第277話 望まない状況(リリアンヌ視点)
セシティスタ王国、フェルクス大公家。私は今そこに避難をしていた。
「…どうして、こうなってしまったのかしら」
与えられた一室で、特に何もすることなく一人ため息をついていた。窓の外を眺めれば、小雨が降っている。雨の気配が気分をますます鬱々としたものにさせた。
「……お姉様」
愛しい末っ子レティシアを送り出した後、しばらくしてから姉ベアトリスに恋愛の気配が現れ始めた。昔から長らくベアトリスのことを見ていただせあって、変化にはすぐ気が付いた。
相手が誰がとかまではわからなかったものの、どうか結ばれてほしいと切に願った。
それなのに。
突如として第二王子が自分の王位継承権を主張し始めたのだ。放棄は自分の意思ではない、と。悔しいことに彼の主張は嘘ではないのだ。
というのも、王妃が絶対に第一王子を国王にしようと、第二王子に無理矢理継承権を放棄させたのは有名な話だから。
実子であるにもかかわらず、第一王子と第二王子への関わり方には圧倒的な差というものがあった。冷遇され始めた第二王子は、自分を守る意味でも騎士になる道を選んだ。
それ故に、幼い頃から社交界には滅多に顔を出さなかった。いや、出せなかったということが正しいのかもしれないが。出席すれば、実母である王妃から制裁を受けるから。
「……エルノーチェ
子どものことなんて考えない。全ては自分のためにという思考回路が。
(……駄目ね。考えたらまたいらいらしてきちゃった)
ため息をつきながら視線を部屋の中へと戻した。そのタイミングで、リカルドが部屋を訪れた。
「リリー、元気にしてた?」
「えぇ。……リカルド。貴方仕事は?」
「終わらせたよ。……最近は任される仕事が減ったからね」
自嘲気味に笑うリカルドに胸が痛む。
大公家としての仕事は、父であられるフェルクス大公がリカルドを気にして仕事量を減らしたと聞いた。
それよりも問題なのが、国王陛下からの引き継ぎ関連の仕事が止まってしまったということ。
理由は簡単。継承権の話が保留になったから。
(……結局陛下も人ですもの。自分の息子を継がせたいと思う気持ちはあるのでしょうね)
一度はリカルドが王位を継ぐことで話がまとまったというのに、こうも簡単に覆されるとは。
予想外の出来事には、驚くことしかできなかった。
「リリー、また怖い顔してる」
「……ごめんなさい」
「リリーが謝ることじゃないからね。……むしろ僕の方がごめん。外出もさせてあげられない」
「何を言ってるの。対立関係になった以上、私だけじゃなくてリカルドの命も危ないでしょう」
「……うん」
私が大公家に避難している一番の理由は、身の安全のため。私はそれをよく理解している。だからこそ、部屋にこもっていたのだ。
「……さてと。鬱々とした気分は一旦やめにしよう」
「そうね」
「リリーに朗報を持ってきたから」
「朗報?」
「あぁ。レティシア嬢がセシティスタ王国に来るみたいだよ」
「レティシアが!」
喜びに染まったのもつかの間、不安がすぐさま込み上げてきた。
「でも、駄目よリカルド。今来るのは危険すぎるわ」
「安心してリリー。レティシアには大公殿下がついてる。それに、帝国の大公妃になろうとも御方を攻撃するほど、第二王子達も馬鹿じゃない」
「……そう、ね」
リカルドの合理的な考えで、落ち着くことができた。今度こそ、不安が消えてレティシアに会える喜び一色に染まることになるのだった。
◆◆◆
〈ある視点〉
セシティスタ王国の偏狭地。山奥であり、森の奥でもあるそこに、修道院は存在していた。
そこにやって来る一つの荷馬車。
彼は月に一度、この修道院に食料を届けに来ている青年だった。
「本日もご苦労様です」
「いえいえ! 今回もしっかり一ヶ月分持ってきましたよ」
修道院の院長と思われる女性と青年が挨拶を交わした。そしてすぐさま食料を運び込んでいく。
この修道院は、国内で最も厳しいとされる場所。中では修道女と見られる女性達が、朝から掃除を行っていた。
「手を止めるんじゃありません!」
院長の厳しい声が響いた。青年にとってその光景は慣れっこだったので、動ずることなく荷物を運び続けた。
最後の荷物を運んでいる時、荷物から何かが落ちた。それを院長が拾う。
「あら、こちらは?」
「うん? ……あぁ、自分のです! 実は先日フィルナリア帝国に行ってきたんですよ。そしたら凄く興味深い記事を見つけて」
「セシティスタ王国出身の大公妃、緑茶で芽生える愛……まぁ。帝国の大公妃はセシティスタご出身のご令嬢なんですね。とても誇らしい」
「ですよね! これ見て何の関係もない自分でも凄く嬉しくなって、衝動買いしてしまいました」
あはは、と照れ臭そうに笑う青年と面白そうに記事を見つめる院長。
「レティシア様という、エルノーチェ公爵家のご令嬢みたいなんですよ」
他愛もない話を二人が繰り広げるなか、床掃除を行う一人の女性が復唱するように呟いた。
「レティシア……?」
無表情な表情が少しだけ動いた。かと思えば、何かに引き付けられるように立ち上がり、反射的に院長から記事を奪い取った。
「何をするのです!」
「レティシア、レティシア……」
恐ろしいほどに目を見開きながら、記事の文を凝視する。そして、目的の名前を見つけた瞬間、彼女の表情は憎悪に満ちたものとなった。
「レティシア……!」
「返しなさい。……はぁ、最近はおとなしくしていたと思ったのですが……キャサリン。罰として、今日の昼食は抜きです。聞いているんですか?」
キャサリン。
そう呼ばれた女性には、もう院長の声は聞こえていなかった。
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