第276話 不安から生まれる恐怖
突然すぎる出来事に、動揺して思考が上手くまとまらない。ただ反射的に部屋を飛び出していた。
「お嬢様!?」
シェイラの心配する声を背中に、私はレイノルト様のいる執務室へ走って向かった。貴族の令嬢としてはしたないことだとわかっていても、込み上げる不安から理性を取り戻すことはできなかった。
(ベアトリスお姉様とリリアンヌお姉様がどうして……!? いいえ、それよりも第二王子ってどういうことなの……?)
カルセインからの手紙を握り締めながら進む。残念ながら、内容の完璧な整理は終えられていなかった。
執務室へ到着して扉を前にすると、一度足が止まった。もしかしたらそのまま勢いよく入っていたかもしれない。そう思うと、自分に今冷静さが足りないことがわかった。
(落ち着いて、レティシア……)
呼吸を整えて、深呼吸を一回してから扉をノックした。
「どうぞ」
手の震えをなんとか抑えながら、そっと扉を開けた。
「レティシア! どうかされましたか?」
目が合うなりすぐに席を立って、こちらに穏やかな笑みでこちらに向かってきてくれた。そのレイノルト様に返事をしないといけないのに、上手く言葉がでない。
「レティシア……?」
傍に来る頃には、その不安げな雰囲気が伝わっていたのか、眼差しは心配そうなものへと変わっていった。
「レイノルト様、これ……」
「手紙? 私が読んでも大丈夫ですか」
「はい……」
説明するよりも読んでもらう方が早い。そう思った私は、レイノルト様に手紙を手渡した。
「まずは座りましょう。レティシア、こちらへ」
「あ……ありがとうございます」
自分でも感情がわからないほど、ただ困惑していた。レイノルト様の手に引かれながら、二人並んで座った。
「お茶を持ってきますね」
そう言いながら席を立とうとしたレイノルト様は、私の手を離そうとした。それが嫌で、ぎゅっと握る手を強くしてしまう。
(……行かないで)
今は一人になりたくない。でもだからといって、自分でもどうすればいいかわからない。そんな複雑な気持ちになりながら、無言で手に力をいれてしまった。
「……まずは手紙を読みましょうか」
「あ……」
「レティシア、大丈夫ですよ。私ならすぐ隣にいますから」
「レイノルト様……」
安心する声色は、私の無駄に入れてしまった手の力を弱めていった。その瞬間、手が離れたかと思えば、そっと腕を回して引き寄せてくれた。抱き締められたとわかった頃には、レイノルト様は優しく頭を撫でてくれていた。
「少しだけ、こうしていましょうか」
「……はい」
温かな配慮に包まれると、私はゆっくりと理性を取り戻していった。すると、自然と言葉がこぼれていった。
「……カルセインお兄様から手紙が届いたんです」
「義兄様からですか」
「はい……ふふっ」
レイノルト様の義兄様呼びが面白くて、思わず笑い声が漏れてしまった。それでも、抱き締められたまま話を続けた。
「セシティスタ王国の王位継承権に関する問題が再発したとのことでした」
「再発……」
「なんでも、騎士となったはずの第二王子が王位継承権を主張し始めたようで…………それにベアトリスお姉様が巻き込まれてるみたいなんです」
「ベアトリス嬢が」
ゆっくりとした説明なのに、レイノルト様は急かすことなく聞いてくれた。
「どうやら第二王子がベアトリスお姉様を婚約者に指名しているようで。……意図や目的はわかりませんが、これが原因でベアトリスお姉様とリリアンヌお姉様の仲に亀裂が入っていると、カルセインお兄様が」
仲の良かった二人の姉。その関係は、年老いても続くものだと勝手に思っていた。
「本来国王となるべきフェルクス大公子の婚約者であるリリアンヌ嬢と、継承権を主張した第二王子に指名されたベアトリス嬢ですか……」
「はい……」
何故こんな状況になったのかのは、全くもってわからない。そもそも第二王子が今さらになって出てきた理由さえも見当がつかないのだ。
(まるでわからない……けど私は王国の社交界について詳しくないから当然よね)
名誉が戻ったとはいえ、参加してこなかった分セシティスタ王国の過去の社交界については知識が全く持って存在しなかった。
考えても情報がないので無駄なのだが、そのせいで余計に不安が積もっていく。
(……どうしよう)
レイノルト様に説明するために言葉にしたことでようやく状況は理解できたが、自分がどうするべきかまでは定まっていなかった。
そんな時だった。レイノルト様から、不安を吹き飛ばす一声がしたのは。
「では、セシティスタ王国に行きましょうか」
「…………え?」
「王位継承権問題があるとはいえ、これは内密な出来事。エルノーチェ公爵家令嬢であるレティシアが、実家を訪問するのに時期は関係ありませんからね」
「……良いのですか?」
驚きながら、体勢を変えてレイノルト様の顔を見上げる。
「もちろん。今は帝国は落ち着いておりますし、私が大公城を空けたとしても何も問題ありません」
「…………それなら」
(私一人で行くべきじゃ)
「お一人では行かせませんよ。レティシア、貴女は私の妻ですから」
「つ、妻……まだ婚約者ーー」
「誤差ですね」
「誤差……」
訂正しようとすれば、綺麗な笑顔で否定されてしまった。
「最愛の人は、私自身の手で守ります。ですから、これから先は何があっても傍を離れません。絶対にです」
「レイノルト様……」
「レティシア。行くなら二人で、ですよ?」
微笑みながらも確実に圧がかかっていた。でもそれは決して嫌な気分になるものではなく、むしろ安心を与えてくれるものだった。
「……一緒に、セシティスタ王国へ行ってくださいますか?」
「喜んで」
不安げな眼差しで見つめれば、無機質な笑顔は微力ながらも輝きを放つのであった。
こうして私達は、セシティスタ王国へと戻ることになったのである。
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