第308話 調査という名のデート

 

 私が一度も譲らなかったことから、二人で調査を行くことに決まった。早く動いた方がいいという判断から、早速翌日に出発することにした。


(……シアの格好は久しぶりね)


 それはかつて食堂で働いていた格好。かつらをかぶり、地味目な雰囲気を出す。これで万が一屋敷外で護衛騎士に遭遇しても、気が付かれない可能性が高い。


 支度が終わりレイノルト様と合流する。


「レティシアーーいえ、シアとお呼びする方が正しいですかね?」

「では私もレイと」


 差し出された手を取りながら、私達は使用人が出入りする出口から裏口へと向かった。変装が功を奏したのか、特に目を付けられることもなく、見つかることもなくエルノーチェ公爵邸から出ることに成功した。


 しばらくは私先導の元、食堂のある道まで進んだ。幸いにもベアトリスがオル様と出会っていた場所は、食堂のある場所からそこまで離れていなかったので、徒歩がきつくない距離だった。


「……意外です」

「意外、ですか?」

「はい。……その、私が譲らなかったこともあるのですが、調査を承諾してもらえるとは」

「……調査なんですか?」

「え? ……あっ。いえ、デートです」

「ふふ。デートなら断る理由がありませんから」

(子どものような言い訳だったけど……)


 レイノルト様の優しさになんだか申し訳なさを感じてしまった。


「それに、滅多にないレティシアのお願いです。叶えなくては」

「あ……」

(……は、恥ずかしい)


 子どものような言い訳だけではなく、子どものようなわがまままでしていたことに気が付き、ぎゅっと目を閉じてしまった。


「……レティシア。私からも一つお願いが」

「?」

「そのような顔は私以外には見せないでくださいね」


 そう微笑みかける笑顔は甘く優しいもので、自然と私の頬が少しだけ赤くなってしまった。


「レイノルト様もですよ」

「……訂正します。表情だけでなく、言葉もですね」

「!」


 手を離したかと思えば、そっと腰に触れて自分の方に引き付けた。


「せっかくのデートです。もう少し近付きましょう?」

「ど、どうして急に」

「レティシアの顔が見えるのは私だけで十分ですから」

「ち、近すぎると逆に見えないのではないですか?」

「いえ。凄く良く見えますよ」


 いきなり縮んだ距離に、頬の色はより赤くなってしまった。動揺しながらもとにかく目的地へと向かっていた。


「……あまりデートにはふさわしくない話題になるのですが」

「構いませんよ。レティシアと話せるのなら、どんな話題でも歓迎です」


 周囲の目を気にしつつも、周りに聞こえないような声の大きさで話していた。にもかかわらず、近付いたからか声が今までより鮮明に届いていた。


「昨日の夜会で……仮面の男性の心の声を聞いたんですよね」

「えぇ。……彼の心の声からわかることは、仮面の男性は第二王子でないこと。そしてほとんど間違いなくオル様は第二王子だという二点ですね」

「やはり第二王子……」

「はい。そして影武者という推測も正しいと思います。ベアトリス嬢が近付いて仮面の男性に問いかけた場面がありますよね」

「はい」


 それは身長を確認した場面のこと。


「あの時、彼は“どうか貴女様の安全のためにお許しください”と」

「……事情を知るオル様とお姉様の関係を知る影武者、ということですね」

「その線が濃厚かと」


 それならベアトリスの為にも、今日の調査はより力を入れないといけない。


「……昨日一つ疑問を感じたことが」

「疑問、ですか?」

「はい。何故仮面をつけていたのか、ということです」

「……体調不良ではないのですか?」

「完全に否定はできませんが、その理由は好ましくないですよね。体調不良ならばそもそも社交場に出てくるべきではありません。私は個人的に心を覗いていなくても、あれは失言だったと思いますよ。取ってつけたような言い訳ですよね」

(た、確かに……!)


 綺麗な笑顔で述べられる意見は、説得力の高いものだった。


「昨日のシグノアス公爵の心情は特に言うほどでもないものでした。仮面に触れられた時も、外すなと願うのみで」

「……逆に言えば、それだけ仮面を重要視していたということですね」

「そうなりますね」


 調査でもあるからか、あまり甘い雰囲気にはならずに真剣な話へと移っていった。

 気が付けば目的地に到着していた。


「……ここがベアトリス嬢が訪れていたケーキ屋ですかね?」

「だと思います。プティング、ですので合っているかと」


 ベアトリスが偽名を作るのに借りたケーキ屋を見つけて近づくと、レイノルト様は辺りを見渡した。


「騎士らしき人はあまりいないようですが……さすがに今の状況で騎士の格好は目立ちますかね?」

「可能性は高いですね。オル様が所属する騎士団がどう動いているかはわかりませんが」

「……その騎士団と会えると良いのですが」

「探してみましょう」


 着々と調査の方向を進めていくうちに、私は突然肩に触れられた。


「プティ様……!」

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