第306話 浮上した可能性(ベアトリス視点)

 第二王子と会ったこと。そうレティシアに言われても、正直何一つ思い当たる記憶はなかった。殿下は社交界に顔を出さなかったため、会ったとすれば幼少期になるだろう。

 この仮定から自身の幼少期の記憶をたどるものの、正直良い記憶は一つもなかった。


(幼少期……あの頃は、リリアンヌを、弟妹を守ろうと必死だったから)


 思い返せば、私が母と戦い始めたのは随分早い時期だった。


「……もし出会っていたとしても、私はきっと良い子には映らなかったはずよ。あの頃は酷く傲慢でわがままな子どもとして振舞っていたから」

「あ……」

「気にしないでレティシア。もう終わった話だから。……けれど、それなら彼が“オル”と名乗ったことが尚更不思議になって来るわよね」


 名乗った理由はやはりどう考えても、レティシアの最初の考えがしっくり来てしまった。


「……私が忘れてしまっているのかもしれないわ」

「それか、単純に一目惚れという線もありますよね。私がレティシアにそうだったように」

「レ、レイノルト様」


 自分に話が来ると思わなかったレティシアは、少し恥ずかしそうにしていた。


「一目惚れ、ですか」

「嘘みたいな話かもしれませんが、意外と無縁だと思う人ほど起こる可能性があります。私が例ですね」

「なるほど……」

「十分にあり得ます。姉様はお美しいですから」

「確かに。お姉様の美貌なら一目惚れも十分あり得ますね」


 カルセインに続きレティシアにまで容姿を褒められて恥ずかしくなるが、苦笑いでそれをごまかした。


「……取り敢えず、オル様を第二王子として一度話を進めましょう」

「そうですね……!」


 力強く頷くレティシアは、私以上にこの話を真剣に取り組んでいるような気がした。


「まず上がって来る疑問としては、シグノアス公爵は何故第二王子殿下ではない人間を第二王子としているのか、よね」


 自分で疑問を口にしておきながら、あまりしっくりとは来ていなかった。考え始めると、カルセインがゆっくりと仮説を唱え始めた。


「姉様……もしかしたらシグノアス公爵も第二王子殿下の顔がわからないとい

うことはありませんか?」

「え?」

「第二王子殿下は長らく社交界から姿を消し、王城にも訪れることがなかった人物です。現に私達は一度もお会いしていません。王太子が決まるあの場にも、姿を現すことはありませんでした。……この状況は、シグノアス公爵も同じでは?」


 確かにその通りだ。今まで第二王子殿下は、どんな場所にも姿を現すことはなかった。


「でも……シグノアス公爵は彼の伯父よ?」

「……伯父でも、関わることが必ずしも多いとは限りません。ましてや王妃様はエドモンド殿下を国王にする気だったのなら、伯父であるシグノアス公爵も同じ考えだったと考えられます。それなら、第二王子殿下に接触する理由はありませんよね」

「あ……」

 

 そうだ。エドモンド殿下がキャサリンを選び、彼に資質のなさが露呈するという想定外のことが起きるまでは、エドモンド殿下は王位継承権第一位の立場だった。


「なるほど、影武者という可能性があるということですか」


 そう口を開いたのはレイノルト様だった。


「はい。影武者はある程度容姿を似せていますよね。もし面識の少なかったとすれば、シグノアス公爵でも騙せるのではないかと」

「一理ありますね」

「影武者……」

「姉様。仮面の第二王子殿下は、オル様とはどれだけ身長が違っていたのですか?」

「……そこまで大きく変わっていないと思う。背格好も、よく似ていたから」


 言われてみれば、仮面の男はオル様と違う部分もあったが、似ている部分も多くあった。


「でも、王位継承権を放棄した者に影武者何て必要なのかしら……」

「必要な可能性はありますね」


 私の独り言に反応したレイノルト様が、ご自身の体験を語ってくれた。


「帝国での王子は私と兄の二人でした。私は早々に継承権を放棄して、兄に継いでもらう気しかなかったのですが、外野はそうではありません。敵対派閥やそれぞれの目指すものが違えば、子どもの意思とは別に支持する人間は必ず出てきます」


 全ては自らの欲のために。レイノルト様はそう付け加えた。


「となると、兄の派閥の人間からは私が邪魔になることもあります。逆も然りですね。ですので、どちらかが即位するまでは完全な平穏というものは存在しないと言えます。王国のエドモンド殿下とオルディオ殿下にも同じことが言えるのではないでしょうか」


 聞けばレイノルト様と兄である皇帝陛下は兄弟仲が良好だったにもかかわらず、命の危険を払拭することはできなかったようだ。


「なので、影武者の可能性は大いにあり得るかと」


 やはり同じ王子だった立場の者の言うことは説得力が違う。カルセインの仮説が、現実味をかなり帯びてきた。


「…………一つ気になるのですが」

「どうしたの、レティシア」


 そこまで黙っていたレティシアが、真面目な表情で重要な疑問を放った。


「影武者の説が本当だとしてもしなくても、今オル様はどこにいらっしゃるのでしょうか」






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