第284話 長女の息抜き(ベアトリス視点)
心配してくれているレティシアに、順を追って説明しようと思い、少し前までさかのぼって話し始めた。
◆◆◆
公爵代理を務めてから時間が経ち、仕事にも慣れてきた頃。私は妹の一人であるリリアンヌに小言を言われていた。
「お姉様。公爵代理のお仕事をこなしていただけていること、これに関しては感謝しかありませんし頭が上がりません」
「当然のことよ」
「ですが。少々根を詰めすぎです。慣れてきたからといって、仕事を行うにあたって量を増やし何でも取り掛かるのはお止めください」
「でもね、カルセインにこの場を渡すにはもう少し整備がーー」
「そこまで甘やかさなくてよいのです!」
慣れてきた故に、自分にできることは全てやろうという気持ちで取り組んでいたら、それがリリアンヌからは必要以上な仕事量に見えたらしい。
「良いですかお姉様。お兄様は優秀です。宰相を務める程ですから。そのお兄様なら、仕事も両立してこなせます」
リリアンヌが何が言いたいのかはわかる。そろそろ代理の座を降りて、カルセインに渡すべきだという意見だ。
「……もう少し」
「はぁ……お兄様も言っていたでしょう。お姉様が無理をするのは違うと」
「無理ではないわ。……ただ、これ以外することがなくて」
「あります」
「…………ないわ」
仕事以外にすべきこと、といえば私は間違いなく伴侶探しだろう。リリアンヌがそれを心配しているのはよくわかっている。
「色々と言いたいことがありますが、まずは息抜きをしてください」
「……息抜き?」
「はい」
意外な言葉が出てきたのに驚いていると、リリアンヌは顎に手を当てながら続けた。
「そうですね……公爵家にいると仕事ができてしまいますから。外出してください」
「え?」
「図書室で休もうと、自室で休もうと、気が付けば結局いつも書斎に戻って仕事をなさるではありませんか」
「……そうだったかしら」
「とぼけても無駄です。私はしっかりと回数を記録しているのですから」
「……リリアンヌ、他にやることが」
「ないからしているんです」
「うっ」
そうなのだ。
普通なら、フェルクス大公家に嫁ぐ身であり未来の皇后なら教育をしたり準備をするのが普通なのだが、リリアンヌの場合全て完了している。そのため最近は、家で私の監視をするということをやっていたのだ。
「さぁ。たまには外の空気をたくさん吸ってきてください。夜会やお茶会への顔出しでも良いですがーー」
「では行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませ」
最期まで聞かずに遮ったのは、私が社交場に行くのが今一番苦手であることを知っているから。
夜会に出れば、エルノーチェ公爵家唯一の行き遅れで、身分だけ見れば優良物件なのだ。これが原因で、多くの男性から婚約の申し込みを目的とした声をかけられる。これが鬱陶しくて仕方ない。
私欲重視の、しかもエルノーチェ公爵家には利益が何もない結婚などお断りなのだ。
お茶会に行けば、恋愛話を求められてしまう。リリアンヌやレティシアの話をすれば良いと思っていたのに、この予想は大きく外れ、今では何故か私自身に注目が集まってしまっている。
おそらく、代理とはいえ女公爵が珍しいのだとは思う。
(……だからこそ仕事をしていれば気が紛れるのに)
自分でも逃げていることはわかっていた。だがどうすれば良いかまるでわからないのだ。長女として生まれた以上、家のための結婚をするべきなのに、家のためになっている結婚は既に妹二人が行ってしまっている。
動き出すのがあまりにも遅すぎたせいで、分相応な相手は全員もれなく婚約済みなのだ。まだカルセインの方が、多くのご令嬢に囲まれてる辺り希望があるといえるだろう。
(私はどうするべきなのかしら。……もういっそのこと、独身では駄目なの?)
そんな投げ槍な思考になってしまうほど、私は結婚に関してかなり面倒な思いを抱き始めていた。
リリアンヌに言われるまま、町に出た。護衛はリリアンヌの指示で見えない場所から見守っているらしい。
変装をして町を歩き始めると、案外心地よかった。
(……なるほど、これが息抜きね)
思わず口角が上がりながら、きょろきょろと周りを見渡していた。
(そう言えば……最近ドレスも買ってないわね)
装飾店を目にすると、自分でも気が付かなかったことに驚いた。それだけ仕事漬けだったことが、改めて明らかになるとリリアンヌの心配する気持ちがやっとしっかり理解できた気がした。
そう一人気持ちを整理していると、前方から大きな声が聞こえた。
「待てっ!!」
「ははっ、誰が待つか!!」
それは追いかけっこのようだった。
(……物騒ね)
そう他人事のように思っていれば、何故かこちらに追われている男が向かって来た。
「どけ、女!!」
どうやら私が道を塞いでいるようだったが、私はあきれてその男性を見つめた。
(貴方が避ければいいでしょう)
ため息をつきながらそう思うも、自己中心的な男なのかこちらに突撃するように向かってきた。その姿勢に少し怒りがわいたからか、ぶつかりそうになる前にさっと右に避け、足だけ掛けてやった。
「ぎゃあっ!!」
見事に追われていた男は転んだ。
「あら、ごめんなさいね」
心にもない謝罪を、男にこぼしたのだった。
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