第312話 歩むべき道(オルディオ視点)


 ベアトリスが王子妃を本気で狙っているのかは本人に聞いたわけではないので、結論付けることはできない。ただ、今の彼女には理由があってその座を欲しているというように考えることにした。


(もしかしたら王子妃に本当になりたいのかもしれないが)


 そうだとしても、しなくても。


 俺ができることは、ひたすら剣の実力を身につけることだった。それが彼女に繋がるかと言えば、そうだとは断言できない。それでも、一度始めたこの道を究めることが、俺にとっての戦い方だった。


(……いつか、母様やシグノアス公爵に命を狙われることになっても簡単にやられないように)


 継承権はなくなったといえ、この身に流れる血は王家の血なのだ。死ぬまで何が起こるかはわからない。現に、兄であるエドモンドはそこまで王としての資質が高くないという話を聞き始めた。


 従弟のリカルドの方がよほどふさわしいという話を耳にする機会が少しずつ増えてきた。

 俺自身は王位継承権を勝手に放棄された身ではあるものの、変わらず国王になる意思はなかった。剣を振り続けたこともあって、王位継承問題の場にオルディオという名前が出ることはなかった。


「それにしても本当に王位に興味ないんですか?」

「しつこいぞ、イノ。今も昔もなりたいとは一度も思ったことはない」


 イノ。彼は俺の腹心かつ影武者を務めていた人物。顔はそこそこ似ているが、長く付き合いのある人からすれば別人と判断できる。俺たちは何よりも背格好が似ていたのだが、成長した今でも不思議なほどに後姿は似たままだった。


 継承権を放棄してから命の危険が薄まったので、任務を解くことにしたのだが、本人はなにせ俺に拾われたこともあって帰る場所がない。イノから告げられたには「いや、責任取ってください。俺に帰る家なんてありませんから」と真面目な顔で言われてしまった。


 結果として、王立騎士団に共に所属して鍛錬を積む日々を過ごしているのだった。


「あの方が王子妃になりたいなら、殿下が王子として権利を主張すればいいじゃないですか。そしたらお互いの願いをかなえられますよ」


 イノの言うあの方とは、彼女――ベアトリスのことだった。


「それが願いとは限らないだろう。それに、彼女が本気で王子妃になりたいなら俺は応援するだけだ」

「……なんだか思考が騎士らしくなってきましたね」

「悪いか」

「いえ。ただ諦めるのはもったいないなぁと。何せ殿下の今を作った人ですから」

「……それだけで十分だよ」


 生きる意味をくれた人。確かに恋心がない訳ではないが、願うのはただ一つ、彼女の幸せだった。


「殿下がそれでいいならいですけど」

「……お前こそどうなんだ。いい加減将来の伴侶でもみつけてこい」

「いやいやいや! 俺まだ十八ですよ!」

「もう十八だろう。貴族なら婚約者がいてもおかしくない年齢だ。平民の結婚も早ければこの歳らしいぞ」

「それを殿下が言わないでくださいよ……同い年でしょう」


 イノの苦笑いを聞きながら、その日も鍛錬を続けるのだった。




 それから二年後。二十歳になる直前に、騎士団長から提案があった。


「オルディオ様。良ければトランの地の騎士になりませんか」


 トラン。それは王都からはかなり離れた地域だった。


「それは派遣ということですか?」

「もちろん、オルディオ様が望むのであればいつでも戻って来ていただいて構いません」


 騎士団長がこう提案するのには心当たりがあった。それは、最近エドモンドの評価が下がる一方で、母の機嫌がすこぶる悪いのを知っているからだった。致命的なのは、エドモンド自身が自分を優秀だと勘違いしていることであり、国王としての資質があまりない様子だった。


 それに比べてリカルドは、年々知識を蓄え、外交をこなしており、国王としての資質は十分にあるという状態で、事情を知るものからすれば誰が次期国王にふさわしいか明らかだった。


(最近、さらに王城の空気が悪くなっているからな)


 空気が悪化したきっかけは、王妃である母が国王である父に次期国王の答えを求めたことだった。


 話によれば、次期国王はエドモンドで間違いないという王妃の発言に対して、国王がそれはまだわからない、不確かなことだと反論したようだ。


 元々後ろ盾が必要な父が、シグノアス公爵の娘である母を娶ったわけで、父もシグノアス公爵の目を昔は気にしていた。しかし、時が流れて父を支持する声が増えて地盤が安定してきた今、恐れる必要は無くなったのだった。


 十五歳くらいの時に、一度だけ謝られたことがある。守れなくてすまない、と。


 決して交流の多かった親子ではなかったものの、騎士団での成長ぶりはよく聞いていたと言ってくれた。俺はそれだけで十分だった。その時俺から父に言えたのは一言だけ。


「俺は何があっても父様の味方です」


 そう伝えれば、微笑んでくれたものの、申し訳なさは少しも消えていなかった。


 今に至るまで、父を恨んだことは一度もない、彼が国王として難しい立場にいたことは幼いながらにわかっていたから。少しだけでも気にかけ続けてくれる、それだけで十分だったのだ。


 そんな父のことを思い出しながら騎士団長に尋ねる。


「もしかして、この一件は陛下が?」

「…………はい。変に巻き込まれるより先に、騎士として立場を確立させた方が良いと」


(……その通りだな)


 さすが賢王と呼ばれるだけ会って、その考えは至極真っ当なものだった。


「……わかりました。トランに行きます」


 父の意図が理解できたからこそ、その提案を受けることにしたのだった。


(……彼女を見れなくなるのは少し寂しいな)


 ほんの少し、寂しさを胸に秘めながら、俺はイノと共に王城を後にするのだった。


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