第297話 可愛い婚約者様
ベアトリスの本音を聞き出すことができた。しばらくして戻って来たカルセインからは「参加することを前提に会議をしましょう」という結論が返って来た。返事には私とレイノルト様も参加させて欲しいという旨を伝え、暗にそうしなければ参加しないという意味も込めておいたとカルセインが語った。
シグノアス公爵邸での立ち振る舞いや配備等、できる限りの情報を共有している間にあっという間に時間が過ぎてしまった。気が付けば夕日が沈み始め、そろそろ解散しようということになった。レイノルト様と二人先に外に出ると、レイノルト様が嬉しそうに今夜について報告してくれた。
「レティシア、実は今日エルノーチェ公爵邸に泊まっていかないかとカルセイン殿からお誘いを頂きまして」
「そうなんですね」
(それにしても笑顔だ……何か良いことでもあったみたいに)
自分が笑顔だとは思ってもみなかったのか、レイノルト様は少し驚きながら自分の頬に触れていた。
(可愛い!)
「か、かわ……」
その不意の仕草が反則級に可愛らしくて夢中になって見入ってしまった。じっと見つめていれば、レイノルト様は苦笑いを浮かべた。
「レ、レティシア……可愛いのはちょっと」
「本当に可愛かったので。そんなレイノルト様も好きです」
「レ、レティシア! ……扉の向こうに一応ご家族が」
(そういうの気にされるんですね)
「当たり前です……」
恥ずかしそうな顔をしながらレイノルト様は私の手を引いて扉からそっと離れるように歩き出した。
「レイノルト様、良いことについて詳しく聞いてもいいですか?」
「実は最初は断ろうと思っていたんです。一応王国には来訪用の屋敷があるので」
「私が行ったことのある場所ですね」
「そうです」
婚約を申し込まれた思い出の場所でもある。
「その雰囲気をカルセイン殿が察してくださったようで“家族なのだから遠慮しないで欲しい”と」
(私の知らないところでレイノルト様とお兄様の仲が深まってる!)
「レティシアもそう思いますか?」
(そう思います!)
「良かった、勘違いでなくて」
(……何だろう。今日凄くレイノルト様が可愛ーーレアだ!)
恐らく無意識なのだろうが、照れて自然と微笑むレイノルト様は滅多に見られない姿だった。可愛いはどうやら遠慮気味だったので、他の言葉でなんとか誤魔化した。
「レ、レティシア」
「すみません。ご不快でしたら聞き流してください」
「レア、は可愛いという意味ですか?」
「え? い、いえ。稀少という意味ですね」
「それなら……」
口にも心にも出さなかったが、正直可愛いという言葉を気にするレイノルト様自体が可愛いと思ってしまったのは本人には絶対に言えない。それを笑顔で誤魔化しながら話を戻した。
「では今日はここに泊まるんですね」
「はい、ありがたく泊まらせていただきます」
「使う部屋には案内されましたか?」
「今、急遽整えてもらっています」
「そうなんですね」
思えばこうして実家の中を二人で歩くのは初めてだなと感じると、私は思いついたように提案をした。
「レイノルト様、よろしければエルノーチェ公爵邸をご案内させていただいても?」
「よいのですか? 是非ともよろしくお願いします」
「行きましょう!」
嬉しくなりながら、私はレイノルト様の手を引いて進み始めた。
「大公城に比べれば大きくない屋敷ですが、屋敷内の温かさや賑やかさなら良い勝負かと」
「大公城は無駄に広いですからね……」
「内装も外装も綺麗で、私は凄く好きですよ」
「そうですか?」
「はい。前世の記憶を持ち出すと、あのような大きなお城で過ごしてみるというのが不可能な世界だったので。憧れも相まって、大公城は私からすれば非常に魅力的です」
「……………レティシアの方が可愛いじゃないですか」
「え?」
まさかそんな言葉が返ってくるとは思わなかったので、きょとんとしながら立ち止まってしまった。
「……憧れだなんて。そんなに嬉しい言葉を頂けるとは思いませんでした」
「そうなんですか?」
「はい。……あの大公城をそこまで深く考えたことがなかったので。レティシアのおかげで好きになました」
今まではあの大きな大公城にレイノルト様は一人でいたのかと考えると、確かに寂しいだろうなと感じてしまった。少し考えてから、レイノルト様の方を見つめた。
「今となっては私の帰る場所であり、レイノルト様と一緒に帰らなくてはならない場所ですね」
「!」
「レイノルト様、無事に帰りましょうね?」
「……………大好きです」
「大公城がですか?」
「レティシアが、です」
「ふふっ」
わかっていて尋ねたが、改めて聞くと嬉しくてにやけてしまった。
「どうして私の妻はこんなに可愛いのでしょう」
「お互い様です」
「……かっこよくなれるよう努めますね」
「それは十分ですよ。レイノルト様は既にかっこいい、そのものですから」
「……では向上を目指します」
「可愛いはやはりお嫌ですか?」
「できれば」
「ふふっ、わかりました」
久しぶりに二人で穏やかな時間を過ごしながら、屋敷の案内を進めるのだった。
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