第278話 役目と肩書き
レイノルト様の迅速な手配のお陰で、二日後には出発できるようになった。問題解決する間の滞在となるため、日帰りでなくなることは確かだった。
長らく空けてしまう可能性も含めて、私はフェリア様をはじめとする友人に事情を説明した。レイノルト様は、必要な仕事をリトスさんに任せられるよう引き継ぎをしたという。
万全の状態でセシティスタ王国に向かうため、結局出発したのは三日後だった。
馬車が出発すると、小さくなっていく大公城を見つめていた。
(いつかは王国に戻って顔を出せればと思っていたけど……まさかこんなに早く行くことになるなんて)
まだ婚約者とはいえ、自分は帝国へと嫁いだ身。再び王国へと向かうのは、リリアンヌの結婚式くらいだろうと考えていた。その予想は見事に外れ、悲しい現実を突き付けられる。
(……………………大丈夫、かな)
ベアトリスとリリアンヌ、そしてカルセイン。彼らのことを考えたくても、手にしている情報があまりにも少なくて不安が募るばかりだった。
「……シア、レティシア」
「あっ……すみません。ぼーっとしていて」
「いえ、不安になられる気持ちはよくわかりますから」
「ごめんなさい……」
レイノルト様が名前を呼んでいるのにも気が付かなった自分に、かなり余裕がないように感じてしまった。反応できなかったことに落ち込んでしまう。
「レティシア」
「はい」
俯きそうになる瞬間、レイノルト様は一度は名前を呼んで目を合わせた。そして優しく微笑んでくれる。まるで、貴女は悪くないと言わんばかりの笑みだった。
「少しでもレティシアの不安が解消できればと思って、急ぎこの状況を調べて参りました」
「えっ!」
「といっても、ほとんどフェルクス大公子に尋ねただけなのですが」
「本当、ですか……!?」
「はい。お伝えしますね」
「ありがとうございます……お願いします」
まさかそこまで動いてくれていたとは。衝撃が強すぎて、レイノルト様の言葉を待つことしかできなかった。
「まず、現状について。望まぬ形とはいえ対立構造ができてしまった以上、リリアンヌ嬢への危険を考えてフェルクス大公家に避難させているそうです」
「リリアンヌお姉様……」
「フェルクス大公家は警備体制もしっかりしていますし、リリアンヌ様には護衛騎士も何人もつけているそうなので、安心してほしいとのことです」
「良かった……」
エルノーチェ公爵家には騎士団がない上に、王国騎士団が臨時で警備を行っていた。今となってはこの状況が、リリアンヌにとって不利になりかねない。万が一にも備えて、リリアンヌはフェルクス大公子によってすぐさま大公家に移動したとの旨を教えられた。
リリアンヌの安全が確保されていることにます安堵した。
「そしてエルノーチェ家ですが、まだ王国騎士団が警備をしているとのことでした。ただ、この騎士団は第二王子との繋がりが濃いため、あまり良い状況とは言えないそうです。なんでも警備体制が異常に強化され、フェルクス大公子でさえ内情がわからないのだとか。唯一手にしているのは、ベアトリス嬢もカルセイン様もご無事とのことです」
「王国騎士団……」
私もお世話になった王国騎士団。専属護衛として、第三隊隊長のモルトン卿を思い出した。
「彼らが味方か敵か。これに関してはまだ調査不十分で判断できないそうです。ただ、強化されたとされていますので、第二王子側の者がついた可能性が高いと推測されます」
「……ベアトリスお姉様とお兄様は監視されているかもしれないですよね」
「可能性は高いです」
「…………」
私が帝国で何も知らずに穏やかに暮らしている裏側で、姉達がこんなにも危険な状況に巻き込まれていたとは思わなかった。何もできそうにない自分の無力さに、悔しさが生まれる。
「そこでレティシア、貴女の力が必要だと」
「えっ?」
「エルノーチェ公爵家に今、問題なく出入りできるのはそこに所属する者……つまりレティシアのみです」
「!」
当たり前のことだが、レイノルト様の言葉ではっと気付いた。
「フェルクス大公子曰く、リリアンヌ嬢も情報の少なさからベアトリス嬢のご心配をなさっていると。できればそこの架け橋になりながら、エルノーチェ公爵家が今どうなっているかまで、調べてほしい、というのが大公子のお願いですね」
「……私にもできることが」
「レティシアにしか、できないことです」
こくりと頷きながら、私を励ましてくれた。そのおかげで、私の気持ちはだいぶ楽なものへと変化していった。
「幸か不幸か……まだレティシアはリーンベルクではなく、エルノーチェですから」
少しだけ寂しそうな眼差しを向けられると、胸がきゅうっと苦しくなった。その言葉には一つ間をあけてから、恥ずかしさを押さえて返した。
「……心は、リーンベルクです」
「!!」
形式上はエルノーチェ家の所属でも、気持ちはレイノルト様の隣にあるということを伝えた。すると、レイノルト様は凄く嬉しそうな笑顔になった。
「ありがとうございます、レティシア」
お礼を言われると、結局恥ずかしくなって照れてしまった。その熱を沈めながら、真面目な話に戻る。
「今回は、利用できるものを最大限利用します。私がエルノーチェ公爵令嬢であるということを」
「えぇ。そしてリーンベルク家の妃です。私の妻であるという立場も、是非存分に利用してください」
「つ、妻」
「はい」
落ち着いて冷まそうと思った頬は、レイノルト様の言葉からもう一度暑くなるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます