第286話 考えが読めない騎士(ベアトリス視点)




 

 結局ケーキを運んでもらったが、私はそれで終わりになると思っていたーー。


「終わらなかったんですね?」

「……えぇ、まぁ」


 レティシアが食い気味に、身を乗り出して尋ねる。少し動揺しながらも頷いた。


「そこから恋愛に発展したんですか」

「驚くことに、ね」

「是非続きをお聞かせください」

「そ、そんなに面白い話じゃないわよ。どこにでもありふれた話。最初はそこまでの印象だっまけど、そのうち会うに連れて意外と気があって、話もあって、好意が芽生えただけだもの」

「なんだかたくさん端折られた気がするのですが」


 ジーッと見るレティシアに、困惑の表情を浮かべる。


「今の話だけでは疑問しか残らなくて。騎士の男性に関しては、名前も知らないですよ」

「うっ」

「教えてくださると、私は凄く嬉しいです。……もちろん無理強いはしませんが」


 レティシアの純粋かつ妹らしい眼差しに心打たれ、結局私は折れることになった。


「……後少しだけよ?」

「はい!」


 こうして私は、そのうち会うに連れて、を詳しく語ることにした。



◆◆◆



 家に帰りリリアンヌにケーキを渡せば、お礼と共に不満がセットで返ってきた。


「お姉様……短すぎます」

「な、何が?」

「滞在時間ですよ。移動時間を差し引けば、息抜きに使った外出時間は一時間にもなりませんよね? こんな短い時間では息抜きとは言いません!」

「そ、それは……」


 しまった。時間のことはまるで考えてなかった。人質に取られたケーキを早く解放したい気持ちが急いで、足早の帰宅になってしまった。


「お姉様。明日もどうぞ外出を」

「で、でもねリリアンヌ。私には外出は向いてないみたい。外はなんだか疲れてしまうみたいで」

「それでも家にいることは禁止です。必ずと言っていいほど仕事に手を着けますから」

「うっ」


 何とか家にいられるように理由をいくつか考えてみたが、どれもリリアンヌに論破されてしまった。


(これは……明日も外出しないといけないわね)


 少しもどかしい気持ちになりながらも、ケーキを食べて明日へ備えるのだった。




 翌日。


 リリアンヌから追加で言い渡されたのは、少なくとも移動時間を含めずに三時間は外出してくることだった。外にも休憩できる場所はたくさんある、というのがリリアンヌの主張だった。


(ごもっともなのよねぇ……)


 苦笑いを浮かべながら、昨日訪れた街へ向かった。考え直してみれば、ケーキしか見なかったので、他のお店も見てみようという考えだった。


(今日は長時間歩き回れるように、多少動きやすい格好をしてきたから大丈夫)


 昨日の無計画なドレスに比べれば、貴族らしさは薄れたことだろう。街に到着すると、すぐに溶け込めた気がした。


 城下街ではない、エルノーチェ公爵家からも少し離れた街を選んだ理由は簡単。知り合いに会いたくないから。


(この顔はある意味有名だから、なるべく貴族の少ない街を選んだつもりなのだけど……)


 そこで昨日の出来事を思い出す。


(貴族には会わなかったけど、代わりに問題事に巻き込まれたわね)


 巻き込まれた場所を見つめながら、小さく呟いた。


「……今日は何もありませんように」


 ふうっと息を吐くと、歩き出した。しかし、下を見ていなかったからか、普段あまり外にでていないことが影響したか、足元の小石につまずいてしまった。


「あっ」


 反射的に両手を出して、顔をぶつけるのを回避しようとしたとき、その手を掴んで誰かが引き上げてくれた。


「大丈夫ですか?」

「……あ、ありがとうございます」


 後ろ側に引き寄せられたため、驚きながらも顔を見ずに感謝の声を漏らした。何が起こったか理解するまでに少し間があったものの、どうにか落ち着いて相手の方を向く。


「!!」

(この人昨日の……ってあら? 格好が騎士じゃない……)

「あっ……その、こんにちは……」


 向こうも誰だか気が付いた上に、私の反応が顔に出すぎていたことで戸惑いながら挨拶をしてくれた。


「ごっ……こんにちは」


 ごきげんようと言いかけた所を、どうにか誤魔化して答えた。


「昨日は本当にありがとうございました。後ろ姿をお見かけして、もしかしたらと思っていたらご本人で……驚きました」

「う、後ろ姿……!?」

「はい。とてもお綺麗な髪ですから」


 そう賛辞をくれるが、あまり納得がいかない。その上、彼の言葉には違和感があった。


(……凄い、言葉と表情が一致しない)


 無表情、というには少し違うかもしれないが顔立ちは冷たい印象を受けていた。その上、あまり表情筋が動かないので、何を考えているかまるでわからなかった。


 そして、私がわかったという話に少し疑問に思ってしまう。私と騎士の彼は、昨日少しだけ関わっただけの仲だ。服装だって全く違う。それなのに、気が付く要素がどこにあるのか。


「……そんなに派手でしょうか、この髪色」

「派手だなんて。…………とても素敵だと思いますが」

「!」


 まさかそんな回答が返ってくるとは思わず、不意打ちに驚いてしまった。


「……お、お助けいただき本当にありがとうございました」

「お役に立てて何よりです」


 無理矢理切り替えるようにお礼を告げると、ピシッとしたお辞儀が返ってきた。


「あの……もしよろしければ、お名前をお聞きかせ願いませんか」


 どう答えるべきかわからず、固まってしまった。沈黙が生まれたのをどう解釈したかはわからないが、騎士の方が焦ったように口を開いた。


「あ…………名前を聞くにはまず自分から名乗るべきですよね」


「……申し遅れました。オルと申します」

「私は」


 名乗るべきだ、と言いながら名前を名乗るのに少し間があった。


(……何だろう。いかにもな偽名は)


 違和感しか感じない目の前の男性……オルに自分の名前を教えるのは気が引けた。どうしようかと彼の方を見ながら、視界に入ったものを見ながら咄嗟に答えた。


「プティと申します」


 それは、昨日訪れたケーキ屋プディングから借りたものだった。


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