第283話 助けを求める手紙(レイノルト視点)




 全ては愛する妻、レティシアのために。


 以前までは妻と言えば、まだ婚約者だと小さな反論が返ってきたがそれもなくなってきていた。それがどれほど嬉しいか、彼女は知らないことだろう。


 元々はレティシアの心配と不安を解消するために王国へと来たわけだが、実はもう一つ理由があった。それは、帝国皇帝である兄からの命もあってのこと。


 話は出発前までさかのぼるーー。


 

◆◆◆


 

 レティシアに王国からの手紙が来たと同時に、俺にも皇帝である兄から登城するように連絡が来ていた。時期的に、王国絡みであることを予想していたが当たるとまでは思っていなかった。


 登城すれば、そこには皇帝皇后揃って出迎えられた。


「……なんだ、レティシア嬢はいないのか」

「残念だな、ライオネル」

「あぁ」


 一人謁見の場に入れば、明らかにため息をつかれた。


「兄様、お呼びしたのは私ですよね?」

「くっ、レティシア嬢も共にと書くべきだったか」

「書かれたとしても、意味もなく連れてきません」

「相変わらずだな。……して、レティシア嬢は元気か?」

「襲撃の一件からは大分回復しました。ですが、新たな問題が彼女を鬱々とさせているようです」

「王国の件、だろう?」

「はい。……その様子だと、ご存知のようですね」


 頷けば、どこか意味深な表情になる兄。


「あぁ。まぁ座ってくれ。今日はその件で話がある」

「それなら私はお暇しよう。元々レティシアが来た場合、連れ出す目的だったからな」

「ありがとうシャーロット」

「あぁ。今度は連れてきてくれ、レイノルト」

「考えておきます」


 苦笑いをされながら、義姉はその場を後にした。その姿を見送りながら、二人向かい合って座る。謁見の場といっても、今日はホールではなく普通に王城の一室を訪問していた。


「王国の王位継承をめぐる問題が再発していることは、私の耳にも届いている」

「……王国に間者がいる話は初耳ですが」

「まさか。レティシア嬢という友好を示す存在がいながら、間者など送っていないさ。私達は敵ではないのでね」


 皇帝である兄の耳まで届く。


 一体どこから経由されてきたのか考え始めた。まずフェルクス大公子はあり得ない。そこまでの交流はないからだ。ならば親であるフェルクス大公かと仮説が浮かぶが、その線は薄い。王国の外交を担っていたのは息子だから。


 となれば、王国にある帝国用の屋敷に在中している執事かと考えるものの、今回のことの重さを考えれば、なかなかに不可能な人物だった。


 そのことから導き出された答えは一つ。


「まさか、セシティスタ国王陛下直々に手紙が?」

「あぁ、正解だ」

「……もしや今回の一件、私が思っているよりも事が深刻なのですか」

「その通りだ」


 頷かれた瞬間、緊張が走った。


「セシティスタ王国の現状は聞いたな?」

「はい。第二王子が王位継承権を主張していると」

「おかしいとは思ったか」

「もちろんです。セシティスタ国王は、国内の貴族だけでなく、帝国の大公である私の前でフェルクス大公子を次期国王に指名しました。となれば、第二王子とあってもその言い分は却下されるはずです」

「そもそも継承権を主張する時期が遅すぎるからな」

「えぇ」


 それなのに事態は収集しておらず、むしろ悪化の一途をたどっている。これに対しては大きな違和感しか感じない。


「だがその主張が通用する理由……それはセシティスタ王国王妃の実家であるシグノアス公爵家が関係している」

「王妃の……ですが王妃は厳刑に処されたはずでは」

「あくまでも王妃は、だ。残念なことに、その裏にある巨大な勢力までは潰しきれていないようでな」

「なるほど……」


 レティシアと大きく関わることがなかったため、そこまで詳しく調べなかったが、その存在は知っている。


 いわゆる旧第一王子派である、シグノアス公爵家。現当主であるシグノア公爵は王妃の兄であり、今まで王妃を献身的に支えてきたとされる。


「その巨大な勢力……シグノアス公爵家の目的は、傀儡となる国王を作ることだ。実際、第一王子はどうだった?」

「彼は傀儡として適任だったでしょうね」

「そうだろうな」


 兄の話もとい国王からの手紙によれば、シグノアス公爵家は未だにその目的を果たそうとしているのだという。


 王妃という存在を切ったとしても、まだ駒として第二王子が存在していた。それを利用しない理由はない。  


「……元々は誰しもがエドモンド王子が国王となり、キャサリン嬢がその婚約者として王妃になると誰もが思っていた。それはもちろんシグノアス公爵家もだ」

「だがその計画は崩れ去った」

「あぁ。セシティスタ国王よりもらった情報だと、シグノアス公爵家は王国で最も歴史があり勢力の強い家だ。だからセシティスタ現国王もシグノアス公爵令嬢であった王妃と結婚したという」


 言葉を選ばなければ、欲深い貴族は皆シグノアス公爵家を支持するため、勢力として成り立っているようだ。


「フェルクス大公家ももとは王家から生まれた家だ。地位こそ高くも、歴史は短い。一方エルノーチェ公爵家は、そこまで大きな勢力でもないことが問題だ」

「……多くの貴族の意思を握っているのは、王家でも大公家でもなく、シグノアス公爵家というわけですね」

「そういうことになる」


 段々と見えてきた王国内の勢力構図に、納得しながらも兄に尋ねた。


「それで、セシティスタ国王はなんと」

「現状、シグノアス公爵家およびその周辺の貴族から第二王子を次期国王にするよう求められているようだ」

「……無能な貴族でも、数となれば厄介ですからね」

「そうだな。その上、原因は不明だが第二王子にもその意思がある。説得も失敗したようだ。……そのせいで、国王は今動けないようだ」

「……なるほど」

「賢王も頭を抱える事態、というわけだ」


 深刻な声色に加えてため息をつく兄は、さらに続けた。 


「だから助けを求めている。恥を忍んでと言っているが、どうかフェルクス大公子の後ろ楯になってほしいと。そしてレティシア嬢の実家である、エルノーチェ公爵家を守ってほしいと」

「……断る理由はありませんね。私個人としては」


 兄を経由した国王の申し出を、受けないという選択肢はなかった。ただそれは、レティシアという王国の人間を妻に持つから。だからこそ、私は兄を見据えて尋ねた。


「兄様、皇帝として……帝国としてのお考えをお聞かせください」

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