第274話 貴方の隣に立つために




 帝国で確固たる地位がほしいと思っていた。


 そのために、自分にできることを小さな事からコツコツと積み上げてきたつもりだ。だからこそ、レイノルト様の手をなるべく借りずに、私自身ーーレティシア・エルノーチェとしての価値を高められるように精進していた。


 まさかそれが、本当に形になっていたとは予想もしていなかった。


 思えば今日社交界に出席して、自分が帝国でどう見られているのか初めて知ることができた。


 たくさんのご令嬢方に挨拶を返しながら、交流することができた。それはご令嬢に留まらず、ご婦人方ともお話しすることができたのだった。


 あっという間に時間は流れ、そろそろ邸宅を後にする時間になった。


「では帰りましょうか」

「はい、レイノルト様」


 レイノルト様のエスコートで馬車に乗り、大公城へと向かった。


(……感無量だわ)


 努力が報われたことに対して、嬉しさが溢れ続けていた。顔のにやけが止まらず、思わず声を漏らしてしまう。


「ふふっ」


 端から見れば気持ち悪い光景だというのに、レイノルト様はどこまでも穏やかな眼差しで見つめていてくれた。


「レティシアがこうして評価されること、婚約者としてとても誇らしく思います」

「レイノルト様……」

「レティシアが一から築いてきたものです。簡単に壊れはしないでしょう」

「……それを願います」


 改めて、今日会話をした女性陣の様子を思い出す。好奇の目はなかった訳ではないが、それは“ネイフィス家と一悶着あったご令嬢”という噂の的にしたい目ではなく、“レティシア・エルノーチェとは一体どんな人物なのか”という意味の目がほとんどだった。


 私はこれ程までに強い関心と興味、そして慕ってくれる眼差しをもらえるとは思っていなかった。それ故に、胸が本当に温かくなっていた。


「レティシア。貴女は今までよく頑張っていました。本音を言えば、頑張りすぎているかと思うほどです」

「あ……」

「ですから、どうかこれからはリーンベルク大公家の人間として……その肩書きにも頼ってくれますか? 私もレティシアが頼りにできるよう、これからも大公家の地位を揺るぎ無いものにすると誓います」


 穏やかに、でも確固たる意思を含んだ瞳には頷かせるだけの力があった。


「……ありがとうございます、レイノルト様。私も、リーンベルク大公妃の座にふさわしい人間としてあり続けられるよう頑張ります」

「レティシア。頑張りすぎてはいけませんよ? 今日から一年くらいは休憩しても良いかと」

「い、一年は長すぎる気が」

「では半年?」

「えぇと……い、一ヶ月で……!」

「…………」


 最初の一年の提案から十一ヶ月も減らせば、さすがのレイノルト様でもすぐに納得はできなさそうだった。


「そ、その後も適度に休みますので!」

「……わかりました。約束ですよ?」


 何とか条件をつけて説得すると、了承する言葉が返ってきた。そして、レイノルト様がそっと手をこちらに近付けた。


「指切りです」

「指切り……覚えてらしたんですか?」

「レティシアとしたこと、交わした言葉なら一つたりとも忘れませんよ」

「それはとても光栄ですね」


 指切り。

 それは帝国に来た日に交わした約束のこと。その約束を、今回改めて行った。


「約束です」

「約束します」


 無理をしないから頑張りすぎないことへ変わったものの、根本的な内容が変わらないことに小さく笑みを浮かべた。


(……私の根っこが変わっていない証拠だわ)

「そこが魅力的なんです」

「本当ですか?」

「はい。私がレティシアを愛する理由の一つであり、レティシアという女性が、輝き続ける理由でもあるかと」

「……ありがとうございます」


 照れながら頬を赤めるものの、反射的に言葉を返した。


「レイノルト様とお揃いですね」

「え?」

「レイノルト様も、ご無理なさるじゃないですか。その根本は頑張り続けようとする気持ちですよね。私も、そんなレイノルト様が大好きなんです」

「レティシアは不意打ちが多くなりましたね」

「そうですか? そんなつもりはないのですが……控えた方がーー」

「いえ。非常にありがたく、嬉しいので。どうかそのままで」


 素早く否定が入ったことで、自然と笑顔が浮かぶ。振り返るとレイノルト様の反応が可愛らしくて、愛おしくて、一層笑みが深まった。


「では、そうしますね」

「ありがとうございます」


 相手を愛おしく、大切に思う気持ち。


 帝国に来てからその想いがますます強まったことを感じながら、二人で微笑みあった。


 チラリと馬車の外を見る。


 そこには帝国の風景が広がった。


 改めて振り返ると、レイノルト様に誇れるような自分になれてきたことが、凄く嬉しくなった。彼への想いが強まると同時に、もっとふさわしくありたいという欲が出るようになった。


 その欲を叶えるためにも、これからも頑張ろうと決意する。もちろん、レイノルト様にした休息の約束も忘れずに。


 自分の気持ちが整理できると、もう一度レイノルト様に視線を戻して笑みを深めるのだった。



▽▼▽▼

 

 ここまでご覧いただき誠にありがとうございます!!


 今回を持ちまして、第二部帝国編を完結とさせていただきます。ここまで応援していただき、お付き合いいただき誠にありがとうございます!!

 

 明日より第三部結婚編が始まります!

 第二部完結も考えたのですが、取りこぼした内容がまだまだたくさんございますので、そちらを描かせていただければと思います。


 もしよろしければ、最後までお付き合いいただけますと幸いです。これからも本作をよろしくお願いいたします。

 

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