリスが、兄様の隣を……王子妃を望んでいるだなんて)


 王子妃。


 それは、継承権を放棄し無価値な王子となった自分にはどうすることもできないものだった。けれども考えてみればわかる。彼女は公爵令嬢だ。それならば、地位の高い男性を求めるのは当然だろう。


(……俺は、失恋したのか)


 今更継承権を取り戻すことはできない。


 覆せない現実に、胸が苦しくなった。


(……それにしても、あの頃と随分変わってしまった)


 まるで同一人物には見えなかった。それは俺にとって、強烈な違和感をもたらした。


(まさか…………まだ君は、戦い続けているのか?)


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