第296話 大公邸に届いた話(リリアンヌ視点)
第二王子が現れてからフェルクス大公邸に避難した私だったが、自由に行動できないこともあり鬱々とした日々を送っていた。
(お姉様とお兄様には会えないし、帝国から戻って来るレティシアにも会えない)
大好きな兄妹に会えないことはかなりのストレスになっていた。それに加えて最近はリカルドが頻繁に外出している上に、問題解決のために動いているためリカルドにさえ会えていなかった。それも私の心の余裕を失くしていた。
(……どうかリカルドが危険な目にあいませんように)
毎日そう祈る日々で、私の心が落ち着く暇はなかった。婚約者の家ということもあって、何不自由のない生活ではあったものの、家の中に閉じこもってなければいけない現状に怒りを抱いていた。
紅茶を飲んで落ち着こうとしていると、扉がノックされた。確認しに近付くと、そこにはリカルドの母ーーエスティーナ様が立っていた。
「エスティーナ様!」
「リリーちゃん。今お時間いいかしら?」
「は、はい。もちろん」
「良かった! こんなに天気が良いのだから、庭園でお茶でもしない?」
「……是非」
「ふふ、では行きましょう」
大公夫人であり、婚約者の母である彼女は私が大公邸を訪れてからたくさん面倒を見てくれていた。
「リリーちゃん。私のことはお義母様でいいのよ」
「それはまだ」
「まだも何も。二人は絶対に結婚するでしょう?」
「それはそうなのですが」
「それなら呼んでほしいわ」
「うっ……」
この呼び方問題は以前から存在しており、私がフェルクス大公邸を訪問するときには必ずと言っていいほど聞かれていた。長期滞在をし始めた今、名前で呼ばれるのは寂しいというようだった。
「お、お義母様?」
「まぁ! 嬉しいわ! ありがとうリリーちゃん」
(……駄目だわ。エスティーナ様の押しにはこれ以上抵抗できない)
何度もこの可愛らしい女性から頼まれると、断るのにも罪悪感を抱いてしまうというもの。エスティーナ様の言い分も理解できるので、受け入れることにした。
大公邸の庭園はいつ見ても広く、綺麗に整備されている。植えられている花々は大公夫妻二人で決めているという話を初めて聞いた時は驚いた。理由をリカルドに尋ねた時、お互いの好きな花を植えようとしてもめたからということだった。この話だけでも大公夫妻のお互いを想い合う素敵な姿が想像でき、実際二人はとても仲がいい。
「さっ、座ってリリーちゃん」
「失礼します」
お茶会の準備は既にされていたようで、テーブルには紅茶ポットとお茶菓子が綺麗に並んでいた。
「ずっと部屋の中にいるのも息が詰まるでしょう?」
「……はい」
「少しでも気分転換になるとよいのだけど」
「ありがとうございます」
そう答えてはいるものの、心の中はまだどんよりと淀んでいた。
「リリーちゃん。ご実家がふざけた監視をされている上に、門番と称して変な騎士がいる話はリカルドから聞いた?」
「はい。それが理由で大公邸にお邪魔しているので……」
「そうだった、ごめんなさい。でも良い話をさっき聞いたの」
「いえ、大丈夫です。それにしても良い話、ですか?」
「えぇ」
ゆっくり頷くエスティーナ様は、穏やかな眼差しで教えてくれた。
「レティシアちゃんが遂に王国に来たようなのよ」
「レティシアが!」
「驚くのはここからなのよ。門番たち無礼にもレティシアちゃん達を中に入れようとしなかったようで」
「!!」
(なんて無礼な!)
あまりの怒りにバッと立ち上がってしまった。
「お義母様。私今からエルノーチェ公爵家に戻ります。抗議して参ります」
「お、お、落ち着いてちょうだい、リリーちゃん。まだ続きがあるのよ!」
「続き……?」
その言葉を聞いて、一旦足を踏み留めた。
「そう。レティシアちゃんが自分の家であるにもかかわらず、入ることを止められた訳だけど当然レティシアちゃん自身も納得するわけないわよね」
「そう、ですね」
「レティシアちゃんも怒らない訳がなく。でも抗議をしても門番はどこうともしなかった」
「……っ!」
「だけどレティシアちゃんはここからが凄いのよ」
「え?」
「なんとね、どかない門番の説得を諦めたレティシアちゃんは、馬車ごと門に突っ込んだみたいなの!」
「……………え?」
あまりの急な話の展開に思考が停止してしまった。
「驚くわよね。でも本当らしいのよ」
「……………え?」
「エルノーチェ公爵邸にはリカルドの采配で影送っているのだけど、その影の一人が戻ってきて教えてくれたの。証拠に門の一部を持ってきたみたい」
「この一部ではさすがにわかりませんが」
何年も見てきた門でも、さすがにその一部から実家の門かどうかはわからなかった。
「え、待ってください。レティシアが馬車を突っ込ませたんですか?」
「そうなのよ」
「……………ふふっ、ふふふっ」
まさかレティシアがそんな思い切った行動にでるとは。一切予想していなかった出来事に、笑みがこぼれてしまった。
「レティシアが……凄いですね」
「凄いわよね! 」
「はい。久しぶりに笑いました。ありがとうございます、お義母様」
「お礼ならレティシアちゃんに言わないとね」
「そうですね」
全く想像できない馬車による強行突破は、是非生で見てみたいと思うのだった。
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