第258話 被害者の主張
ライオネル陛下は私に問いかけた。「お前はどうしたいのか」と。この一件における被害者である時点で、発言する機会があることはわかっていた。
しかし、いざ自分の考えを口にしようとした時、言葉を詰まらせてしまった。
(……令嬢として、大公妃になる身として、情をかける意味で減刑を頼むべきなのかもしれない)
チラリと目線を前に向ければ、そこにはマティルダ・ネイフィスの家族がいた。彼らの重苦しい空気から自分の良心が揺らぎ始める。
(…………私はーー)
顔には出さないようにと無表情を保っていたが、それが崩れそうになるほど内心は、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。無意識にドレスの端をぎゅっと握りしめていた。すると、その手がふわりと優しく包み込まれる。
「大丈夫です、レティシア。貴女の考えは間違っていません」
「レイノルト様」
(…………ありがとうございます)
力強い眼差しと声色は、私の背中をそっと押してくれた。その一押しのおかげで、私の気持ちを綺麗にまとめることができた。
「……陛下。私は減刑を望みません」
「「「!!」」」
その言葉に、ネイフィス様及びネイフィス公爵家は予想外だというような表情を浮かべた。マティルダ様はともかく、公爵家の方々は私に優しさを求めたかもしれない。そんな反応だった。
「なるほど。理由を聞いてもいいか?」
穏やかな表情を浮かべながら、ライオネル様は圧をかけることなく問いかけてくれた。
「はい。今回の件、一言で済ませれば私の殺害未遂になります。……ですが、私は一言では済ませないと思っております」
「ふむ」
「ネイフィス公爵令嬢の言う通り、私は他国から来た人間です。そして同時に、私が他国のセシティスタ王国エルノーチェ公爵家の者であることを指します。もしも私が死ぬようなことがあれば、国際問題は避けられないかと」
大公妃になりたい、その一心で私を殺そうとしたことは間違いない。ただ、ネイフィス様わかっているのだろうか。私と言う、他国の人間を手にかける本当の意味を。
「セシティスタ王国とフィルナリア帝国の関係が崩れるようなことになるこの一件は、帝家として国として、大きな不利益を被る可能性のあった一件になります。それだけ重い出来事を引き起こしていて、減刑を望むことはできません。むしろ余地なしかと考えます」
優しさを持つことは大切だけど、使い方を間違えてはいけない。そう胸に刻みながら最後まで言い切った。
「その通りだな。レティシア嬢の言う通り、今回の件は決して甘く見ることはできない。レティシア嬢が大公妃になる者であることもそうだが、それ以前に彼女はセシティスタ王国の公爵令嬢だ。マティルダ・ネイフィスも、先の発言からそれはよく理解しているはずだ」
「そ、それは」
「大公妃殺害、及びに国際問題に関しては国の不利益を生もうとしたその行為、到底看過できるものでもなく、減刑の余地はない」
「陛下!!」
ネイフィス様の悲痛な叫びが響き渡るものの、誰も彼女に同情することはなかった。家族でさえも。
「よって、マティルダ・ネイフィスを懲役刑二十年に処する」
「!!」
ライオネル様の声が響き渡る。判決が下されると、ネイフィス公爵家一同は静かに目を閉じた。あまりの衝撃からか、ネイフィス様は動けずに座り込んでいた。
「……嘘よ」
沈黙を破ったのは、ネイフィス様の現実逃避な声だった。
「嘘よ。私が裁かれることなんてないわ。だって公爵令嬢ですもの。ねぇ、そうでしょうお父様?」
「……いい加減にしなさい、マティルーー」
「いい加減にするのは、エルノーチェの方よ!! 私から全てを奪って、尚且つ減刑を求めないですって? こんな人間に帝国の大公妃など務まるものですか!!」
「黙りなさい!!」
ネイフィス公爵家の圧のある声にも屈せず、ネイフィス様はわめき散らし始めた。
「連れていけ」
「離して! 私は帝国の公爵令嬢なのよ!? 裁かれるべきは王国の弱者よ!」
最後までこちらを見ながら、自分の考えを曲げず反省もせずに知性のない言葉だけを投げつけてきた。ご丁寧にこちらを見続けていたので、私は別れの意味を込めて言葉を返した。
「マティルダ様。身分だけでしか人を見れないような方は、大公妃どころか貴族としても資質がありませんわ。貴女こそ、恵まれた環境でありながら、何も身に付けられなかった弱者です」
「ーーっ!!」
その声を最後に、ネイフィス様は牢獄へと連れていかれるのだった。
再び訪れた沈黙を今度はネイフィス公爵が破った。
「……陛下。発言することをお許しください」
「あぁ」
「我がネイフィス家は、マティルダの籍を抜くと同時に降爵を願い出ます」
「……わかった。受け入れよう」
(降爵……)
まさかネイフィス公爵からそんな発言が出るとは思わなかったので、驚きながらも事の収束を眺めていた。
結局、マティルダ・ネイフィスは平民へ降格した上で刑期を果たすことになった。身分という肩書きを何よりも重んじていた彼女からすれば、公爵令嬢でなくなったという事実が、もしかしたら一番の罰になったかもしれない。
こうして、折れた花は跡形もなく姿を消すのだった。
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