第307話 経験は活かすもの
影武者を使っているにしても、この仮定が成立しないとしても、言える事実として、仮面の男性はオル様ではなかったということ。
となれば、オル様はあの会場にはおらずに別のどこかにいることになるのだ。
「確かに……今どこにいるのかしら」
「事実だけを繋げても、オル様はシグノアス公爵邸にいない可能性が高いはずです。となればやはり、どこかに身を潜めているのではないでしょうか」
「でもどこにいるんだ……?」
カルセインの言葉を最後に、私達に沈黙が流れた。
影武者がシグノアス公爵に第二王子として連れていかれた以上、オル様がいる場所はどこなのか。各々が考える場所を口に出した。
「……目をかいくぐって国王陛下の元にいる可能性はあるでしょうか?」
「どうでしょう……今王城内も誰がシグノアス公爵派で、誰がフェルクス大公子派かわからない状況なので、帰るのはリスクを伴うと思います」
レイノルト様の考えには、王城の様子をよく知るカルセインが答えた。
「もしかして、どこかの貴族にお世話になっているのかしら」
「姉様、それは考えにくいのではないでしょうか。匿うということは、オル様の身元を知る人物ですよね。今の状況でシグノアス公爵に下手に目をつけられることは避ける可能性が」
「その通りね……」
王城にいる可能性も低い。誰かに匿ってもらっている可能性も無いに等しい。それならオル様は一体どこへ?
(……もしかして、どこにも行っていない可能性はないのかしら)
さすがにそれは危機感が無さすぎるとしても。ベアトリスに会えることに賭けて、一度くらいはベアトリスに会った場所に出没したことがあるのではないだろうか。
「…………聞き込み調査が有効なのではないですか?」
「どういうこと、レティシア」
「オル様はある地域の騎士をされていたんですよね。それなら仮面の男性以外にも同僚がいるはずです。お姉様と共に過ごした場所には、手がかりが残っている可能性が」
「「!!」」
「レティシア、素晴らしい思考ですね」
「ありがとうございます」
考えても答えは出るはずがないのだ。全ては推測の域を越えないから。そういう意味で自分の考えを述べた。
「レティシアの言う通りだな。確かに、手掛かりはそこにしか残されてない。」
「それに、シグノアス公爵が何も知らずにいれば調べる理由もないから、あそこは触れられていないかもしれないわ」
「調査する意味は十分ありますね」
まさかここまで共感されるとは思わなかったので、少し嬉しくなってしまった。
「…………調査、しましょう」
満場一致で、調査が一番有効な手立てという結論が出た。
「どう行いますか。……さすがにモルトン卿などの我々に味方をしている騎士を使うのは厳しいかもしれません」
「そうよね」
(エリンに頼むにも、ここに戻ってくるのは少し時間がかかるからな……)
エルノーチェ公爵家にはリーンベルク大公家のような、調査をできる使用人はいない。あくまでも彼らは普通の使用人なのだ。
「この屋敷で目立たずに行動できる方法は……」
(目立たずに行動する……)
ベアトリスのその言葉で、私はかつての自分の行動を思い出した。
「……お姉様。私、それ昔やっていました。ずっと」
「え?」
「目立たずに行動をレティシアが?」
「はい。お姉様にもお兄様にも内緒で、働いておりましたのを覚えていますか?
「「!」」
それはかつての話。
この家を出て行くために、食堂で働いていた時期もあった。その際は、もちろん家族にも使用人にも気が付かれないように、徹底的に変装をしていた。
「今でも変装道具は私の部屋に残っております」
「でも……それはレティシアが行くと言う事よね。駄目よ、危険だわ」
「ですが、変装した姿は自称門番と護衛の方々にはわからないと思います。それに、裏口には人は少ないはずです。隙を突けばいけます」
何せあの頃は頻繫に出勤していた。それ故に、屋敷から静かに脱出する方法は心得ているのだ。
「……」
しかしベアトリスは危険な状況下ということで許可を出さずにいた。その心情はカルセインも同じようだった。
「レティシア、貴女に危ない真似はさせられません」
「レイノルト様」
「ですので、私が行って参ります。来訪して日が浅い私も、格好を変えれば彼らに気が付かれずに裏口から出られるでしょう」
「! だ、駄目です! お一人で行くだなんて!」
「適材適所のはずです。それに、いざとなれば帝国の大公という肩書があります。」
「それは……」
レイノルト様の言いたいこともわかる。だけど、この切迫した状況下で離れるなんてことは考えたくなかった。
「それでも嫌です。行くならば二人一緒に行きましょう」
「レティシア……」
「それに、お一人だと却って目立ちます。私と一緒ならただのデートになるはずです」
「……一理ありますね」
それなら気にせずに正面限から出るべきかもしれない。しかし、あそこには厄介な門番がいる。彼らは間違いなくシグノアス公爵の息がかかった人物たちだ。
まだオル様という存在に彼らが気付いていないのなら、尾行などはされないようにしたい。
「なのでレイノルト様。調査と称したデートを私としましょう。お姉様もお兄様もそれなら良いですよね……⁉」
レイノルト様と離れたくない一心で、私は少しだけ感情的に二人に訴えることになるのだった。
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